004 スカウトと告白とエレメン教
対魔隊で新人育成を担当しているマリウスさんとヘンリクさんは、わたしの魔学の講師でもある。二人の視察に、時折ミルトさんも同行して新兵のスカウトをしている。
マリウスさんはルベウス領の出身者に多い赤みを帯びた濃いめの金髪と淡い茶色の瞳。ヘンリクさんはベリロス領の出身者に多い茶色よりの深みのある金髪と緑がかった琥珀色の瞳を持つ。
二人とも戦闘員ではないものの基礎訓練に参加しているため、引き締まったすっきりとした体型をしている。対魔隊の人たちに極端にゴツい人がいないのは、身軽さも必要とされるからだろう。
目の前には絵に描いたような田園風景が広がっている。
広大な畑の中心部に家々をぎゅっと密集させたような小さな町は、王都に比べて人もまばらだ。
風に揺らめく黄金色の秋麦畑を眺めていると、いまが秋であることを実感する。
ここの夏は涼しい。湿度が低いためカラッとしていて日陰に入ると明らかに涼しい。日向と日陰のコントラストがやけにくっきりしているのがここでの夏だ。
その夏があっという間に過ぎ去って、気が付けば秋も深まっている。
わたしがライネスブラウ氏と出会ったのは春先のことで、あっという間に半年が過ぎた。時間の流れが早すぎて理由もなく焦る。
普段、王城と王都のタウンハウス間は移送ケージで、タウンハウスからサフィルス領にあるライネスブラウ氏の屋敷へは転移で移動しているためか、いまいち生活に季節感がない。そのせいか、自然の中にいるとやたらと感動してしまう。
商店街のような通りを歩いていると、周囲から「青の騎士」という言葉がちらほら聞こえてくる。
「青の騎士って、対魔隊のことですか」
「ああ、隊色が青というよりも、ライネスの魔晶石を装備しているからだろうな。年寄りには昔の呼び名の竜騎士のほうが通りがいい」
話しながらもミルトさんの視線は、荷運びをしている一人の青年に向けられている。
「あれはどうだ」
十代後半くらいだろうか。大きな麻袋のようなものを荷馬車に積んでいる。体の動きにも荷の積み方にも無駄はなくしなやかだ。痩せすぎなのは気になるところだが、そこは食事の改善とトレーニングでなんとでもなる。ただ……。
「呼吸器系が弱いのか、喉から胸にかけて歪みがあります」
とはいえ、一般人なら支障ない程度だ。
「なんとかなりそうか」
けれど、対魔隊となると厳しい。
対魔隊の人たちは魔力の歪みが少ない。毎日の訓練と討伐で限界まで魔力を使うせいか流れもスムーズだ。ライネスブラウ氏の歪みの原因のひとつは、魔力量の多さにあると思っている。あの魔力量を限界まで使うことは一生のうちに一度あるかないか、あったとしたら国が滅ぶような事態だろう。
「あの魔力量だとちょっと厳しいですね」
ライネスブラウ氏のように魔力量が多い場合、魔力の歪みがどれほどひどくても、丁寧にほぐして正しい流れに持っていければ、あとは自力で軌道修正できる。一度修正できれば本人の魔力量が多いため元に戻ることはほぼない。
魔力量が少ない人の場合は自力での軌道修正が難しく、元に戻りやすい。そのため、流れを正すのに時間がかかったり、定期的なメンテナンスが必要になる。
「ミアの調整込みで抱えるには弱いか。いまでも手一杯だろ」
ここでは再生医療が桁外れに進んでいる。医療といえば外科的治療で、その分内科的治療が遅れに遅れている。ウィルスと細菌の区別もつかないため、感染症で命を落とす。風邪ですらここでは脅威であり、あっけなく命を落としてしまう。
そもそも、外科的治療を専門とする治療士は多いが、内科的治療を行う治癒士は極端に少ない。わたしのバイト経験程度の知見とそれまでの一般常識で治癒士と認定されるくらいだ、程度が知れる。
「ですが、それ以外は流れがきれいなので向いているかもしれません」
もしかしたら、環境による歪みかもしれない。あちこちで砂埃が舞っている。
あとはあの地獄の訓練に耐えられるだけの精神力の有無だが、さすがに見た目でわかるものではない。意思の強そうな目をしていても、地獄の訓練を見学しただけで心が折れてしまう人もいる。
「勧誘しますか」
ヘンリクさんがわたしたちの会話を受けて確認してくる。
「おまえたちはどう思う」
ミルトさんの問いに、青年の仕事ぶりを眺めていたマリウスさんとヘンリクさんは阿吽の呼吸で青年に近付いていった。
単純に、気の合う合わないもある。こればかりは実際に話してみないとわからない。連携がうまくいかないと命に関わるうえ被害も大きくなるため、隊風に合わなければ優秀な人でも入隊を見送る。
いきなり話しかけられた青年は、二人の隊服を見て目を丸くしている。話している内容は聞こえないものの、青年の表情や身振りを見る限り実直そうだ。
マリウスさんがミルトさんに一瞬だけ視線を投げた。どうやら本格的に勧誘するようだ。
「戻るか」
マリウスさんとヘンリクさんを残して、ライネスブラウ氏が協議している公館に向かう。
公館といってもそれらしい建物ではなく、民家を再利用しているようだ。職員も少なく、町長とその補佐に二人ばかりの専任者がいるだけで、あとは兼業職員らしい。人口だけみれば町というよりは村という単位が妥当なのだが、農作物による税収が多いため町とみなされている。
ざっと見た限り白金の髪色の人はいなかった。ベリロス領ということもあってかゴールドブラウンが多い。
それでも、この国にいる限りわたしが奇異な目で見られることはない。
アウルム国民は金髪が多い。同じような金髪でも、サフィルス領民は白みかがった金髪で、ルベウス領民は赤みがかった金髪、ベリロス領民は茶色よりの金髪と領地によって微妙な違いがある。
「アンナさんたちにお土産を買っていきませんか」
自分で言っておきながら、そんな事を言う自分に驚いた。誰かにおみやげを買っていこうと思うなんて、人生初だ。
「そうだな。ここの特産はなんだ?」
「なんでしょう。町長に伺ってみます」
人生初過ぎてなにをお土産にしたらいいのかわからない。
「おまえそれ、催促してるようなもんだろう」
「だめですか」
「だめだろう」
協議はまだ続いているようだ。ライネスブラウ氏からは、なにも伝わってこない。
ミルトさんの足運びはゆったりしている。夕暮れの中、のんびりと農道を歩く。
畑には魔晶石が嵌め込まれた杭が一定間隔で設置されている。強い風や多すぎる雨、害虫や害鳥など、作物を保護するための術式が付与されたものだ。
国からの補助は町全体に行き渡っているようで、魔晶石の間隔が他の地域よりも狭く、作物の実りもいい。
「わたし、捨て子だったんです」
斜め上からミルトさんの視線を感じる。
遥か遠くに見える山並みの向こうにサフィルス領がある。
「わたしが育った国ではほとんどの人が黒髪黒眼で、そこに金髪碧眼のわたしが産み捨てられ、高校を卒業するまで自治体の税金で養われてきました」
なぜ外国人の捨て子を税金で養わなければならないのか。要約するとほぼ同じ趣旨の言葉は、何度も何度も数え切れないくらい何度も児童養護施設に叩きつけられた。直接叩かれたことも数え切れないほどある。
わたし自身も自分がどこの国の人間かわからないのに、勝手に産み捨てられたのに、自分ではどうしようもないのに、一体どうすればよかったのか。
「だから、毎日毎時毎分毎秒、そこでのわたしは異物でしかありませんでした」
「よかったな。ライネスと同じ色で」
本当によかった。
ここに来て、ライネスブラウ氏に出会って、生まれて初めて安心というものを知った。
「あっ、あの黄色の果物はどうでしょう」
畑の脇に何本も植えられているのはなんの果樹だろう。
ふと口の中に果汁の溢れる感覚が蘇った。初めて見る果物なのになんだか知っているような気がする。気を付けて食べないと果汁が溢れて服を汚す……。
「俺あれあんま好きじゃない」
思い出しかけたなにかがミルトさんの声に掻き消えた。
「ミルトさんのお土産ではありませんから」
「別のものがいい」
口ぶりが駄々っ子だ。
「ミルトさんって、人じゃないですよね」
「そうだな」
普通に返してきた。動揺の欠片もない。前を向いたまま、ただ目だけが笑ってる。楽しそうに。
「いつ言い出すかと思っていたが、ミアは思った以上に我慢強いな」
わたしが魔力の流れを視認すると知ったときから覚悟していたのだろう。ミルトさんだけ、魔力の流れ方が違う。人の形をしているのに人とは違う流れ方をしている。
「ライネスさんもご存知ですよね」
「当たり前だろ」
「だったらいいです」
彼らはわたしと出会う前から一緒にいる。彼らの事情は彼らの事情であってわたしの事情ではない。
「いいのか」
ミルトさんは、そこでようやくわたしの顔を見た。意外そうな顔をしている。
「いいです」
ミルトさんの髪は黒い。光に透かすと茶色が透ける赤系の黒ではなく、光に透かしても黒い青系の黒。瞳は青にほんの少しだけ紫を混ぜたような群青色。このあたりでは珍しい組み合わせの色を持つ。体格は対魔隊の中でも群を抜いていい。精悍という言葉がよく似合う。
「本当にミアは面白いな」
「そこ、面白がるところですか」
ミルトさんが心の底から楽しそうに、夜明け色の瞳を輝かせている。
ミルトさんが歩くたびに腰に下げている剣が小さく音を立てる。反対の腰には銃が納められ、太ももやロングブーツにはナイフが収まっている。おそらく他にも様々な武器が隠れているのだろう。かっこいいだけの軍服ではなく、戦うための軍服だとしみじみ思う。
「ミアのいた国はどこにある」
「こことは別の場所に」
「ライネスは知っているのか」
「おそらく」
「あれは聡いからな」
「わたしも特に二人には隠してませんし。ただはっきり聞かれなかっただけで」
「そうだな」
公館が見えてきた。
公館の扉の前にはライネスブラウ氏ともう一人、少し離れた位置にさらにもう一人立っているのが見える。
「ライネスさんの前にいるのは……」
「エレメンのやつだな」
この国に限らず、ここでは精霊信仰が盛んだ。一神教はほとんどなく、国や地域によって様々な精霊を祀っている。このアウルム国では精竜信仰であるエレメン教が主宗教とされている。
「聖服着ていませんよ」
「匂いでわかる。あいつらは臭い」
祈りを捧げる際にお香のようなものを焚いているせいか、彼らは一様に同じ匂いがする。甘ったるくて鼻につく果物の腐敗臭に似ていて、正直あまりいい香りだとは思えない。
「ミルトさん、鼻いいですね」
「ミアが鼻詰まり気味なだけだろ」
ここに来てまで花粉症に悩まされている。
ライネスブラウ氏に説明してマスクの術式を作ってもらった。
わたしも精霊魔法が使えるので、自作したところ窒息しかけた。とんでも魔法とはいえ、基礎学力は必要である。残念ながら、いまのわたしには自力で術式を作れるほどの学力がない。
いずれ、本物の治癒士に治してもらおうと思っている。気休めだろうが、毎朝顔を洗う際に、治れ治れ、と鼻筋あたりを整えるようにマッサージしている。万が一効果があったら儲けものだ。
「ライネス!」
ミルトさんが声を張り上げてライネスブラウ氏を呼んだ。
ライネスブラウ氏と距離を取りなから、熱心に話しかけていた人の顔が醜悪に歪む。邪魔してんじゃねーよ、と言いたげな顔だ。
こんなところまでライネスブラウ氏を追いかけてくるなんて、完全にストーカーだ。
世界規模で精霊魔法行使者が少ないため、教団としてはなんとしてでもライネスブラウ氏を引き入れたいようだ。たしか、隣国の宗教団体のトップがその数少ない精霊魔法行使者なので、対抗意識があるのかもしれない。
「終わったのか」
ミルトさんがものすごく速足でライネスブラウ氏に向かっていき、ストーカーの前に立ち塞がった。
同じく速足で進んだものの、ミルトさんから大幅に遅れて追いついたわたしに、教団員が舌打ちをして背を向けた。どんなクソ野郎だ。
勧誘に来る教団員は本当に態度が悪い。なりふり構わない強引さに、気色悪いほどの慇懃無礼さ、ライネスブラウ氏の周囲の人間への威嚇などなど、絵に描いたようなクズっぷりは対魔隊でも評判が悪い。
それでいて、ライネスブラウ氏に近づくこともできないヘタレっぷりは相当なもので、負け犬の遠吠えみたいな勧誘しかしない。
「あとはカルラに任せて戻る」
ライネスブラウ氏が遠ざかる教団員を冷めた目で眺めている。
彼の背後に控えていたカルラさんが一礼して公館に戻っていった。この地によく馴染む色を持つカルラさんは、対魔隊では数少ない事務官の一人だ。あと二人、サフィルス領出身のマルテさんとルベウス量出身のアルノーさんがそれぞれの出身地と同じ地域を担当している。
「ミアがアンナへの土産の心配をしているぞ」
「ならば足を伸ばして港に寄るか」
「魚か。いいな」
「どうしてお二人とも、わたしを見て笑っているのでしょうか」
二人とも目が笑っている。ライネスブラウ氏は口角も少し上がっている。ミルトさんは明らかにニヤけている。
二人が一緒にいると目立つ。
互いに背が高く均整の取れた体格ということもあるが、凛としつつもやや甘い顔立ちのライネスブラウ氏と、精悍という言葉がよく似合うミルトさんの二人が、揃いも揃ってやたらとかっこいい黒の軍服を着ているのだから、目立つなという方が無理な話だ。
「ミア、好戦的なのも程々にな」
ミルトさんの一言で、ついにライネスブラウ氏が堪えきれずに小さく笑い出した。
「伝わっていませんよね。叫ばないようにしましたから」
「顔を見ればわかる」
ミルトさんが大口を開けて、わはははっ、とさも愉快そうに笑う。人の顔を見て笑うなんて、失礼にもほどがある。




