003 出動
緊急出動要請が発せられると、該当部隊は一斉に転移塔広場に集結する。
対魔隊の隊色は青だ。
出動要請のアナウンスや青の信号弾を確認した対魔隊員は、ひとっ飛びに駆けつける。ワイヤーアクションのような彼らの身のこなしは何度見ても驚きと感動で目が離せなくなる。
原理は似たようなものらしいが、わかったところで同じことができるとは思えない。
「全員揃ったか」
転移は、現代では精霊魔法と呼ばれる古代魔法のひとつで、行使できる精霊魔法行使者は世界でも数人しかいない。
誰もが持ちうる魔力で行使する場合は、古くから大切にされてきた魔法円と魔法石を使って空間をつなぐ。魔力円と魔晶石で作られた移送帯を瞬間的に超高速移動する移送術とは原理が違う。
魔術と魔法は根本的に違う。魔術は原理原則が明確で、魔法にはそれがない。そのため、とんでも魔法が存在する。転移などがよい例だとか。
使われる力も違う。魔術は行使する者の魔力を消費するが、魔法は行使者の魔力のほかに、自然界に存在する魔素を取り込んで使用することもできる。
「行くぞ」
隊の移動は通常、東門の正面に建つ軍専用の転移塔から、目的地に一番近い転移塔設置都市まで転移魔法円で移動し、そこから各地を結ぶ移送ケージを経由して目的地に近づいていく。
対魔隊は通常とは異なり、ライネスブラウ氏の転移魔法で一気に目的地付近まで移動する。
ライネスブラウ氏はアウルム国唯一の精霊魔法行使者だ。
討伐は誰一人怪我することなく終わった。あの凄絶な訓練に比べたらあっさりしたものだった。
今回は小型魔竜だったこともあるのだろう、大型魔竜ではこうはいかない、と誰もが安堵混じりに話していた。
地獄の訓練にはまだ参加できない隊歴の浅い新人たちで急遽編成し直された今回の討伐は、彼らにとっていい経験になったようだ。
ちなみに、あのシュールかつホラーな訓練を重ねるアウルム国の対魔隊は、魔竜討伐の世界ランキング一位らしい。
「あとはよろしく」
「任せろ。ゆっくり休めよ」
本隊が引き上げると、入れ替わるように環境回復班と魔物処理班が臨場する。
討伐の際に破壊されたあらゆるものを調査し復旧するための支援部隊で、今回は森林破壊だけなので建造物修復班は同行していない。
魔物処理士たちが討伐された魔竜から魔素の抽出を開始した。
自然死の恐竜の場合、長い年月をかけて周囲に魔素を放出しながら腐敗していき、体内から魔素が抜けると、今度は周囲の魔素を吸収しながら、やはり長い年月をかけて魔法石化する。
人工魔法石は、恐竜の体内から強制的に魔素を抜くことで放出期間を短縮し、さらに一気に魔素を吸収させることで、本来であれば数百年かかる魔法石化を、わずか十年ほどで完了させる。ただし、天然の魔法石よりも威力はずっと落ちるため、並行して採掘も行われている。
「どのくらい威力が落ちるのでしょうか」
「そうですね、素となる竜の個体差もありますが、十分の一から百分の一程度でしょうか」
「この個体ですと?」
「百分の一程度です。小竜は比較的早く完了しますが、売却価格はその分下がります」
魔物処理班の手伝いをしながら後処理について教わっている。同じくらいの年齢で、一番人の良さそうな女性研究員にさり気なく手伝いを申し出た。
この国には恐竜の生息域がいくつもあるため魔竜の発生率も高く、国が魔竜処理の専門機関を設置している。そこの研究員たちが魔物処理班として臨場している。
「売却とは、民間にでしょうか」
「主に国家間です。アウルム産の人工魔法石は世界的評価も高く、高値で取引されています」
へえーっ、と感心しながら、魔素を抜くための器具から真緑色になった魔晶石を外し、かわりに無色透明の石を嵌め込む。
討伐された魔竜を数十人が取り囲んでいる。
最近になって魔具の性能が向上したとかで、個体の大きさにもよるが、十日からひと月ほどで魔素が抜けるらしい。魔晶石はおよそ五分ほどで充填され、二十四時間体制で鮮度が高いうちに魔素を抜き切る。
人工処理の場合、鮮度が落ちると魔素の質も落ちてしまうらしい。
「この魔晶石の色によってなにか違いはありますか」
「ああ、対魔隊は常に万能型の青の魔晶石をお使いなのでご存じないかもしれませんが、色によって適正が少しだけ異なります。竜の魔力は緑の魔晶石になることが多く、主に農業に使われています。ほかの色の魔晶石よりも害虫被害が減ったり、実りがよくなると聞いたことがあります。赤は鋳造術に使われますし、黄は移送術に使われることが多いようです」
「ああ、だから移送帯の照明は黄色なのですね」
「そうです。移送帯の設置は主に街道上部にあるため街灯の役割も兼ねていますが、本来あれは警告灯で、不具合が出るとその部分が点滅したり消灯したりするので修繕の目安になります。移送帯には伝達線なども敷設されているので、たしか数時間おきに目視で点検されているはずです」
魔力での点検だと隠蔽されてしまう可能性もあるからだろう。つまるところ、最後は人力なのか。
「不具合が出ると移送ケージに閉じ込められることもあるのでしょうか」
「ありますあります。そう度々ではありませんが、点検直後に不具合が出て、次の点検まで数時間閉じ込められたり、ケージが詰まったりするらしいですよ」
「嫌な人と乗り合わせていたら最悪ですね」
「ですねー。というか、ミアさん手際いいですね。転職するならぜひうちに来ませんか」
魔晶石の付け外しには慣れている。毎日ライネスブラウ氏の隊服の魔晶石を付け替えるのは、いまやわたしの仕事だ。
それにしても、なぜ出会う人の大半は、わたしが転職すると決めつけてくるのだろう。
「ミア」
ライネスブラウ氏に呼ばれた。打ち合わせが終わったらしい。
ふと見ると、話し相手をしてくれていた研究員が顔を強張らせている。名前は……聞いたのに忘れた。
昔から人の名前を覚えるのが苦手だ。ライネスブラウ氏の名前もライネスをライナスやライラスなどなど、最初は言い慣れないせいか何度も言い間違えた。そのたびにライネスブラウ氏が幼子を見るように目を細めるものだから、二度と間違えるものかと意地になって口に馴染ませた。
「大変勉強になりました。ありがとうございます」
使わせてもらっていた予備の魔具からタイミングよく真緑になった魔晶石を外して、事務官として失礼のないよう周囲にも挨拶してからその場を離れる。
あの研究員が悪いわけではない。でも、もやもやする。
ふいに生臭さが鼻を突いた。えぐられた土の臭い、へし折られた生木の臭い、それに、むせ返るほどの竜血の臭い。
臭いと思った次の瞬間には、青のきらめきが臭気を散らしてくれた。なにも言わなくても察してくれる。いつもながら紳士だ。
〈ありがとうございます〉
〈効率を考えるのはいいが、やりすぎると疑われるぞ〉
魔竜の魔力が集中している箇所にピンポイントで魔具を向けていた。どうせなら早く終わらせたほうがいいと思ったのだが、危険を犯してまで効率を考えるべきではなかった。
ライネスブラウ氏のすぐ隣を歩く。ただそれだけのことなのに、周囲の人たちの息を呑む音が聞こえてくるような気がする。本当にもやもやする。
「うわっ」
倒木した木の枝に足を取られて転びそうになり、咄嗟にライネスブラウ氏の腕に掴まった。その途端、周囲からどよめきが起きた。
〈うるさい!〉
「っと、申し訳ございません」
彼の腕に支えられながら足首を確認する。ぐきっと変な感じに曲がったものの、捻挫はしていないようだ。心配顔をしているのは後処理に残っている対魔隊の人たちだけで、他の班の人たちの顔には驚愕が張り付いている。本当に腹立たしい。
「大丈夫か」
「大丈夫です」
ライネスブラウ氏が手を差し伸べるのはわたしだけだ。これが本当にわたしだけなのだ。どんな状況でも魔力で助けはしても相手に直接触れることはない。
以前「人に触れられることがあまりにもなかった」と言われたことを思い出す。“あまり”ではなく“あまりにも”――その言葉の違いを思い知るたびに叫びそうになる。
「痛むか」
唇を引き結んだわたしを見て、ライネスブラウ氏が心配そうに跪いて、わたしの足首の様子を確かめている。
「多少。捻ってはいないようなので、そのうち治ります」
ライネスブラウ氏に体を支えてもらいながら、足を浮かせて足首の動きを確かめる。このくらいなら平気そうだ。
「痛むようなら治癒したほうがいい。できるだろう」
「できますが……」
わたしは人前で魔力を使うことを控えている。特に自分より魔力値の高い人の前で使うのは見破られそうで怖い。
〈大丈夫だ。ミルトも気付かれていない。訓練だと思ってやってみろ〉
わたしの魔紋はライネスブラウ氏によって偽装されている。同じくミルトさんも。
わたしたちだけが伝心と呼ばれる思考のやり取りができるのは、互いに精霊魔法行使者だからだ。
そう、この国にはあと二人、精霊魔法行使者が存在している。
倒木に腰掛けて靴を脱ぎ、足首の状態を確認してから簡単なマッサージを行う。なんとなく痛みは和らいだが、やはり治療と違ってすんなりとは治らない。
ライネスブラウ氏が簡易治療術で治してくれた。残っていた鈍い痛みがすっと消えていく。
「そもそも安定靴を履いているのに発動させていないことが問題だ」
靴を履き直していると注意された。
足場が悪いところではソールと地面の間に空気層を作ってくれる軍用の靴なのだが、体幹がしっかりしていないとむしろ転ぶ。実際に何度も転んでいるし、いまだに慣れない。軍人の体幹と一般人の体幹を同列に考えないでほしい。
ここの道路は基本的に石畳だ。そこかしこに僅かな段差があるので、きれいに均されたアスファルトやバリアフリーに慣れきった足先は、自分でも驚くほどよく躓く。
そのたびにライネスブラウ氏に掴まっているせいか、最近では躓く前に腕を取られるほどだ。
「それにしても、ミアは本当に……うるさいが先だったな」
ライネスブラウ氏の目だけが楽しそうな色をしている。笑うならちゃんと笑えばいいのに。
どうもライネスブラウ氏は笑ってはいけないと考えているようだ。紳士だからなのか、周囲の目があるからなのか。周囲の人達がこれみよがしに教えてくれた“母殺し”だからなのか。
「同時くらいではないでしょうか」
「いいや、先だった。しかも大音量で。そのうち波動で相手を倒せそうだな」
「そんなことできるんですか!」
思い切り身を乗り出したわたしに、ライネスブラウ氏は少しだけ意外そうな顔をする。
ぜひ習得したい。このもやもやを直接ぶつけたい。デコピン程度の威力はほしい。
「できたら面白いな」
「面白いか面白くないかではなくて」
情けなく呟くと、ライネスブラウ氏は目を細めて口元に笑みを浮かべた。いまはこれでも十分なのかもしれない。ミルトさんが言うには、以前よりはよく笑うようになったらしい。
「私はこのあと町長との協議があるが、ミアはどうする? ミルトは町に出るようだが」
こうして確認してくれるときは、わたしの思う通りにしていいときだ。事務官が必要であればわざわざ訊いたりしない。
ライネスブラウ氏は指示が明確なので働きやすい。察したり空気を読む必要がないだけでこんなにも楽なのかと感動すらする。
ミルトさんは討伐先で新人スカウトをしている。
規定では兵士になるには一定以上の魔力値と身体能力が必要なのだが、対魔隊では魔晶石の補助があるので魔力値にはこだわらない。それよりも感性を重視する。あの地獄の訓練に耐えられるだけの精神力も必要だ。
ライネスブラウ氏も時々新兵の巡回に同行して、見込みのありそうな人を引き抜いたりしている。
「ミルトさんに同行してもよろしいでしょうか」
わたしが遠征に同行したい理由のひとつは人探しだ。
この国にいることは間違いない。……はずだ。
ただ、依頼者自身がここに来た当初のわたしと同じく記憶を失っていたため、はっきりした情報が少ない。むこうには魔素も魔術も存在していなかったので、時間の経過とともに徐々に思い出してはきたものの、すべての記憶は戻っていないかもしれない、と肩を落としていた。
レイの付く名前で、母親が目の前で殺害された当時十歳の男の子。なかなかハードな個人情報なので、正直聞き込みし難い。
管理局で確認してもらったところ、この国にはレイ単体やレイで始まる名前自体が存在しなかった。ライ〜、ルイ〜、ロイ〜はあるのに、レイで始まる名前がないことに愕然とした。
そもそも、アウルム語では「レイ」と発音も聞き取りもできないようで、何度「レイ」と言っても、ライ、ロイ、ルイと聞き間違えられる。以前、海外ではひらがなの「り」の音が発音できないと聞いたことがあったが、それと似たような現象なのだろう。ついでに確認したところ「リイ」も同じように聞き間違えられた。レイとリイだけが例外で、レンやレオ、リアやリタなどは普通に聞こえてくる。わたし自身が直接アウルム語を話したり聞いたりしているわけではないので、誤変換の可能性もある。
対応してくれた職員が茫然とするわたしに同情して「職務上、大きな声では言えませんが、住民登録されていない人がそれなりにいます」とこっそり教えてくれた。納税できない貧困層に多いらしい。
見た目の特徴としては、白金の髪に青い瞳と聞いていたのだが、サフィルス領の人たちは白金の髪と青い瞳が特徴で、アウルム国の三人に一人はこの色を持つと聞いて驚いた。
そのおかげで、少しくすみのあるトゥヘッドとほんのりグレーがかった青い瞳のわたしは、周囲に疑われることなくこの国の人間だと思われている。




