002 殺戮演習とマッサージ
私設事務官は基本的に主の行く先々に同行してサポートするのが仕事だ。副官であるミルトさんも、元はライネスブラウ氏の私設事務官だったらしい。
そのミルトさん主導の大型魔竜を想定した演習は、おおむね殺戮現場と化す。剣を使った一方的なほぼ虐殺劇である。
ミルトさんは強い。
魔力攻撃が当たり前の世界で、武力のみで押し切っていく。強すぎて笑ってしまう。ワイヤーアクションと見紛うほどの動きは苛烈を極め、相手の腕がもげようが足が千切れようが容赦ない。人の体がボールのように吹っ飛んでいく。
ライネスブラウ氏が即死を防ぐための補助防御魔法を展開しているとはいえ、各人の身体強化術と防御術が少しでも甘ければ大惨事だ。
欠損した手足を即座に止血し、幻肢術で補い、不屈の精神でミルトさんに立ち向かっていく姿は凄絶の一言に尽きる。
屋外演習場の一角では隊の専属治療士たちがせっせと切断された体の接合を行っている。演習なのに地獄絵図である。モザイクを入れてほしい。
演習場から見上げる初夏の空は、雲ひとつなく遥か彼方まで澄み渡っている。清々しい青空がいっそシュールだ。
「おい、それ俺の足だ。おまえのはこっちじゃないか」
「なあ、その辺に俺の左手落ちてないか」
「あ゙ー幻肢苦手。完全再現なんて俺には無理だ」
「痛覚遮断が一瞬でも遅れると悲惨だな」
「おっ、簡易接合上手いな。なんかコツあんの」
「おいおい、幻肢の長さが左右で違ってるぞ」
「あー剣の握りが甘いと思ったら、また指が四本しか幻肢できてなかった」
「ああ、小指だろ。忘れがちだよな」
「小指を意識すると今度は薬指を忘れるのはなぜだろうな」
「おい見ろよ。副官のあれ、すごいな」
「どうやったらあそこであの動きができるんだ」
「あれ受けられるの隊長くらいだろ」
ほぼ殺戮現場では阿鼻驚嘆どころか、隊員たちは淡々と自分の体の一部を探したり、感想を言い合ったりしている。
切断された体の一部を手にして、治療士の前に整然と並んでいる隊員たちの姿は、ただひたすらにホラーでしかない。
待っている間にそれぞれが自分の切断された手足で簡易接合術の練習もしている。見ているこちらが叫びたい。
対魔隊では全員が簡易治療術を習得している。簡易とはいえ治療術には相応の技術と大量の魔力が必要となり、不足分は補助魔力として魔晶石を使う。
ライネスブラウ氏の魔力が込められた青の魔晶石は、市場に出回らない超一級品であり、その超一級品の魔晶石を湯水のように使えるのがこの隊の特権だ。
ライネスブラウ氏は国軍のトップであると同時に、魔物討伐に特化した直轄隊も率いている。
対魔物討伐隊は軍の中でも一番過酷な隊だが、生存率も一番高い。
わたしは討伐現場にも同行する気でいる。ライネスブラウ氏は当然だと言わんばかりに反対しているが、ミルトさんの説得に折れて、ついに後方待機を条件に同行が許可された。
わたしの最大の役目は、ライネスブラウ氏の魔力の歪みを整えることだ。
あの日、わたしがミアになった日――。
わたしは古い遺跡でライネスブラウ氏に発見されている。
発見直後に意識を失ったわたしは、昏々と眠り続け、一向に目覚める気配がなかったらしい。
発見から丸三日経ち、強制的に目覚めさせられたわたしは記憶を失っており、ライネスブラウ氏に魔力干渉されて、あらかたの記憶は思い出したものの、自分に関する記憶は思い出すことができなかった。
その翌朝には、ライネスブラウ氏は魔竜討伐のために緊急出動してしまい、彼が戻るまでの二十日間、屋敷を管理しているテオさんとアンナさんに魔力の使い方を教わりながら、彼の帰りを待っていた。
ライネスブラウ氏は遠征先から毎日連絡をくれ、覚えたての魔力についての質問や、発動や制御の仕方、日々の小さな成果を報告しているうちに、互いの気質を知っていったように思う。
わたしの魔力値は人並だが発動範囲は異常なほど広く、どういうわけか発動辞を口にすると発動せず、どうしたいかを頭の中でイメージするだけで発動できてしまうことも、その二十日の間にわかったことだ。
ライネスブラウ氏が二十日ぶりに遠征から戻った翌朝、アンナさんからライネスブラウ氏が応接室で待っていると伝えられた。
開け放たれていた応接室の扉をノックする。
ライネスブラウ氏は一人掛けのソファーに座って書類に目を通しているところだった。
歴史的建造物のような重厚な建物に対し、屋敷の内装や家具などはシックでモダンだ。主人であるライネスブラウ氏の好みだろうか。
ステンドグラスから光が降り注ぐ上品な空間に、ライネスブラウ氏はこのうえなく馴染んでいる。見るからに質のよさそうな白いシャツに黒い細身のパンツ姿、シンプルな装いがスタイルのよさを引き立てている。
昨日はかっちり整っていた髪がいまはラフに流されているせいか、纏う雰囲気が一段と柔らかい。
「おはようございます。お呼びですか」
「ああ、おはよう。よく眠れたか」
ライネスブラウ氏は深く沁みるような声をしている。低く静かな響きは、いつも穏やかで心地良い。
ここで最初に目覚めたときにかけられた「大丈夫だ」のひと声で、わけもわからず混乱していたわたしは、すとんと落ち着くことができた。
「おかげさまで」
書類をコーヒーテーブルに置いて、じっと観察するように見つめられる。
心配していることが伝わってくるので嫌な気はしないものの、あまりに真っ直ぐに見つめられるとどうしていいかわからなくなる。視線を逸らすのも失礼になりそうで居たたまれない。
「扉は開けたままでいい」
視線から逃れるように扉を閉めようとしたら止められた。
そうだった。未婚女性は男性と二人きりにならないよう、扉は開けたままにしておくことをアンナさんに教わったばかりだ。
視線で促されるまま、彼の対面のソファーに腰を下ろす。女性は一番座面が広いソファーに座るのが慣習だと教わった。ドレスを着ていたときの名残らしい。
気配を感じさせないまま入室してきたアンナさんが手早く優雅にお茶の給仕をして、空気に溶けるようにいつの間にか退室していた。
「空間干渉するがかまわないか」
はい、と返事をすると、目の錯覚かと思うような青いきらめきが二人を取り囲んで空気に溶けた。
「外部への遮音と……遮像、でしょうか」
ライネスブラウ氏が無言発動したためわかりにくいが、なんとなくテオさんに教わったことのある術式だということがわかる。
なぜわかるのかは自分でもわからない。
直感のようにいい加減なのに妙な確信がある。これまで感じたことのないこの奇妙な感覚が魔力感知というものらしい。
「正解だ。遮音をするなら遮像も同時に行うこと。唇の動きや仕草からの推察を防ぐ。姿そのものを隠蔽したいのであれば、遮像の密度や厚みを工夫するといい」
ライネスブラウ氏は無表情ではないものの、あまり感情を表に出さない。穏やかな空気をまとっているようでいて隙がない。地位がある人特有の雰囲気といった感じだ。
再びじっと見つめられた。本題に入るようだ。
「まず、現在君に該当する行方不明届は出ていない。王都のみならずアウルム国内でも君に該当する届出は確認できなかった」
そうだろうな、と思う。その根拠はわからないのに、わたしを探す人はいない、という確信のようなものがある。
「そうなると、新たに身分証を作成する必要がある。ひとまずはサフィルス領民として届け出るがかまわないか」
「おまかせします」
頷いたライネスブラウ氏がひと口お茶を飲んだ。なんとも様になる優雅さだ。育ちの良さもひとつのスキルだということをまざまざと見せつけられる。
「そこで、君の名だが」
そう、テオさんやアンナさんとも話していたのだが、自分の名前を決めなければならない。これがなかなか決められなくて悩んでいる。ライネスブラウ氏にもそう伝えてきた。
「もう一度、魔力干渉するか」
記憶がないことがわかったときにも一度魔力干渉されている。それで大半の記憶を取り戻したのだ。だが、本来魔力干渉は犯罪者などに使われる術であり、あまり印象の良いものではないらしい。一度目は仕方なかったとはいえ、二度目ともなると提案したライネスブラウ氏もどことなく遠慮がちだ。
「なかなかしっくりくる音がなくて。差し支えなければ新たに名付けていただけませんか」
ライネスブラウ氏が僅かに目を見開いた。彼の青い瞳がほんの少し色を深めたような気がした。
「君にとって名は音なのか」
一瞬言葉に詰まった。どう言えばこの奇妙な感覚が伝わるのか。わからないまま言葉を繋いでいく。
「特に思い入れがなかったのか、名前は単に個人を識別する記号のようなものでしかなく、どう呼ばれてもかまわないと思っていたような、そんな気がします」
ただ、生活術以上の術式の構築には自分の核をしっかり持たなければならず、その核の最たるものが名前であることをテオさんに教わっている。
「こだわりがなさすぎて逆に悩んでしまって」
そこでふと、不確かな記憶の中から浮かび上がってきたのは――。
「レイ」
「それは――」
ローテーブルに乗り出す勢いでライネスブラウ氏が腰を浮かした。
「わかりません。不意に浮かんで」
自分の中にあるはずのなにかを掴もうとする。
誰かが大切にしていたものか、なにかの名称か。レイは何度か耳にしたことがあるような気がする。おそらく誰かの名前だ。でも自分の名前ではないような……。
なんだろう。記憶がはっきりしないせいで自分の存在すら不確かに思える。
「その名で呼ばれていたのか」
「違うと思います。自分ではないなにか、誰かを指すような気がします。ほかに思い浮かぶものがなくて」
腰を落ち着けたライネスブラウ氏が眉間にシワを寄せて考え込んでいる。思考の邪魔をしたくなくて、そのまま大人しく待つことにした。
ライネスブラウ氏は白に近い金髪に澄んだ青い瞳を持つ大人の男の人だ。
ここで最初に目覚めたときに目に飛び込んできた彼の色を見て、わけもわからず泣きそうになった。どうしようもなくほっとしたことを、いまも強く覚えている。
不意にライネスブラウ氏の顔が上がった。たじろぎたくなるほど、まっすぐに見つめられる。
「ミア、はどうだろう」
一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
次の瞬間、わたしの名前だ、とやけにはっきりとわかった。
ミア。ミア。何度か口の中で繰り返し、小さく声に出してみる。
「ミア、ミア、ミア……」
ライネスブラウ氏もつられるように「ミア」と呼んだ。なんの気負いもなく無意識に「はい」と応えていた。あまりに自然に返事ができたことに自分でも驚いてしまう。
「ミアでお願いします」
ライネスブラウ氏の瞳の青がまた少し濃くなった気がする。
「いままで散々悩んでいただろうに、簡単に決めていいのか」
「いまライネスブラウさんに呼ばれたときに違和感がなかったので。いままでずっと自分の名前に違和感があったような、そんな気がしていたので、逆に違和感がないことに驚いてしまって」
自分でも不思議なほど、ミアが自分の名前だという確信のようなものがある。
名付け親がふっと頬を緩めた。たったそれだけのことなのに、急に若返って見えた。
この人は何歳なのだろう。三十歳前後だろうか。軍服を着ているときはもう少し年上に見えた。でも、いまのラフな格好からはもう少し若く見える。笑うとずっと若く見える。
「ライネスでいい。当家の男は全員末尾にブラウが付く。それこそ識別記号のようにな」
では、ミアでいいか、と再度確認され、わたしが頷くのを見てから書類に書き込んでいく。万年筆のようなペンを持つ長い指が優雅に動く。
「君の名は、ミア・ライネスブラウ・ファル・サフィルス。サフィルス家の私に連なる者という意味になる」
「連なる者……」
なんだろう、この感じ。心がざわめく。
「そうだ。いまは先行きが不安だろうが君はなにも心配しなくていい」
どうしようもなく心が騒ぐ。ライネスブラウ氏の声が何度も何度も心の中で大きく響いている。
書類に記された自分の名前を見ていると、不意に泣きそうになった。
記憶はないのに、心に残っているなにかが、足りなかったなにかが、じわじわと満ちていくようだった。
すべての書類に「ミア・ライネスブラウ・ファル・サフィルス」と署名し終わったところで、ライネスブラウ氏がちょくちょく眉間を揉んでいることが気になった。
眉間にシワを寄せるのは、考えるときのクセかと思っていたが、もしかして頭痛だろうか。
「ライネスさん、少しよろしいですか」
声をかけて立ち上がり、彼の背後に立つ。
「失礼します」
そう声をかけ、首筋を揉みほぐそうと彼の首に指先が触れた途端、驚かせてしまったのかライネスブラウ氏が飛び退いた。時々ビクッとなる人はいるものの、その場から物理的に距離を取られたのは初めてだ。しかも一瞬の早業で。
「なにを……」
「マッサージを。頭が痛そうだったので、マッサージすると少しはマシになるかと思いまして」
バイト経験がある。
最初は足つぼマッサージのお店から始めて、次は時給がよかった十五分マッサージ店、更に待遇がよかった女性専門のマッサージ店、そこから整体院へとアルバイト先を変えていった。それだけでは十分と言えるだけのお給料はもらえなかったので、他にもリンパマッサージ店やアロママッサージ店など、いくつか掛け持ちしていた。
「一応経験もありますので、試してみませんか」
特別上手かったわけではないと思うが、ゆっくりさするだけでも少しは痛みが和らぐはずだ。
「平気、なのか」
ライネスブラウ氏と互いに椅子を挟んで立っている。
彼の青い瞳はわたしの全身を観察するように凝視している。心配されていることは伝わってくるものの、一体なにを心配しているのかがわからない。男性客からセクハラを受けたことは数え切れないほどあっても、こんなふうに心配されたことはない。
「平気ですが……」
ライネスブラウ氏の視線が緩まないため、変に緊張しながら次の動きを待っていたら、すっと右手が差し出された。
「触れるか」
意図がわからない。もしかして、こちらの嫌悪感を量っているのだろうか。
自分でも不思議に思うほど、ライネスブラウ氏に嫌悪感はない。無意識に部屋の扉を閉めようとするほど、警戒心も湧いてこない。
正解がわからないまま彼の手を握る。
その瞬間、ライネスブラウ氏が全身を強張らせていることに気付いた。もしかしたら“わたしが”ではなく“彼が”嫌悪感を持っているのかもしれない。
急速に心が萎びていく。そうか、ここでもわたしは異物――。
「わたしに触れられるのは嫌ですか」
口に出した直後に後悔した。
「まさか。人に触れられることがあまりにもなかったものだから動揺した。すまない。不快な思いをさせた」
手を握ったまま、途方に暮れたような顔をするライネスブラウ氏を見ているうちに、肩の力が抜けていった。
大きくて温かな手だ。見るからに鍛えられた体なので代謝がいいのだろう。
「こちらこそ失礼しました。かつて自分を異物のように思っていた気がして、過剰に反応してしまいました」
「異物、か」
大きな手がすっと離れていった。温かな手だったせいか、急に寒さを感じて指先をぎゅっと握り込んだ。
「なにかを思い出したわけではありませんが、常に疎外感のような、居場所のなさを感じていた気がします。自分のなにかが周囲とは違っていたのかもしれません」
ライネスブラウ氏は考え込むかのように肘掛け椅子に腰を落とした。
わたしも自分の中にあるはずのなにかを探りながら、彼の首から頭頂にかけてゆっくりとマッサージしていく。強すぎず弱すぎず、指先に意識を集中しているうちに無心になる。
ふと、青くきらめく細かな粒子の流れが見え始めた。
なんだろうと思いながら、その粒子の流れが滞っているところを重点的に、粒子を流すように揉んでいくと、スムーズに流れ始めた。よく見ると彼の背中にも滞りやもつれ、変にくびれたり絡まっているような箇所がいくつも見つかった。
もしかして、これが魔力の流れだろうか。以前教本で見た、血液やリンパの流れに似ているようで少し違う。
「背中もよろしいですか」
ソファーの背が邪魔だったので、オットマンに座り直してもらう。本当なら施術台に伏せてほしいところだが、ここには施術台もマッサージチェアもない。
「肩の力を抜いてください」
ゆっくりと覚えている限りのマッサージを施していく。それだけでは大きな変化がなかったため、粒子が詰まりかけている箇所を指先で丁寧に慎重にほぐしていく。もつれている箇所は指先で撫で梳くようにしたり、絡まっているところは流れをひとつにするように指先を動かす。
青いきらめきに触れている感触はないのに実感はある。これまで感じたことのない不思議な感覚はきっと魔力というものだらからだろう。
「君は、なにをしている」
振り向いたライネスブラウ氏の声に驚いているような響きがあった。純粋な問いかけのような気がして、いま見えているものを説明する気になった。彼の声に少しでも不信感が混ざっていたなら、誤魔化していたかもしれない。
「多分、魔力だと思うのですが、その流れを整えています」
「君は魔力の流れが見えるのか」
ただ眼の前にある事実を確認しているような透き通った声だった。だから、素直に答える気になった。
「青い、きらきらした粒子のようなものがライネスさんの体を循環しています。ですが、わたしも初めて目にするものなので、正確なところはわかりません」
「色も見えるのか。ではこれは見えるか」
そう言ってライネスブラウ氏が手のひらを胸の位置に上げた。その中に青い光が見える。
「青い光が見えます。立体的な、紋様でしょうか。もしかして、ライネスさんの魔力そのものですか」
とてもきれいで複雑な紋様だ。なにかで見たマンダラアートに似ている。
「私の魔紋だ。専用の道具で可視化されるもので、肉眼で可視化できる者は稀だ」
「もしかして、この粒子のひとつひとつがこの魔紋なのでしょうか」
「よくわかるな。それをひとつにまとめて見せている」
これだけ小さければ肉眼で見ることはできないだろう。
「粒子をひとつにまとめても同じ紋様を描くのでしょうか」
「そうだ。だから魔力を行使した者が特定できる。残滓は一定期間残るからな」
そう言ったライネスブラウ氏の目の色がはっきりと濃くなった。光の加減や見間違いではなさそうだ。
「実は、君と出会ってからというもの、私の魔力の歪みが改善されている」
「この状態でですか」
「以前とは比較にならないほど楽になった」
いまでも随分と歪んでいるのに、それ以上に歪んでいたということか。楽になったと言うからには、歪むと苦痛が伴うのだろう。
「だとしたら、いままでかなりお辛かったでしょう」
魔力の歪みが実際の痛みとどう関係するのかはわからない。さっきマッサージした限りでは肩こりや強張りがすごかった。いままでマッサージしたことのあるどんな人よりも凝り固まっている。
「いまので少しは楽になりましたか」
「ああ。楽どころか体が羽のように軽い。痛みがなくなって初めて、いままでどれほどの痛みがあったのかを知った気分だ」
背中を少しマッサージしただけでこれほど喜んでもらえるなら、全身を整えてみたいと思った。
この人の役に立ちたいと、ただ純粋に思った。
そして――。
ライネスブラウ氏は討伐遠征後の三日しかない休暇中、わたしに再度の魔力干渉を行い、自分の名前以外のすべてを思い出したわたしに、魔力の使い方を叩き込んだ。
それはもう、徹底的に。
お返しに、わたしもライネスブラウ氏の全身の魔力を整え、揉みほぐした。
それはもう、徹底的に。




