011 密談とテイクアウト
最近、第二隊との手交書類が多い。
おまけに、ちょいちょい二隊の人たちがやって来る。四隊はミルトさんと数人で対応しているようで、なぜか前室が会合の場にされている。会議室を使わないことになにか理由があるのかもしれない。
空間干渉されているのでこちらから様子は伺えないが、向こうからはわたしの姿が丸見えなので気が抜けない。ミルトさんと二人のときは超絶気楽だった。
前室に居づらい。かといって席を外すわけにもいかないため、ライネスブラウ氏の執務室に用があるたびにほっとしてしまう。
「では、魔竜に関する会議以外は全てお断りしてよろしいのですね」
「かまわない。社交が主となるものも断っていい」
「そうしますと、国際会議以外はお断りすることになりますが」
「かまわない。私もそこまで暇ではない」
よし、外務局に丸投げしよう。
アウルム国は比較的安定している。それはひとえに、精霊魔法行使者が国軍の頂点で睨みを利かせていることが大きい。とんでも魔法をぶっ放す最終兵器みたいな人が相手国にいるわけだから、極力対立は避けたいだろう。
その恩恵を受けているのは外務局の職員たちで、水面下でさり気なくライネスブラウ氏の力になっている、というようなことを初の海外出張のときに外務局の随行員がぽろっと溢していた。恩着せがましい言い方ではなかったので本心なのだろう。
だがしかし、そう言いつつも、ライネスブラウ氏とは直接関わらないようにしているところが実に腹立たしい。
だから、遠慮なく丸投げする。
「外務に行ってまいります」
丸投げは、担当者に直接手渡しすることでスムーズに運ぶ、ということを最近知った。
「ああ、気を付けて」
戻りがてらランチの準備もしてこよう。
「本日の昼食ですが、ご希望はございますか」
「ミアの好きなものでいい。ああ、ミルトたちの分も頼む。長引きそうだ」
ライネスブラウ氏は自分の仕事をしながら、ミルトさんとも伝心でやり取りしているようだ。時々険しい顔で考え込んでいる。その間も手は動いているのだから感心する。
「かしこまりました。では席を外します」
執務室から出てミルトさんたちが何人いるか確認する。おそらく七人か八人。遮像越しなのではっきりしない。念の為、多めに用意しておこう。
外務局の第四隊担当官のブースには、カルラさんの姿があった。
どうやらカルラさんも丸投げ書類を持参したところらしい。続けて提出するのは気が引ける。
わたしに気付いた担当官が遠慮がちに片手を上げた。振り向いたカルラさんと担当官に片手を上げて挨拶する。
「お手数ですが、こちらの処理をお願いいたします。全てお断りで」
結構な量の招待状を見た担当官の顔がひきつっている。
「先日の国際会議でライネスブラウ氏が懇親会にも出席したとの報道を受けて、もしかしたらというお誘いが個人宛に大量に届きまして」
「ああ、あの記事……。こちらから厳重に抗議しておりますが、大変申し訳ございませんでした」
あれはきっとわざとだと思うので謝罪の必要はない。国内に出回らなかったのは外務局の圧力があったのだろうし。とはいえ、大量の丸投げ書類を受け取ってもらうためにあえて言った。腹が黒いことは自覚している。
ちらっと見えたカルラさんが持参した書類も招待状のようだ。ふと見覚えのある封筒が目に付いた。
「もしかして、四隊宛も、でしょうか」
その一言でカルラさんは察したらしい。
「ええ。どうやら外務を通さないばかりか、こちらの手間を考えず、安直にどちらにも出しておこうと考える碌でもない主催者がいるようですね」
カルラさんの顔が怖い。
カルラさんがライネスブラウ氏に招待状の確認に来ていないということは、確認するまでもなく、全て外務局に丸投げすればよかったのか。次からはそうしよう。
「該当団体にはこちらから直接抗議いたしますので」
担当官が慌てたように全ての招待状を受け取ってくれた。
成り行きで軍本部までカルラさんと一緒に戻る。
「職務には慣れましたか」
「おかげさまで。先日はご教示いただきありがとうございました」
「お役に立てたようでなによりです」
カルラさんの距離感がわたしには心地良い。
これは国民性なのか、仕事とプライベートをきっちり分ける人が多い。彼女も適度に距離を保ってくれて、必要なときは最低限の力になってくれる。ほんの少し歳上なだけなのに、わたしよりもずっと思慮深く、貴族特有の洗礼された雰囲気がある。
ただ、ときどき排他的な視線を感じるのは気のせいではないだろう。わたしは上位貴族のマナーを必死に身に着けようとしている田舎の下位貴族だと思われているようで、自分より格下とは付き合わないタイプなのかもしれない。貴族にはそういう人もいるらしい。
仕事上必要な付き合いはきっちりしてくれるので、わたしにとっては付き合いやすい人だ。
本部に着いたところで足を止める。
「それではこちらにて失礼いたします。少し早いですが昼食を受け取ってから戻りますので」
事務官には決まったお昼休みや休憩時間というものがない。各自適宜に消化している。
「ご迷惑でなければ、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」
遠慮がちに言われて一瞬迷った。
密談のことは外部に漏らすべきではない。でも、ランチの大量注文の言い訳が浮かばない。とはいえ、ここで断るのもどうかと思う。
カルラさんなら詮索しないとは思うが、察せられること自体がNGな気がする。たとえ同じ四隊に所属していても、諜報班は例外だ。……仕方がない。
「もちろんです」
笑顔で答えた。
カルラさんは食堂を利用しないのだろうか。基本的なメニューは無料で、しかも美味しいので利用する人は多い。
「食堂の、あの雰囲気が苦手で」
気まずそうにカルラさんが言った。
思わず、ああ、と声が出た。いわゆるナンパだ。
隊内恋愛は禁止されていない。規律さえ守ればむしろ推奨されている。そういう点で食堂は利用価値が高い。
「わたしも苦手です。いきなり話しかけられると、どうしていいかわからなくなります」
わたしの場合はナンパではなくライネスブラウ氏絡みの難癖だが。
食堂のメニューはテイクアウトも可能だ。大抵の隊員は食堂で食べるか夕食などはテイクアウトして宿舎で食べる。二十四時間稼働しているためかなり便利だ。
ミルトさんたちの分は十人分くらいあっても食べ切れるだろう。
さて、カルラさんに訊かれたらどう言い訳しよう。訊かれないことを願う。
「ミア」
聞き馴染んだ声に振り向けば、ライネスブラウ氏が人もまばらな食堂に入ってくるところだった。急いで駆け寄る。
「ライネスさん。急用でしょうか」
ライネスブラウ氏の青い目が和んでいる。なにかあったわけではなさそうだ。
「気分転換に手伝いに来た。ミルトたちの分をミア一人で運ぶのは大変だろう」
テイクアウトするのは持ち運びやすいサンドイッチ系と決めているので、一人でも運べる。スープは保温ポットごと用意してもらうつもりだ。
「ワゴンをお借りするつもりですので」
「それでは戻しに来るのも手間だろう」
「さすがにライネスさんのお手を煩わせるのはいかがなものかと」
「秘密裏に転移するつもりだ」
「城内での転移は慎むよう通達されていましたよね。しかも口に出した時点で秘密裏ではありません」
ふふっ、と小さく吹き出す声が聞こえた。背後にいたカルラさんがくすくす笑っている。こんな表情は初めだ。普段は完璧すぎるくらい表情もキリッとしているのに、笑うと途端に雰囲気が柔らかくなる。
「ああ、カルラも一緒にどうだ」
「よろしいのでしょうか」
「かまわない。小会議室は空いているだろう」
「この時間でしたら」
「ではそこに運ぼう」
カルラさんがやけに嬉しそうだ。誘われた途端、ぱっと明るい笑顔を見せた。その笑顔に引っかかりを覚える。上司に対する態度にしては少し大げさ過ぎるような……。よほど一人での食事が苦手なのだろうか。
こういう些細な違和感を放っておくとあとで痛い目に遭う。これまでさんざん思い知らされてきたことだが、結局考えてもそれ以上の答えは見付からなかった。
結局、ライネスブラウ氏には先に戻ってもらい、カルラさんと一緒にワゴンで運んだ。
量が多いのですべての料理をポットごと用意してもらえた。まるで給食当番のようだ。配膳が面倒だが、そこは軍隊なので各自が適宜に対応してくれる。
準備ができるまでの待ち時間に、四隊の人たちが次々やってきては珍しくテイクアウトしていく様子が見えた。
「お二人は変わらず睦まじいですね」
「そう、でしょうか」
仕事中に仲良し感を出しているつもりはない。ライネスブラウ氏も特にわたしを贔屓したりしない。一緒に住んでいることを知る人もいない。婚約者だから、という意味でもなさそうだ。
「あのお方が事務官を心配してわざわざ足をお運びになるなんて、以前でしたら想像もつきませんでしたから」
「ですが」と反論しようとしたら、カルラさんが心得ていると言わんばかりに頷きながら声を被せてきた。
「ええ。元来お優しい方だということは存じております。平たくお優しい方ですので」
なんとなく想像はつく。ライネスブラウ氏は誰に対してもフラットだ。他人との境界線がはっきりしている。ある意味気安さがない。それがあたたかみのない人だと誤解されている気はする。
でも、と強く思う。彼をそうしたのは周囲の人間だ。
比較的好意的なカルラさんも、ライネスブラウ氏のことを「あのお方」などと呼ぶ。対魔隊の人たちは隊長と呼ぶし、他の隊の人たちは閣下、政務局や王宮の人たちは殿下。
わたしとミルトさん以外は誰も彼の名前を呼ばない。立場上という縛りはあっても、さすがに不自然すぎて嫌でも気付く。
もやもやしながら四隊の会議室が集まる小廊下に来たら、なぜか人が集まっていた。
失礼しまーす、と声を上げながらワゴンを押し進めていくと、ミルトさんが配膳に手を貸してくれた。
「人が増えていませんか」
「ここで飯を食うって聞きつけたやつらが集まってきた」
さっきのテイクアウト集団だ。これまた国民性なのか、職場では馴れ合わない個人主義者が多い印象だったので、みんなでランチは珍しい気がする。
〈二隊の人も増えていませんか〉
〈まあ気にするな〉
奥の方でライネスブラウ氏と二隊の人たちが和やかに話している。仕事の話ではなさそうだ。
密談中に漂っていた濃い気配が消えている。こうして関係のない人を引き入れることで密談の気配を隠したのだろう。
配膳中に気付いた。
カルラさんが最近ミルトさんと行動をともにしている諜報班の人をやけに意識している。
ライネスブラウ氏に誘われて喜んだのはそういうことのようだ。おおかた前室に入る姿を目撃していたのだろう。
〈ミア、見すぎだ〉
あまりに初々しくてついついまじまじと見てしまう。
どうやら相手の人もまんざらではなさそうで、傍から見ている分にはいい雰囲気だ。
〈ライネスさんはあの二人のことに気付いていたんですか〉
〈まあな。カルラはベリロス領の伯爵家の一人娘だ〉
〈そうみたいですね〉
二隊の人たちと一緒に食事するのかと思っていたライネスブラウ氏は、いつの間にかわたしとミルトさんの間にいる。直接誰かと隣り合わないための配慮だろう。
こういう気の遣い方がライネスブラウ氏だと思う。自虐的とまでは言わないが、一歩も二歩も引くのが当たり前になっている。
〈相手はサフィルス領の侯爵家の三男だ〉
たしかに、サフィルスの色といわれている白金に青い目の男性だ。ライネスブラウ氏のように澄んだ色ではなく、ほんの少し濁った色をしている。
〈それが?〉
〈カルラの家はサフィルス領に接している〉
〈ああ、なるほど。本人たちは?〉
水面下での領地争い。ベリロス領が実質サフィルス領になるということだ。
〈カルラは気付いていないだろうが、父親は気付くだろう。だが、娘に甘いと聞こえてくるくらいだ、カルラが押し切ればどうとでもなる〉
〈貴族って、腹黒いですね〉
〈腹黒くない貴族などいない〉
強制的な政略結婚というわけでもなさそうだが……。
交際の申込みは、爵位や立場が下の者からするものらしい。相手よりも爵位や立場が上の者からの申込みは強要になる恐れがあるためタブーなのだとか。政略結婚の場合はむしろ強制なので上から下に話が行く。ちなみに、デートの申込みはどちらからでもいいらしい。
相手の人もカルラさんに好意を持っているように見える。なにより、並んで座っている彼らは、見ているこちらが恥ずかしくなるくらい初々しい。
だが、相手の男性が侯爵家の者ならば、全て演技の可能性もある。侯爵家の三男ならば、そのくらいはやってのけるだろう。上位貴族は怖い。
〈わたしも誰かの思惑の上にあるのでしょうか〉
思わず、といった感じでライネスブラウ氏が顔を向けた。
〈なぜそう思う〉
〈特に理由はありませんが……えっ、なにかあるんですか〉
〈あったほうがいいのか〉
ゆっくりとライネスブラウ氏の視線が逸れていった。ごく自然に外された視線が、どうしてか不自然に思えた。
〈普通に考えて、ありようがないと思うのですが……〉
〈少なくともミアを送った彼女にはあっただろう〉
あー…そうだった。
例の少年探しが難航している。
彼が見つからないと、わたしがここに来た意味がない。
もしかして、三年前はアウルム国在住で、現在は国外に出ているという可能性もある。衝撃的な事件を目の当たりにしたのであれば、別の国に移住していてもおかしくない。
でも、事件そのものを調べて該当者がいないということは、事件になっていないか闇に葬られた事件だったということだろうか。
そこまで考えて、でもなあ、と思ってしまう。
母である彼女からは闇に葬られるような仄暗さは微塵も感じなかった。明るい光の中を伸び伸びと生きてきた人特有のポジティブさ、上品で気品のある仕草、とても裕福な家庭で育った人、という印象が残っている。
〈どうした?〉
〈人ひとりを探すのって思った以上に大変ですね〉
ライネスブラウ氏のお皿から彼の苦手なナスをもらう。かわりにわたしの苦手なニンジンを食べてもらう。ラタトゥイユみたいなゴロゴロ野菜の付け合せが美味しい。
突然、耳障りな警報音が鳴った。
「緊急要請――第四隊出動。ルベウス領ゼピア地区北東にて複数体の魔物発生。繰り返す――」
「複数体?」という誰ともつかない訝しげな声が上がった。しかも魔物だ。本来魔物程度では対魔隊の緊急出動はない。三隊で対処できるからだ。
ライネスブラウ氏とミルトさんが顔を見合わせる。
「ミア、同行してくれ。出るぞ」
魔竜以外でライネスブラウ氏が出動することはない。そもそも、魔物が複数体同時発生したことなど、わたしが知る限り初めてのことだ。




