後悔
一人で来た仁は部屋に上がると、ベッドに座って碧斗の部屋の中をじろじろと見た。
碧斗は緊張のあまり、回転イスに座ると意味もなくクルクルと回った。
仁はベッドに座ったままだし、碧斗はクルクル回っている。
「おい、いい加減、まわるのやめろよ」
仁が呆れたように言って、碧斗は回るのをやめた。
「う、うん」
碧斗はすぐに椅子から離れるとドキドキしながら仁の横に座った。ベッドに放り投げてあった枕を手繰り寄せると、無意識に抱きしめた。
「なんかねえの?」
「……へ?」
「ゲームとか漫画本とか」
仁が言う。
あっと思って碧斗は本棚から少年漫画を数冊取り出した。
「こんなのしかないけど」
「ふうん……。あ、これ、読みたい」
仁がそう言ってページをめくって漫画を読み始めた。碧斗も読みかけの漫画本を手に取ると、隣に座ろうか迷った。
部屋の中は暖房が効いているので、少し暑いくらいに感じる。床に座って漫画を読み始めたが、喉が渇いた。
何か飲み物でも持って来ようと部屋を出た。
オレンジジュースがあったので二つ入れて持って行く。部屋に入ると仁は漫画を読んでいた。
俺の部屋に仁がいる。
碧斗は一瞬、ぼうっとして仁を見つめていた。仁が気づいて顔を上げた。
「何、突っ立ってんだよ」
「あ」
すぐに部屋に入ってジュースを渡す。
「サンキュ。喉が渇いてたんだ」
仁はジュースをごくごくと飲んだ。それを見ながら、あの後、どうしたのだろうと思った。
あの告白の日以来、碧斗は二人と会っていなかった。聞き出す勇気もなく、仁は漫画本を読んだだけで帰って行った。
その次の日も仁はやって来た。自分の家から漫画本を持って来て、二人で貸しあって読んだ。あれ以来三人が揃うことはなく、仁は漫画を読みに来て、何も知らない和志はわざわざ碧斗の家に残り物のケーキを持って来てくれた。
碧斗はケーキをほおばりながらも、仁の事ばかり考えていた。お風呂に入ってもテレビを見ていても、寝る前も考えていた。
部屋の中で黙って漫画を読みふける姿。仁もまだ骨格は細いけれど、自分よりははるかに大きくて筋肉もある。
碧斗が、仁を気になりだしたのは小学校の三年生の時だった。その時、仁は中学一年生で、和志とずっと一緒でとても仲が良かった。
仁は、和志にはとても優しいので、それがうらやましかった。ある時、きっかけは何だったかは忘れたが、仁が自分のことを気にかけてくれたことがあった。
些細な事だったが、まるで和志にしてあげているように優しくされたのが、碧斗には衝撃だった。
仁をひとりじめしたいと思うようになったのは、その後だったかもしれない。
かっちゃんのことを諦めて、自分を好きだと言ってほしい。
もっと、仁と一緒にいたい。
その日の夕方も碧斗はベッドに寝転がって考えていた。
「碧斗っ」
突然、姉の沙織の悲鳴のような声が階下から聞こえた。
「ちょっと降りて来なさいよっ」
「何だよっ」
人がせっかく想いに浸っていたのに――。
「早く来なさいよっ」
何度も大声で呼ばれてうんざりする。仕方なく起き上がってのそのそと下へ降りた。
「何だよ……」
姉は玄関にある家の電話で話をしているようだった。姉は電話口を手で塞ぎながらまくしたてた。
「和志のお母さんからよ。あんたのことが気になったから電話したんだって。あんた今日、行かなかったの? 仁と和志、船に乗って東京へ行ったらしいよ」
「え……?」
「船はもう出たって」
船が出た。
碧斗は、素足のまま家を飛び出した。
「碧斗っ」
姉が悲鳴をあげる。
碧斗は走った。アスファルトが足の裏に刺さるようで走りにくかった。だが、かまっている余裕なんてなかった。港へ向かって走った。
知らない。てっきり、高校は県内を受けていると思っていた。
東京へ行くってどういう事? 二人でってどういう事?
港が見えてきて船着場へ着いたが、船の姿かたちはなかった。
何度も目を凝らした。もしかしたら、まだ見えるかもしれない。
いや、まだ船は出ていないかもしれない。
仁たちは乗り遅れて、近くの砂浜で時間を潰しているかもしれない。
うろうろと港を歩き回って、本当に誰もいない事に気付いた。
鼻がツンとする。
こらえ切れないものがのどの奥から込み上げてきた。目頭がひりひりする。
「うわああああああああーっ」
碧斗は海に向かって叫んだ。
仁っ、仁っと何度も叫んだ。
俺を好きになって、そう言えたらよかった。今になってもの凄く後悔した。
言えばよかった。断られてもいいから、好きになってって言えばよかった。
でも、十歳の碧斗に出来る事は、泣いてわめいて叫ぶしかなかった。
散々泣き喚いた碧斗は、血だらけになった足のまま基地に行った。足でちゃぶ台も何もかもをぶち壊した。
三人で一生懸命作った基地は、碧斗の片足であっけなく潰れてしまった。




