秘密
基地の中から見える景色は見渡す限り海だ。
今日の海は濃い青色をしていた。
仁は服が汚れるのも気にせず手足を伸ばした。その手が碧斗の膝に触れる。碧斗はびくっとしてさりげなく膝を動かした。
「俺も寝る」
仁の横に和志が横になると、二人は顔を見合わせて笑いあった。碧斗も仲間に入れてもらいたくて急いで横になろうとしたら、仁が言った。
「サルは寝んなよ。牛になるぞ」
「うるせっ」
もぐもぐと口を動かして最後のプリンを食べる。それから和志の横に寝転んだ。
仁の隣は緊張するから無理だと思った。碧斗が寝る位置を探してもそもそしていると、仁の焦る声が聞こえた。
「和志、え、眠ったのか?」
へ? と思って起き上がると、仁が体を起して和志の顔を覗き込んでいる。
「おい」
揺さぶっても和志は目を閉じている。
「嘘でしょ……? かっちゃん寝ちゃったの?」
碧斗が呆れたように言うと、仁は仕方なさそうに息をついた。
「風邪……引くよな」
季節は三月下旬で、春先とはいえ肌寒い。仁は着ていたコートを脱ぐと体にかけてやった。
「優しいね」
碧斗がぽつりと言うと、仁は黙ったまま、和志の顔を見ていた。
ちぇ、と碧斗は呟いて再び横になると、仁が和志の体にそっと顔を寄せたのが見えた。
「あ……」
何をしたのかなんて分からなかったが、それは一瞬の出来事だった。仁は、碧斗の方も見ずに小さい声で言った。
「……知ってるんだろ?」
仁は、和志の髪の毛に触れただけだったが、小学生の碧斗から見ると、何だかそれはいけないものを見てしまったような気持ちになった。
知ってるって何の事? 知るはずない……。
何を言ってんだ、仁は……。
そう思うと、不意に涙が零れた。
「へ、変態っ。ホモっ」
「黙れっ」
仁が、碧斗を黙らせようと手で口を塞いだ。
「お前、邪魔なんだよ……」
吐き出した言葉を聞いた碧斗の顔を見て、仁の手がゆっくりと離れた。碧斗から顔を背けて海の方を眺める。
碧斗はぐいっと目をこすって仁に向かって叫んだ。
「じ、じゃあ、誰と遊ぶんだよっ。島には仁と和志しか男はいねえじゃん。後は、女子と幼稚園児しかいねえじゃねえかっ」
精一杯の虚勢だった。
ちっ、と仁が舌打ちする。
仁に言われた事がショックだった。
二人の邪魔をしていたつもりは確かにあったけど、はっきり言われるとは思っていなかった。
「来いっ」
突然、仁が立ち上がって碧斗を基地の中から引っ張り出した。
「な、何っ?」
びくびくしながらついて行く。追い出されるのだろうか。
仁は青空の下へ出ると大きくため息をついた。腕を放される。
「……悪かったよ。イライラしていたんだ」
ぽつりと呟いた。
それを聞いて碧斗はますます泣き出そうになった。手のひらをぎゅっと握りしめて、絶対泣くもんかと我慢した。
すると、突然、仁がその場にしゃがみ込んだ。体育座りすると膝の間に顔をうずめて、苦し紛れに言った。
「気持ち悪いよな……」
その声がやるせなさそうだった。
「俺は頭がおかしいんだ。和志の体に触りたいし、キスもしてみたい。他の部分とか触ってみたい。でも、こんなの普通じゃない。普通じゃないって分かってる。だから、苦しいっ」
衝撃の告白に胸が痛んだ。
俺だって……!
もう少しで、自分の気持ちを暴露しそうになって、喉の奥で押し止めた。
黙っていると、仁は落ち着いたのか、大きく息をついて起き上がった。
「今の話を和志に言う?」
「……え?」
「言わないでほしい」
「う、うん……」
碧斗はちくちくする胸をこらえながら、頷いた。そして、目の前に立つ仁の袖を強く引っ張った。
「何だよ……?」
「俺、気持ち悪いなんて思わない……。絶対、かっちゃんには言わない。だって俺も同じ」
「は?」
「俺も……仁のことが好きだから」
うつむいて告白したら仁は一瞬、言葉をなくしたように静かになった。つかんでいた袖をそっと振り払われた。そして、碧斗の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「バーカ」
仁がふっと笑って歩き出す。碧斗は、基地へ入る仁の背中に叫んだ。
「俺は気にしないっ。男同士でもいいって思うからっ」
そう言うと碧斗はそのまま振り向いて、その場から逃げた。
恥ずかしさと恐ろしさでいっぱいだった。仁がどう思ったかなんて考えもしなかった。
二日後、仁が碧斗の家に遊びに来た。
仁は一人だった。




