第8話 最後のギフト、最高のギフト
迷い込んだミラールームに聳え立つ白い魔の樹上を、BB級の剣士アキトとタイキの二人が登攀する中、地上に残された三人組の方はというと──。
「はぁっ! こちらにそれほど魔物が集中していないということは、作戦中のお二人さんはまだ無事だろうが……なんだあの急に出てきた毒々しい霧は……!」
アジバは骨と樹木の混じり合った異形、蘇り突進して来たミラーボアを斧で叩き伏せながら天を仰いだ。
すると。白い巨木の上層を覆っていたのは、さっきまでそこに無かった暗雲のような紫の霧。その厚い霧の下辺りで、怒涛の進撃を見せていた二人の剣士の動きが鈍く止まっていた。
「ちょちょっと、アレって大丈夫なの!? タイキ、アイツも!」
登る二人の道を塞ぐようにとどまり続ける謎の濃霧に、リリスは心配そうな表情を浮かべた。
良くない不安が募る中。地上にいる冒険者三人の中でただ一人、こうなることを心の隅のどこかで悟っていた者がいた。
【夜狩】そして【騒乱】、目覚めては新聞紙の上に閃き書いたあの字のことを思い出す。そして今ソメイが静かに、だが決意を瞳に宿してその口を開いた。
「……アジバ殿、リリス。勝手ながら後のことは任せてもいいか。やはり私という女はあの男に、一筆──どうしてもこのギフトを届けたいらしい」
アジバとリリスは急に神妙な様子で語る彼女の面を見て驚いた。
彼女はただ驚くばかりの感想は述べない。「一筆、ギフトを届けたい」確かにそう告げたのだ。
そんなソメイの決意を宿した瞳に、その時ばかりはアジバとリリスは二人して、余計な口を挟むことはできなかった。
ソメイは後ろの木に巻きつけ大切に取り置いていた、ise会のクラン章が刺繍された旗を地に広げた。
そして、そこにまだ輝き灯っていた緑の魔の火を、握りしめた筆槍の穂先へと墨の代わりに宿した。
「【絶筆】……。今日はもう、おそらく明日ももう……筆を折る次第だ。……アキト──確かに届け……た……!」
緑に燃える穂先が焦げていく。顎先、全身にまで汗を垂らし伝わせながら、彼女は両腕に抱えた大筆を最後の一画まで操った。
「っとのこのこと邪魔なんだよっ! ──おいおいっ、フミ・ソメイっ! 筆を燃やしてまで一体何をしでかした!? 尋常じゃない気迫を感じたが……」
アジバはまた突っ込んで来たお邪魔なミラーボアを前で仕留めながらも、背で起こった異常な魔力と熱量に振り返る。
「わわっ、ちょっと! ってこれ……私よりひどい熱じゃない!? どんな魔法を書き切ったってのよ……?」
穂先の毛は燃え尽き、書き切ったと同時に筆槍の柄がへし折れた。前に力尽きるように倒れたソメイの身を、慌てて駆け寄ったリリスは受け止めた。
まだ尋常でない熱の残り伝うソメイの身に驚き支えながらも、リリスは今張り付く地面から飛んでいった一枚の布を目で追った。
鮮やかな緑の炎が、舞い上がる旗と共に風に乗る。それは命まで濃縮したような凄まじい魔力と熱量を帯びていた。
やがて、消えぬ炎の旗はふわりふわりと霞む空を漂いながら、白い樹上に佇んでいた一人の男の元へと向かっていった。
「まずいね……そう来たか。よほどジブンたちに登ってきて欲しくないらしい」
立ち込める毒霧を頭上に見上げながら、アキトが苦々しく呟く。しかし顎に手を当て悩んだ様子のアキトとは対照的に、その隣の太い枝上ではタイキが背のマントを口元に巻き、強行突破の構えを見せていた。
「アキトさん、俺にやらせてください! ……あと少しでっ!」
「まぁ、少し待てよタイキ。ここに来てのお預けはジブンも同様に辛いところだが……君がいくら強くなっていても、毒の脅威は口を覆っただけでは完全には防げない。今、なにか気の利いた妙案を一つ探っているところだ。上手くいけばそっちより、お肌がツヤツヤのまま済むかもしれないよ」
アキトは熱のこもったタイキの進言に対して、冷静にそう返した。
「……っ! すみませんアキトさん……俺そこまで考えずに焦った感じで……」
「ふふっ君らしいことだ、謝ることではないよ。むしろ、このような不測を予期できなかったのはこちらだ。そんなコツコツ作戦の立案者としては……木なぞに知恵比べで負けるのは悔しい。フフッ、もう少しだけ粘らせてくれ」
「はいっ……! 俺も魔力の集中を切らさずに粘りますっ!」
太い木の幹の道をまるで重力に逆らうように駆け上がって来た、新手の樹の魔物ミラーボアを、二人はそれぞれの剣で討ち取った。
こうして立ち話をしている間にも、異物を排除するために白い木により生み落とされた追っ手は、続々とやって来ている。
(果たして──今、アレを起爆して倒しきれるか? この要塞の如き白い大木のスケールと再生能力は侮れない。タイキもそれを分かっているからか、強行策を申して来たんだろう。できれば一撃で確実に沈めたいところだが……こう延々と毒を吐かれては、レイピア一本しか芸のないただの〝冒険者アキト〟のままでは解決はきついか。──仕方がないここは一つ、春風でも吹かしてみるか……)
アキトが自嘲気味に心に呟く。そして考え抜いた末に、彼は怪しげなクラブのカードを一枚、虚空からそっと指に挟み抜き出そうとした。
しかし、その時──。彼の手がぴたりと止まる。何か得体の知れない強烈な魔力を宿した物が、自分の元へと近づいて来ているのに気づいた。
なんと緑に光る怪しげな布が、激しい風に揺られはためきながら飛来してきたのだ。
アキトは後ろ目に振り返り、視界に捉えたそれを、立つ枝の端からレイピアの切先で突き刺し見事に受け止めてみせた。
「……ise会に潜り込む計画を立てていた時から、彼女のギフトには少し目をつけていたが……。まさか呪いにも思えたこの案内の旗に、〝天啓〟をしたためて届けるとはね。ふふふ……いいね。ジブンのギフトも、そういう嘘のつき方は好きだよ。──じゃあ〝これ〟お熱いうちに使わせてもらおうかっ!」
アキトは今確かに受け取った燃え続けるクランの旗を、巨木の幹へと貼り付けた。
アキトがそこに静かに手を添え己の魔力を送り込むと、緑の火はさらに激しく燃え盛った。
やがて、貼られていた一枚の旗は完全に燃え尽き虚しくも風に散った。そして、もくもくと煙を上げた巨木の幹にはたった一字。
──【苺】。そう、炙られた字の筆致で、墨よりも黒く記されていた。
焦げ跡から立ち登り始めた煙は、やがて頭上に濁り浮かび続けていたあの厚い毒霧の層まで届いた。
すると濁っていた毒霧が、何やら怪しげな紫から薄いピンク色へと変わっていった。
「──! この匂い……なんだ? あまい……?」
タイキが怪訝な目で上空の薄らぐ景色を窺っていると、呼吸する己の鼻に、わずかな甘い香りがいつの間にか漂って来ているのに気づいた。
むずむずと嗅覚を犯していた毒霧は無害な香気へと変わる。そして、徐々に明けた薄ぼけた視界の先にもある変化が見受けられた。
蛇の頭にも似た巨木の頂上。絶え間なく毒を吐き出していたその樹木の口は、いまや溢れんばかりに生い茂る蔦葉に塞がれていた。
「蛇に苺、苺と毒。蛇の息する所に苺は実ると言ったところか」
白い木の樹皮に絡みついた緑の蔦葉。ぶら下がる真っ赤な実がまるで、お茶目な蛇の舌を描くようにたくさん実っていた。
「──毒霧攻略完了……♡ さぁ、甘いか苦いか酸っぱいか、最後のお味を確かめに行こうか!」
毒霧は晴れ、視界は良好。ターゲットは頭上で鎌首をもたげる白い樹木蛇。
二人の剣士は、それぞれの樹上から今交差するように飛び立った。
勇ましく頷く青髪の剣士と笑う黒髪の剣士は刹那、再び乾杯でもするようにかち合う鉄音を鳴らした。借りた剣とレイピアの異なる刃が、重ね擦り合わさる。
最後の青い火花が、宙に鮮やかに飛び散った。
決戦の舞台は巨木の頂上。そして決闘する相手は、蛇の頭を模したおどろおどろしい樹木の女王ドライアドの強化種。永き地中の眠りから覚めた、正真正銘の化物の姿であった。
まだ図々しくも樹上に居つくその二匹の虫共とは共存はできない。白き天然要塞の支配者である、寛容な女王の許容をとうに超えていた。
長い木由来の首を自由自在に成長させ動き出した一つ目の樹木蛇は、なおも鬱陶しく寄生するように絡みつく苺の実、蔦葉を腐らせていく。
そして、ちょこまかと女王蛇の巨躯を躱し飛び跳ねる黒髪の剣士を、そのミラー光を宿した美しき瞳で凝視した。
すると女王蛇の体から殺到し伸びた枝が、急成長しながらまるで追尾するミサイルのような軌道を描き、見つめる小虫へと向かっていった。
例え一騎当千の腕前を持つ剣士であれ、その執拗に追って来る無数の枝葉を凌ぐ事は困難。ついに黒髪の剣士は躱しきれずに、丸々と絡まる枝の中へともみくちゃにされ捕まってしまった。
だが、複雑に絡み合った解けぬ枝の檻の中には既に奴はいなかった。
中で圧されもみくちゃにされていたのは、手応えのない、発する魔力の波長だけが似ていた、ただの一枚のトランプだった。
奇妙な脱出マジックのお披露目に、女王が釘付けになっている中。その頭上、長い首の上をいつの間にか取っていたのは黒髪の剣士。なんと彼であった。
本物の魔力を宿した偽りの脱出カードマジックで、魔物を誑かすことに成功した。アキトは即座にレイピアを女王蛇の頭へと突き立てた。
「やらせてくれと言われたからね。やはりジブンは、主人公気質ではない。コツコツと育ったその雷剣、見定めさせてもらうよ」
一層硬い樹皮の間へと勢いよく突き刺した針の如き鋭き刃に、女王は首をもたげてもがいた。
生きた蛇のように牙を剥いたドライアドの女王と、樹上上空で激しい決闘が繰り広げられる中──。
地を這って斧を振るっていたその男の闘志にも、知らず火がついたのか。アジバが持て余していた愛斧を差し出し、赤髪の魔術師に向かい何かを叫んでいた。
「リリスっ! こいつに火だ」
「はぁ斧に火? なにかんがえて!? って今なんて呼ん──」
「その方が高く飛ぶんだよ! 俺の場合は! いいから、してくれっ!」
「わ、わかったけど!?(フルネーム呼びを忘れるぐらいっ!?)」
リリスは困惑しながらも、杖に溜め込んでいた火の魔力を差し出されたその斧の両刃へと移した。
しかしあれだけ他人様に吠えていたアジバは中々動き出さない。やがて斧の柄まで及び伝った火を握りしめ、そのまま微動だにせず立ち続け耐えていた。
まるで自分の体をわざと炙りいたぶるような男の所業を前に、そんな行動を取るとは知らず火を付けてしまったリリスが、ぎょっとした表情で絶句し見つめていると──。
やがて、歯を食いしばっていた男は、握り続けていた炎斧を睨む天へと向かい放り投げた。
⬜︎
アジバのギフト【火事場の力】
己の身が窮地へと追い込まれれば追い込まれるほどに、彼は本来持つ肉体のリミッターを超えた底力を発揮することができる。
ただし肉体への負荷を軽減することはできない。
彼がまだ今のように穏やかなギルド職員ではなく、地元の荒くれ者のソロの冒険者として恐れられていた時代。
このギフトの酷使の末に、続けていた冒険者業にドクターストップがかかったという。
そんな、身を滅ぼすしか術のない使い勝手の悪いギフトであった。
⬜︎
「さぁて、アジバ職員からもお祝いのギフトだ。やってみやがれルーキー!」
「ちょっとそんな燃えてるもの、いきなり投げ渡してどうすんのよ!? てか手ェ!?」
「それは知らねェっ……ただ、俺もさっきのフミ・ソメイ氏の無茶を真似したくなっちまったんだ。ま、まぁッどうにかなるだろっ! ははっ! どうにかして貰わないと……困る! 非常に!」
この規模の戦いの結末など一職員、一冒険者は知らない。アジバは敬礼の仕草で、高く高く舞った燃えるギフトの行末を見守る。
咆哮と共に放たれた大斧は空を裂くように、回転を続ける炎の車輪となって、白い巨木のテッペンを目指してただひたすらに突き進んだ。
(この剣がもつのか。どれくらい高める。いや全力じゃないと……!)
枝の上で飛来した二匹の虫魔物の相手をし剣を払いながら、タイキは魔力を高めていく。
しかし、このソードペッカーの巣から拝借したという、突つき叩かれたような跡が残る名も知らぬ剣が、一体どこまで保つかは未知数。
それでもタイキは手を緩めかねていた。加減を試みるような中途半端な一撃では、倒すべきターゲットの全てまでを倒せる保証がないのだ。
魔力を孕んだ刃が小刻みに揺れてブレる、耐久と握り心地に不安が残る。だが文句は言えない。既に幾本もの剣を折った自分の未熟さの方が、愚かだからだ。
「アキトさんは今まであのレイピア一本で……俺もっ……!」
ぐっと握りしめた一振りの粗悪な剣、それは単なる道化師の悪戯か。それとも剣士として目指すべき背姿や幻影が見えたか。
全ての不安要素を押し込むように飲み込んだタイキが、最後の覚悟を胸にしたその時──とても五月蝿く、風を切る音をキャッチした。
「──! これは……アジバさんの……! おまけにリリスまでっ!」
くるくると回り燃え続ける車輪のようなものが、タイキのいる枝の上へと向かって来ていた。
回転するその見覚えのある斧を、回転するままに受け取ったタイキは、すぐさま斧を払い二匹の虫魔物を追い払った。
「よしっ、これならっ!」
思考を切り替えたタイキは、難しく顰めていた顔をやめ、迷いなく剣の方を投げ捨てた。
すると投じられた剣は宙で破損しながらけたたましい雷光を発する。しつこく飛んで来ていた二匹の毒クワガタと骸骨カブトの虫魔物、女王の側近たちを、同時に荒々しく咲いた雷撃で撃ち落とし倒した。
機転を利かせて障害となっていた二匹のモンスターを排除したタイキは、頭上で装備した大斧を堂々と旋回させた。
旋風のように荒ぶる火はいつしか青い雷電へと変わり、踏み締める枝の上に力強い焦げた足跡を刻んだ。
今、溜めに溜めた闘志と魔力を宿し飛翔したのは、青い剣士。武骨な雷刃の斧を携えた一人の冒険者。
向かう標的はただ一つ、一つ目の白い樹木蛇の女王へと。堂々と今討つべき巨大な敵の目の前に、そして一足先に高みで待っていた〝彼〟と同じ高さまで、青い剣士は一気に辿り着いてみせた。
殺気を帯びた人間と魔物の視線が睨み合う、そしてギラつく二人の赤と黒の双眸が絡み合う。
「やりますっ!!!」
「フフ、やるがいいさっ! ──BBBのタイキ・フジ!」
──確信。その魔力、その勇猛、その瞳、その雷斧。大きくなって現れた青髪のルーキーの姿に、全てを確信する。
道化師は歴史ある騎士団のその銀のレイピアを惜しみなく手放し、蛇の上から飛び退いた。
「【爆雷斬】!!!」
両腕と振りかぶった大斧を叩きつける。小細工なしのありったけが、一つ目の蛇の頭をもいだ。
そして──
「──【切電】!!!」
同時に仕込みが作動した。コツコツと白い樹木を攻略してきた二人の剣士の印、脆い樹皮を抉り刻んだその仕込み刃が、青々と染まっていく。
幹を枝葉を駆け巡り、繋がり膨れ上がった膨大な雷電の魔力は、もはや極大。
タイキの叫ぶ【切電】の合図と共に、逃げ場を失くし一気に内部から爆ぜた。
勇猛果敢に叩きつけ、大爆発を引き起こした雷斧。そしてその後にまた大きく轟き咲いたのは、太く幾重にも円を描き育ったその大木の年輪までをも斬り裂いた──凄まじい雷の魔力だった。
青白い雷光がモヤついた森中を、そして汚れた地表までを煌々と青く照らし出した。
この衝撃の光景を作り出した、彼の名はタイキ・フジ。ise会シロツメ支部の売り出し中の冒険者。その実力を疑う者はもはや誰もいない。皆が見上げ、勇猛そして爽快なる彼の姿へと震える拳を掲げた。
白い巨木を焼き裂いた──雷鳴響き渡る青き鮮烈なるイチゲキに、揺さぶられた心臓がまだその鼓動を続けている。
「さぁっ、世代交代の時間だ。ふふふふふ」
不測の事態を皆で乗り越え打ち破る。それは彼にとっても満点の満足の結果。これ以上はない。
トランプメン、四島彰人は拍手を与えない。思わず拳を硬く握りしめ、痛快に一度だけ、逞しき雷と共に降りる剣士の影に向け、汗ばんだその指を鳴らした。




