第7話 作戦はコツコツ
白い巨木の枝が不気味に揺れる。『カラカラカラ……』と、風にざわめく草葉では出せない奇妙な軽い音が響き合う。
地中から目覚め現れたその巨木の枝に果実のごとくぶら下がっていたのは、なんと、おどろおどろしい髑髏や魔物の骨だった。それらが今妖しい魔力を漂わせ、次々と地へと落ちた。
地に達すると同時にそれぞれの髑髏や骨は根を張り、絡ませ、束ねそれを自身の体とし蘇った。
まるで生前の肉体の設計図を復元するように立ち、殺意に満ちた樹の戦士へと変貌を遂げていた。
「はぁっ! ──このままじゃ間違いなくジリ貧コースだぞ! 何か策があるかお聞きしたい!」
アジバが迫りくる樹の戦士を、斧でその髑髏の脳天をかち割り倒した。しかし一体一体を倒しても、あの白く聳え立つ樹上からは次の奇妙な種が降り注いでいる。
ジリ貧だと悟ったアジバ職員は、白いターゲットを除去するための妙案を皆に声を張り上げ問うた。
「……うむ。こう大きいと私の筆とギフトを持ってしても直接枯らすなんてことは難しいぞ。さっきのように再びリリスに頼むことになりそうだ、アジバ殿」
自身のギフトと筆力ではあの白い巨木をドライアドの時のように枯らしてみせることは難しい。ソメイが冷静にそう推測し打ち明ける。そして、魔術師のリリスにまた託す作戦を取るのはどうかと提案する。
しかし、リリスが苦渋に満ちた表情で首を振った。
「ちょ、ちょっと待って!? そりゃ頭の熱がもう少しクールダウンすればできはするけどっ……! さっきみたいな規模の魔法は、もうあと一発が限界ってところなんだけど……!」
リリスは魔法を集中し行使する度にその熱量が頭に蓄積していた。魔力量的にあと一発は火球の魔法を使用することは可能だが、可能なだけであり、インターバルを置かないと彼女の熱のこもった頭が爆発しかねない。
「一発あれば十分と言いたいところだが……! 甘めに査定しても……厳しそうだ!」
アジバが苦い顔で目先の白い巨木を見据える。あのスケールをこの斧で切り倒すことも、火球で焼き尽くすこともあまり現実的ではないと悟る。
「待って待って! というか戦うんじゃなくて、出口を探せばいいじゃない! もしかするとそっちの方がまだ──」
「いや……おそらく、さっきのドライアドたちとの戯れ前に言っていたアキト氏の予想が正解だろう。出口のドアは、大方アレに食べられちまったのさ」
アジバが今重い斧を向け示したのは、やはり聳え立つ白い巨木。ミラールームの出口そのものがこの大木の内に取り込まれている。そう考えるのが妥当であると、過去のアキトの言葉を反芻しアジバも判断した。
「はぁ!? 嘘でしょ……?」
根拠はベテラン冒険者とギルド職員の勘とでも言うのか。アジバの言葉を受けてもなお、これが八方塞がりの状況であるなど、リリスはまだ信じられない。
それでもあると信じ仮定した出口のドアを探しつつ逃げるプランと、あの巨木のモンスターをどうにか倒すプラン、果たしてどちらが正解か。魔力とギフト、残りの体力とよく相談しなければならない。一人の一つの選択ミスが死を招くことになる、そのミスは皆に降りかかるかもしれない。
「お困りかい? ならジブンが提案しよう。作戦は──〝コツコツ〟だ」
暗雲を漂わせ不安を募らせたそんな冒険者たちの声を遮り、アキトが静かに発したのは、なんとも悠長な言葉であった。
「「「……コツコツ?」」」
リリス、アジバ、ソメイの声が重なる。だが、ただ一人、青髪の少年だけはその言葉の真意を知っていたかのように、強く頷いてみせた。
「──っ!」
アキトとタイキ。二人の剣士の視線が交差し、確かめ合うように頷き合う。
「どうやら、何か良い策があるようだな? ははっ」
そんな二人の男の背姿を眺めていたアジバが、「ふっ」と口角を上げた。そして万全とは言えないタイキの元へ急ぎ駆け寄った。
「おい、そこの青いルーキー。その手荷物をこっちによこせ。重いだろっ──と! はははっ」
「助かりますアジバさん!」
「当然当然、いいってことよ! 今は悠長に記録をつけている場合じゃないからなっ!」
タイキは抱えていた救助した冒険者をアジバに託した。
おかげで肩の荷が幾分か軽くなった。まだ振り向いていた様子のタイキへと、ソメイが武器の筆槍を構え直して声をかける。
「うむっ! 後ろのことは気にするなタイキ。まだまだこの筆槍、折れても乾いてもいないぞ! 墨と命を尽くして私が最後まで死守しようっ!」
「はいっ! 頼りにしてますっ! 任せましたソメイちゃんさん!」
「……タイキ! あんまりアイツにばかり釣られて、突っ込みすぎちゃダメなんだからね! あと、私もちゃんと援護するからっ! 一人で倒そうと思わないことっ! いいっ?」
リリスの叫ぶような激励と忠告に、タイキは噛み締めるように剣を握りしめ頷いた。
「あぁっ、分かってるリリス! ありがとうっ!」
マントを勇ましく翻したタイキは、後ろの三人に背を向け前へと歩き出した。
前方に立ち塞がるは、まだ傷一つない白き巨木と、その樹上から滴り落ち補充されていく無数の樹の戦士たち。
微笑のマスクを崩さず待っていたアキトが、抜き出したレイピアをおもむろに、今、隣に並んだ青髪の剣士へと向けた。
「先ずは乾杯……そしてっ、コツコツといこうじゃないか! フフッ、骨だけにっ!」
青い剣士の刃が、黒帽の剣士の向けていた刃と今、交差するように重ね合わさった。
意味深に──ビリビリと流れ伝う青い魔力を、存分に共有し合った二人の剣士は、同時に前へと爆ぜるように駆けた。
作戦は「コツコツ」。だが、スピードは緩めない。
白く聳え立つ魔物の塔へと、同じ雷剣を手にしたアキトとタイキが臆せず挑んだ。
威容を放ち地に聳える白い巨木。その太い幹や枝を登りゆくように、小さな青い火花がパっと咲いては消えていく。
「【荷電斬り】っっ!」
「フッフ、【カデン斬り】」
二人の剣士が同じような雷電を帯びた剣で、幹や枝のあちこちに次々と傷をつけていく。
しかし防衛反応か、斬ったそばから異臭を漂わせる樹液が硬い樹皮の外へと漏れ出てきた。
「樹液にも気をつけろ、漆の木と同じでお肌がかぶれるよ」
「はいっ! ──っと!?」
タイキがアキトの忠告に耳を傾けていたところ、突然真上から蜂の魔物が襲って来た。
鋭い針がタイキの背のマントを貫く。だがタイキは上手く幹に突き刺した剣を支点にし、ぐるりと身を回しその針を回避した。
さらに回転したまま剣を斬りつけ、五月蝿く鳴っていた蜂の羽を裂いた。上手く反応し一匹なんとか打ち落としたものの、蜂の大群が上から向かって来ているのが分かった。
どうやらこの白い巨木の上層にある大きな蜂の巣から、それらの蜂の編隊はスクランブル発進して来たたようだ。
当然木をぴょんぴょんとよじ登る二人の剣士、その異物外敵を排除するためだろう。
迫り来る蜂の編隊。「登っている最中に襲われたら大変だ」そう思ったタイキが、今しっかりとした枝の上に乗り上げ、それらを迎え撃とうと見上げ剣を構え直していると──。
突然ふわり、風に乗った八つの謎の紙が集中するタイキの視界を横切った。すると、それらの紙はなんとそれぞれ蜂の編隊を追尾するように舞い、タイキに向かっていた蜂たちを一匹残らず包み込んだ。
【鉢】──そう漢字で書かれた半紙が、今ひとりでに折りたたまれ、蜂を閉じ込める器と化す。
不思議にもしたためられた字の意の通りに鉢のような形に折られ、宙に五月蝿く鳴っていた羽音を蓋をするように消し去った。鋭いお腹の針を突き立てていた獰猛な蜂たちが、それぞれたった一枚の紙に包まれて無力にも飛行能力を封じられ落ちていく。
「そんな芸当ができるのは、おそらく」──タイキが握る剣を緩ませ、目先の珍妙な光景に面を食らっていると、さらに。
突如上空へと飛来した大きな火球が、幹に建築されていた大きな大きな蜂の巣へと衝突した。
幹を震わせるほどに奏でられた凄まじい衝突音。そして焼け落ちる巣の残骸と、発進できずに蒸し焼きにされた虫の魔物たち。
そう、予定と宣言通りに白い巨大ターゲットへと向かった彼のことを援護したのは──。
「……リリスっ! それにソメイちゃんさんかっ!」
「彼らも伊達に冒険者ではないね。──タイキ、新品の剣だ受け取れっ。下拵えは順調……このまま駆け登っていくよ。ついて来れるかい?」
「はいっ! 絶対に途中で落ちたり、もう遅れたりしません!」
「フフッ……いいともっ!」
タイキは消耗しひびの入っていた剣を、唸る青い魔力と共に足場にしていた枝へと豪快に突き刺した。
そして今アキトから投げられた一振りの剣をキャッチし、華麗な足取りで先を登る黒帽の剣士へと強く頷いてみせた。
突如、幹を削った巣穴から飛び出し強襲を仕掛けて来たのは、大きな啄木鳥の魔物【ソードペッカー】。巣に気に入った硬いものを貯め込み、自身の嘴を鍛える習性を持つこの魔物は、今見つけた──その格式高そうに見える一本の銀色のレイピアに狙いを付けたようだ。
剣の如く鋭き大型鳥類の嘴が、黒帽の剣士の繰り出すレイピアと突つき合い、互いに火花を散らしていた。
樹上、一本橋のような枝の上で繰り広げられた攻防はやがて、啄木鳥の魔物が頭を前後に振る怒涛の高速突きで、剣士を幹の壁まで追い込んだ。
追い詰めて、追い詰めて、突き合って、樹上でステップを踏みそしてまた一合、危うい剣と嘴がかち合うと──。
硬くしなる銀の剣だけではない。おかしな感触とぬくもりが、その魔物が鍛えるように打つ嘴の先へと返ってきた。
なんと嘴の先に深く刺さっていたのは、一粒の謎の黒い木の実だった。
「【ジバカナッツ】……ほかの植生が焼け焦げ死に絶える火の海の中でも、にょきにょきと灰と土を栄養にし育つジバカツリーの実。嘘か真か、異世界には種子を遠くへ飛ばすために爆発する厄介な実もあるのだよ。ご注意を、──喉元もね」
牙のように尖った独特の形状の黒い実。そんな絵柄の書かれた一枚のカードを片手に、冒険者に言い聞かせるように説く剣士。
すると説明を終えると同時に、時間差で嘴の先の実が爆発した。突然の爆発に思わず天を見上げ仰け反ったその大きな鳥の細い喉元を、瞬く間に走った銀閃が一突き。魔物の核であるミラーを穿ち、目の前のソードペッカーは光へと還り失せた。
「知識自慢も悪くない。仕入れルートは秘密だがね」
カードからおもむろに取り出した黒い牙状の実。アキトが手の上で宙へと放り投げると、それは白く丸い実に変わっていた。
彼のギフトは、カード、マジックそれとも奇跡の類か。それを知るのは彼本人であり、謎多き彼の魅せるギフトは、他者から読み解くのが困難なほどに嘘と真が混沌と満ちていた。
「だりゃっ!!」
その時、ちょうどソードペッカーを一羽始末したアキトが振り向いた別の枝の方から、気合いのこもった雄叫びが届いた。
この距離でも耳をつんざく威勢の良い雷鳴と、若い青髪の剣士の勇猛な声が響く。
白い巨木を丁寧に刻んでいた剣技とはまた違うその爆ぜるような雷剣で、青い剣士タイキは、相手取っていたソードペッカーをついに立っていた枝の橋ごと焼き落とした。
(あの時、一度だけ剣を交えた。その一度で彼に教えた技は一つだけ。魔力と爆発力をあえて抑えた礼儀正しく大人しい剣技、それのみ。……しかし、もっと派手な方が、やはり彼には似合うようだね)
B級の魔物ソードペッカーをさも当たり前のように討ち取る。そんなタイキの姿を見ていたアキトは、離れた彼に呼びかける。
「──そこの他人の巣にあったものだ。気にせず使うといい」
「はぁはぁ……ッ、はいっ! ありがとうございますっ!」
また一つ技を放ったタイキの振るった剣が壊れるも、アキトはソードペッカーの巣の中からかっぱらってきた適当な剣を、タイキへとまた投げ渡した。
「さぁ、頂上はもうすぐ、そろそろ仕上げといこうか!」
目指すはさらなる高み──蛇頭のような形をした白い巨木の頂上へ。二人の剣士は、握る剣に共有する青い魔力を灯し、最後の仕上げへと取り掛かった。




