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第56話 ババオラム

「へぇー遊んでいるわけじゃなくて、私の魔力にある弱点を探っているのね」

「ふふっ、この子すごく賢いのですね」

「ええ、ケットシーは私自身の意思や命令だけでは完結していません。ギフトの示現とはどうやら、それぞれに異なる性格と性質があるようです」


 ミタライが示現させた緑の猫ケットシー。リリスとガーネットが並び、その猫が赤い火の玉を何度も前足の肉球で撫でる様を感心しつつ観察していると──。


 なんと、あろうことか緑の猫がちょっかいを出していた赤い火の玉の中に、すっぽりと入ってしまった。


「「「あ?」」」


 女子三人は思わず声をそろえて驚いてしまう。赤い火玉の中から緑の尻尾だけがユラユラと揺れている。


 リリスは恐る恐る持っていた古杖をそっとその尻尾に近づけた。すると猫は杖の先端に尻尾を巻きつけ、リリスが杖を引き上げると、また火玉の中からぽすんと音を立て緑の猫の全身が現れた。


「な、なな、なにこれ……?」

「いたずらっ子なのでしょうか?」

「んー……日向ぼっこかと」


「「日向ぼっこ……あ」」


 するとケットシーは三人が話し合っている間にも、また火玉の中へと自ら飛び込んでいった。赤い火玉からはみ出た緑の尻尾が一本。日向ぼっこと言うにはあまりにも斬新かつ珍妙な光景であった。


 いつまでも揺らめく尻尾を見つめながら、ミタライは顎に手を当てながら真剣に考える。支部長の彼女の目には示現した己のギフトが、リリスの火玉に宿る魔力に馴染んだようにも見えたのだった。




 そしてかれこれ時刻は、世間話も賑わい始めた午後の2時55分。謎の島を出航し大海原を漂う宝船に、待望のティータイムがやってきた。


 団員たち各々に合わせて勝手に厳選したティーカップへとアキトが優雅に注ぐ芳しい紅茶の匂い。この役だけは優れた料理人相手にも譲れないらしい。

 そして、ただいま船内から現れた黒服のコックが運ぶ三段のケーキスタンドが、デッキの上へと食欲をそそる甘くフルーティーな匂いを漂わせる。


 団員たちが淹れたての紅茶とできたてのケーキの匂いに誘われて、航海を続ける船上に築かれた簡易テーブルの元へと集まってきた。


「むっ、ワタァシにもか?」


 がやがやと騒ぎくつろぎ始めたシロツメ支部の八人のことを睨みつけていると──。そんな椅子にロープで縛り付けられた銀髪の密航者の元にも、ケーキの取り分けられた皿と紅茶のセットが運ばれてきた。


「誰だって生きてりゃ腹はすきやがる。コックは客を選ぶが、料理は客を選ばねぇ。それだけだ。てめぇの好き嫌いまでは面倒見れねぇがな」


 飴色髪のコックは自身の矜持を語るようにそう言った。たとえ悪人、密航者、ムカつく奴であっても腹は空くもの。コックの語る言葉にはどこか、今その場で考えた言葉ではない重みがあるようにコットン・シルバーの耳には聞こえたようだ。


 料理を提供するに至ったコックの理由に納得したコットンは、せっかくなので出されたケーキをいただくことにした。


 綿の身の前では意味をなさないロープから両腕をすっぽりと抜け出し、添えられていたフォークとナイフを使いながらそれを口に運んだ。


「ぬぅ……なぁるほど。……うまっ! このバァーバオぉおラム! 手荒いくせになかなかのものじゃないか!」


「ババオラムだ。誰が手荒いってんだよ」


 コットンが思わず褒めたケーキの名は、ババオラム。酒とオレンジのシロップがパンに染みた少し大人のデザートだ。


 「手荒い」は余計だ。妙な癖をつけて喋る銀髪の変人男の言葉を訂正しながら、ペコロは淡々とそう返した。しかし、同時にふと、その「ババオラム」という言葉に引っかかりを覚えた。


「──あっ、てめぇ? 何故知ってやがる? こいつは俺が放浪中、その地の宮廷料理人から教わったスイーツだ。まだそんなに世に浸透しちゃいねぇ。なんでてめぇみたいな薄汚いワタガシ野郎が知っている?」


 ババオラムと言えば宮廷で提供するような格式高いデザート。とても目の前の銀色の鼠風情が、知っているような代物とは思えない。街のそこかしこで作られているような食べ物ではないのだ。これはむしろガーネットお嬢様を歓迎するために、ペコロが特別に作ったデザートであった。


 ナイフとフォークの持ち方まで細々と覗き、ペコロはコットンへと怪訝な目を向けた。


「ぎぃーーく!? そ、それは、コットン・シルバーお兄様だからさ!」


 両手を広げ舌を出しておどけてみせる銀髪の男がいる。それはとても気品のある男の姿には見えない。ダメな男のニオイしかしなかった。


「あぁ? 何ふざけたこと言ってやがるてめぇ……」


 ただの変人か、訳ありか。謎の多い男コットン・シルバーはどうやらお酒の匂いのする大人のデザート、ババオラムが好物らしい。

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