第54話 大逆転劇
船内、調理部屋。誰もいないはずのその場に、わざとらしい拍手の音が響いた。
「ブラボーおおアモーレっマンマミーアッ! なんたるビッグジャンプ、マンマミーア! 拍手拍手の大喝采!」
芝居がかった空々しい拍手する銀髪の男が一人。どうやら全身ずぶ濡れのその痩せた男は、船内の丸い窓から見ていた車椅子の娘の大跳躍を目にしていたようだ。
「だがしかぁしィ、この船に乗ったのがウーんの尽き! テメェらのサーカスタイムは終了だ。さぁ待たせたなお友達ども、ここからはこのコットン・シルバーお兄様の大逆転劇をお楽しみくださァ〜い!!」
叫んだ銀髪の男は逆手に握った針をまな板に、トンと突き刺した。
スーパーコットン団のコットン・シルバーお兄様は超絶無敵の不滅。しぶとくも宝船へと忍び込んだ銀髪の狂人は、逆転の青写真を描きながら企むその舌を舐めずった。
しかしコットンがいつもの高笑いをしようとしたその時、こちらへと近づく足音が聞こえてきた。
するとコットンは慌てた様子でまな板から針を抜き、せっせと何かを縫い始めた。
やがて、木のドアが開く軋む音が鳴る。探していた調理部屋へと辿り着いた料理人のペコロは、さっそく気持ちを切り替えて食材を探すことにした。
だが、鼻歌混じりに食材を探していた途中、厨房の片隅に謎の大きな熊のぬいぐるみが一つあることに気づいた。脈絡のないツギハギの熊と遭遇したコックは、怪訝な表情でそれを見つめた。
「さぁて玉ねぎ玉ねぎ、オニオニおに、おっ? ……なんだこのぬいぐるみ? 薄笑いの趣味か?」
ペコロはますます眉間に皺を寄せ、熊のぬいぐるみに縫い付けられた赤と緑の可愛らしいボタンの目を見つめた──。
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船の見張り台から一本のロープは垂らされた。そしてロープに何重にも縛られた銀髪の男が、今、甲板の上で高々と逆さに吊るされて揺れている。
「って、な、なんでこれがいるわけ……?」
「どさくさに紛れ船内に忍び込んでいたのでしょう」
「密航者……ですか?」
「どうもそういうことらしいですね? あ、ガーネットさんは心配せずとも大丈夫ですよっ! 自分も新参者ですが、皆さん優しいので、ふふっ」
「それは、ありがとうミソラ……」
「あはは、やぁまた会ったねワタアメくん。キミってとってもしぶといんだね、あははは」
捕らえられた逆さの密航者のことをシロツメ支部の皆が見上げながら、好き勝手なことを宣っている。
「チクショー縄をときやがれ! 誰がワタアメくんかっ、コットンお兄様だぞ! チィッ……そうだそうだ! ごっ、午後のスペシャルティータイムの方はどうしたんだお友達の三枚目ぇ!? そこのクールな黒髪のお兄さん!! ワタァシのお友達!!」
身を捩り必死の抵抗を続けていた密航者コットンであったが、急に態度をころりと変えた。そして眼下にいた黒髪の男に対して、目を見開いたうるさい笑顔をつくり、あたかも友達であるかのようなアピールを開始した。
「僕? あいにく銀髪の友達は存じあげませんが?」
「え、じゃあ? あんたっ、お友達なのアレと?」
美楚羅は困ったように首を振り、リリスが残った黒髪の団員であるアキトへと怪訝な顔で尋ねた。
「オ・ト・モ・ダ・チ? うーん、はて? そう言われればそんな気も? でもでもまだ友達と言うよりは、うーん……あ、ごめん。ジブン他に好きな人がいるから。ペットから始めるならいいよ?」
アキトは悩み考え込む素振りをするも、そうあっさりとデタラメな理由をつけ彼と友達であることを否定した。その代わりにペットからのお付き合いの良心的なプランを、微笑を添えて提案してみせた。
「ぺ、ペットォオ!? ってフザァァけるな! 誰がいつキサァマに乙女チックに告白などしたぁ! 貴様を再三苦しめたこの大敵コットン・シルバーお兄様のことを忘れたなどとは言わせないぞ! 分かったならさっさと一旦この縄んとくんだっ! そうだそうだッどのみちワレェらの行き先は同じっ、即ち利ガァーいは同じっ、このお兄様と一度大人の交渉をしっ──」
その時──ジュッと肌と綿を焼く音が鳴る。銀色に輝く鋭い何かが、綿の詰まった耳たぶを恐ろしく速く掠めた。
「黙れワタガシ野郎。今度くだらねぇことばかり喋りやがったら、コイツをもう一本ぶち込むぞ!」
見張り台から見下ろし監視するペコロの指の間には、火を灯した熱々の鉄串が数本。
神聖な調理部屋を綿埃で荒らされて穏やかでないコックのご機嫌と面相に、ロープに吊るされたままのコットンは冷や汗を垂らした。
ここはise会シロツメ支部の支配する宝船の甲板上。大逆転劇もお友達作戦も失敗した密航者コットン・シルバーの運命や如何に────。




