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第52話 その手を伸ばせば

 魔力を推進剤にし射出された赤い宝石の弾丸が、青い目を凝らして狙った魔術師の威厳あるとんがり帽子を撃ち抜いた。

 すると車椅子の令嬢からのその精密な援護射撃に恐れをなしたのか、魔術師は慌て撤退を開始した。

 そして、これを好機と見た鉄兜と甲冑を身に纏ったナイトは、得意とするカイトシールドを構えて放つシールドバッシュで、寄りかかる剣士の男を体当たりし弾き飛ばした。


「ひゅー、やるじゃねぇかお嬢様。趣味はクレー射撃か?」


 神技中、森の中で遭遇した二対二の状況。剣士を気絶させ魔術師を撤退させたのは、車椅子の令嬢と鉄兜のナイトの異色のコンビだった。


 ナイトが口癖のように口笛を鳴らし、援護射撃をしてくれたガーネットのことを軽口で褒め称えた。


「ええ。ありがとうナイト、あなたも見事なものだったわ。……クレぇ……シャゲキ?」


「いいってことよ、お困りの姫君を見事に守るのが古参ナイトの仕事だからな。……まぁ元いたクランの連中とは、途中からはぐれちまったんだけどな」


 一見タイプの全く違うように見えるこの二人は、元はといえば森の中で迷っていた者同士。

 ガーネットとナイトと名乗る男は、互いに、いつなんどき襲いかかって来るか分からない血気盛んな敵連中を退けるという条件で一時の同盟を組んでいた。


「それによ、その赤い宝石の如きあんたに相応しいギフトの披露した威力とコントロールは、一朝一夕のものとはいかないのが分かるぜぇ? 戦力的にも見栄え的にもこっちは大助かりだ。それでどこを目指してんだ? あんたとなら気もギフトも合う、このままちょっくら同盟の続きといこうぜ!」


 前衛役のナイトはその美しいギフトと戦い方に惚れ込み、まだまだガーネットと一時の同盟の契約を延長し組んでいたいようだ。

 鉄の剣を一旦鞘へと収め、このままどこへ向かうのかを彼女に尋ねた。


「分かりません……ですが、ギフトが依然よりも強くなった今の私にはなんとなく分かるんです。もしかすると、この先に……」


 ガーネットは両手に乗せた三枚の花札を見つめ、不確かながらもそう呟いた。そして、魔力が指し示すように伸びる方向へと、顔を上げその青い瞳を向けた。


「そうかいっ! なら行ってみようぜ! 古参ナイト的にもあんたの勘は当たっている気がするぜぇ?」


 どこか覚悟の決まったようにも見えた青い瞳の横顔を覗いていたナイトは、両手を大きく広げながらそう朗らかに言った。


「……ええっ!」


 背中を押すナイトの言葉にガーネットは深く頷いた。


 握手を交わし二人の同盟は継続。

 ガーネットはなるべく急ぐ気持ちを抑え車椅子を慎重に走らせ、その横をナイトが古参らしく索敵と警戒をしつつ並走する。何が潜むか分からない迷いの森の中を共に突き進んで行った。









 ガーネットとナイトの二人が森に散りばめられていた微かに魔力の宿る花札を回収しながら進んでいくと、途中、それよりも遠くで大きな火の玉が天に向かい打ち上がり爆ぜる音が聞こえた。


「ひゅー、なんの花火大会かと思えばこりゃ大惨事だ……。クラン同士の合戦かよ!? って船が出やがるな。チクショー、今出たあれが次のステージへの切符ってことか。一歩遅かったのか助かったのか、分かりゃしねぇけどもな……」


 物々しく火の玉の上がった方へと二人は向かった。そして、鬱蒼を抜けた先の開けた地、視界に見えてきたそこには、既にクラン同士が怒声と屍を重ねて争い合う熾烈な光景が広がっていた。


 思わず足を止めたナイトは、川に浮かんでいた一隻の中型船が今マジックポールを始動させ動き始めたことを見て取れた。同時に今、満杯まで溜まった川の水を押しのけて前へと進み出たそれが、次のステージへと続く乗り物の一つだと悟った。


 力なく地に倒れ、力及ばず水に落ち溺れる戦士たちの有様を見れば、一歩遅いとも言い切れない。


 目的の船がもう手の届かない所まで出ると分かると、古参ナイトの考える予想通り今度は地に置いていかれた者同士の宝の奪い合いが始まった。一時の同盟など、共通の目的を一度見失えばあえなく崩れるものであった。もう船を皆でわちゃわちゃと攻め奪取するというフェイズは終了しているのだ。ここにある宝を回収、ついでに疲弊した敵対クランを殲滅し、次の船を見つけ出すのが賢い作戦だった。


「アレは……」


「──ン? 一クランだけ目立ってえらく切り替えが早いな? もしかして船を襲うふりをして途中から内と外で連携していたのか? ひゅー、渋いじゃねぇか古参ナイト的にも認めざる……おい! そっちは危ないぞ! もう間に合わ──ってはええな!」


 ナイトがそう深読みし感心していると、彼が顎に手を当て観戦していた視界の中へと、金髪と一台の車椅子が割り込み映り込んできた。


 突如、前へと急ぎ出したガーネットのことをナイトは必死で警告し呼び止めようとしたが、裏腹に車椅子はスピードを上げていった。ナイトが小走りに手を伸ばしてもとても追いつかないスピードで、ガーネットの乗る車椅子は前方にひしめく戦模様を横切ろうと突き進む。


 もしかして今出たあの船を彼女は目指しているのか、いや間に合いはしない。だがこのスピードなら、いやそれでもあの川を渡る為の装置がチューンナップされたその車椅子に内蔵されてあるとは思わない。


 勝手に戦場へと飛び出した金髪の姫君を仕方なく追いかけるナイト。だが、冷や汗を垂らし走る彼の視界には今、思いがけないものが、まるであつらえたように築き上げられていくのが見えた。


「お嬢様っ!」


「ハリエ!?」


 車椅子を前へと走らせたガーネットは、今前方から放たれたその声を忘れはしない。そこに見えたのはなんと、土汚れのメイド服を身に纏った従者ハリエの姿だった。


「【アイススロープ】! 行くところまで行ってください! その速さで!」


 水辺にいたハリエは、手にしていた魔法の箒をはき氷属性のギフトを発動した。そして川の水を凍らせて長くて少し急なスロープを築き上げたのだった。


 魔力を限界まで消耗し箒を折ったハリエはお嬢様の方を見つめたまま、そう大声で告げた。


 ここにとどまれば、いつまたあの狡猾な傭兵ソウアに襲われるか分からない。それならば従者として、ログハウスで会ったあの冒険者たちのいる船への道を作り上げることをハリエは選んだのだった。


 そんなハリエの力強い一声を聞いたガーネットは、迷わず手すりへと手をかける。一筋でも走れる道がそこに見えたのなら、ガーネットは感謝しつつも躊躇わない。よりスピードを上げるための魔力を流し込もうとした。


 しかしそんな筒抜けのメイドとお嬢様二人の作戦に、意地悪にも前方に立ちはだかった大男の冒険者が一人。車椅子の進行するスロープまでの道を塞ぎ、ニヤリと歯を剥き出しに笑い、手にした刺々しい棍棒を野球のバットのように構えた。


「ひゅー、最高のギフトじゃねぇか。なら思いっきり行ってこいや! 試す価値あるぜ、落っこちたら回収してやるぅー」


 ナイトは魔改造した盾から内蔵していた二本のワイヤーを射出し、それを大男の図体へと絡ませてきつい電撃を流し込んだ。空気の読めない邪魔な駒を、生き残る為に隠していた秘蔵のびっくりギミックを用いて感電させ無力化した。


 後ろからせっせと追いかけて来ていたナイトが、まだ同盟契約の残るガーネットのことを最後まできっちりと護送していく。


「ナイト……ええっ!」


 ナイトとハリエの見せた献身に、ガーネットは力強く頷いた。









 クランひしめく激しい戦闘の最中、ついに宝船は搭載するそのマジックポールに充足な魔力を宿し動き出した。

 同時に群がっていた敵対クラン員を甲板上より全て蹴散らし、行手を阻む障害は排除された。そしてシロツメ支部の七人全員を乗せた船は、石鬼の顎にはめた青い宝珠の仕掛けにより窪地に十分に溜まった水の道を、ゆっくりと流れに添い進んでいく。


「ふぅ……やっと終わってくれたのね。──アレ? なんか、こっちに来てないあれ?」


 やっとのことで敵を一掃し今疲れたように息を吐き、船尾にある柵にもたれていたリリスが、そう言い近づく何かに気づき指をさした。


 するとリリスのあやふやな言葉を耳にしたペコロは思い当たる事でもあったのか、船尾に向かい急いで駆けた。


「まさか……おいっ! 薄笑い船を戻せ! 寄せろ! 限界まで! 卵のお嬢だ! 乗客がまだあっちにいやがるってんだ!」


 リリスが怪訝な顔で指をさしていたそれは、地を走る小さな鉄車。車椅子に乗り目一杯疾走する金髪のお嬢様、紛れもないガーネットの姿だった。


 直進しこちらに向かう意志を見せるガーネットの姿と意図をたしかに確認したペコロは、すぐにアキトへと船を寄せるように指示を叫んだ。


「あぁ、了解したいところだが……落っことした操舵輪がまだ見つからなくてね。あいにくこの船は愚直な直進しかできない、フフ」


 宝の一つである琵琶を鳴らしながら、アキトは薄笑いを浮かべている。どうやらその道化師は彼女に手を貸す気も方法もないらしい。


「てめぇ!? っておいおい来るぞ! へぃ、こっちだ!」


 ペコロは薄笑いの道化師に対して顔を顰めるも、そんな奴のことを当てにしている場合じゃない。すぐに振り返り、できるだけ船尾の端いっぱいにまでその身を移動させた。


「ってぇえ!? まさかあの氷の坂を!? 冗談!?」


「無理……ぅす」


「いけるッ!」


(さぁ、どこまで翔べる。キミは)


 乗船するシロツメ支部の各々が、川に浮かぶ氷の坂へと向かうその疾走する車椅子の行方に目を凝らした。


「ハリエっ、ありがとうっっ!!」


 そして今、トップスピードで差し掛かった氷のスロープを熱帯びた車輪が溶かしながら、一気に頂上まで駆け上った。


 メイドのハリエ見送る坂を越え、ありったけの魔力を込めた一台の車椅子は勢いのままに空を舞った。


 高々とただ高々と、そして真っ直ぐに。黒服のコックが手を伸ばし待つ船の元へと力の限り飛んでいく。


「ペコロッ!」


「いいから手を伸ばせッ!」


 船尾の柵を越えてペコロの誘い伸ばす手に、空を落ちていくガーネットはそれでも必死に手を伸ばし求めた。


 落ちていく、落ちていく──水面へと叩きつけられそうになったその華奢な彼女の身を、突如ぶわりと吹いた不思議な風が後押しする。


 そして──掠めた指先と指先。コックはもう一度手を伸ばし、ぐっときつく彼女の手を掴み引き寄せた。


「はぁはぁ……ありがとう、わたし……」


「礼なら後でいい、こいつは二本目のナイフだな。ようこそ一流コックの乗る船へ。そらっ!」


 礼はオークションで手に入れた二本目のナイフでいい。

 ペコロがきざにそう告げると、逞しい腕力で今、落とさずに掴まれていたガーネットの身は船の上へと軽々と引き上げられた。


 汗と水飛沫に濡れた金色の髪、泥に汚れた白いワンピース。息を切らしながらも光る青い双眸。


 甲板の上に沸き起こる拍手と、鳴り止まない鼓動。


 走らせた車椅子を乗り捨てて、彼女が必死に手を伸ばした先には、新たな仲間、そして新たな冒険の息吹を感じる最高の景色が待っていた。

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