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第51話 柘榴石の間欠泉

 未熟とも言える己のギフトで必死に足掻いた結果──。たとえ自分のした事に目を背けたくなっても、今はそうして立ち止まってばかりはいられない。


 追跡してきた狩人の男をどうにか倒したガーネットは、やがて潜んでいた樹上から地へと降りた。そして、その石の両足を引き摺りながらも囮に用いていた車椅子の元へと這っていった。


 ようやく車椅子に手の届くところへと辿り着いたガーネットは、背もたれに突き刺さっていた矢を取り除こうとした。


 幾度か矢を手で掴み引っ張る。思わず後ろへ転びながらも彼女はなんとか邪魔な矢を引っこ抜くことに成功した。


 その時、転んだ左手側の木の根元に、ふと彼女は何かが挟まって置かれてあることに気づいた。


「木の根元に。花札が……」


 それは一枚の花札であった。何故そんな所に花札が挟まってあったのか、ガーネットは訝しげに目を凝らし考えた。


 そしてポケットの中を探ったガーネットは、一枚の花札をそこから見つけ取り出した。


 矢を引っこ抜いた時に落としたのかと考えたが、やはり木の根元に挟まった札と自分が貰った札とは絵柄が全く違っていた。


 一つ謎が解けたが、逆にますます謎が深まった。しかしガーネットは二枚の花札同士を近づけた時に、その間には妙な魔力流れていることを感覚的に悟ってしまった。


「もしかしてアキトが……何ぁぐっ!?」


 ガーネットが花札に施された仕掛けと意図を解き明かそうとしていたその時だった。


 突如、彼女の首が後ろからギュッと締めつけられた。


 彼女の細い首元に巻き付いたのは刺々しい謎の黒い蔓。後方へと引っ張りあげる謎の力に、息の詰まったガーネットが苦悶の表情を浮かべ振り返ると──。


「冒険はおしまいですよ、お嬢様」


 そこにいたのは白と水色のメイド服。黒い(いばら)を鞭のように用い操る傭兵ソウアの姿だった。


 ガーネットが悠長に花札を見つめている間にも、追手は必死に彼女のことを探していた。そして今ようやくそのお嬢様の首に奇妙な荊を巻きつけて、忍び寄っていたソウアは背後からの不意打ちで捕らえあげたのだった。


「よくもまぁ手間取らせてくれましたね。ですが、そんなおてんば娘も私のチカラをもってすれば、すぐに気持ちよく従順になれます。そのまま無様に呻きながらもうしばらくのご辛抱を、フフフフフ」


 元の不遜な敬語の口調に戻った傭兵ソウア。首輪とリードのように黒い荊を扱い、躾のなっていないお嬢様を躾けていく。


「ぁぐっ……やっぱりアレはっ……ギフ……ト……」


 息を詰まらせたガーネットは両手で必死に巻き付く荊を取り払おうとするが、抗えば抗うほどにその黒い荊は彼女の肌に指に食い込んでいった。


 そして澱んだオーラを発するソウアの魔力が、荊を伝い送られてくるのが分かった。


 ソウアのギフト【iThorn(アイソーン)】。

 メイドたちを唆したのは甘言だけではなかった。メイドの象徴ともいえるその清廉なブリムに巻き付いた特殊な寄生型のギフトによる精神汚染が、彼女らを操っていたのだ。


 そして、自分にもその荊の不吉な魔力が侵入し頭の中を支配しようとしているのが今のガーネットには分かった。


 痛い。苦しい。息ができない。送られてくる強烈な魔力で視界がどんよりと暗くなる。石の足も言う事を聞かない。


 それでも、たとえ息ができなくてもガーネット・フローザは必死に、その手を車椅子へと伸ばした────。







 されど、もがき伸ばした手は車椅子には届かない。


 戦いとは非常に残酷だ。いくら足掻いても届かないこともある。これまでのラッキーの積み重ねも、ギフトの成長する実感も、膨らんだ希望の全てが甘い綿菓子が水に溶けるように溶けていく。


 しかし、ガーネットはまだ諦めない。まだわずかばかりの希望がその魔力を灯した指先に残されていることに気づいた。


 デコピンするように指先から弾き出した。血のように赤い小さな結晶が、車椅子の手すりに取り付けられた操作レバーを狙い撃った。


 するとレバーを倒して自立走行を始めた無人の車椅子は、スピードを上げ、ガーネットの後方にいる水色のメイド服を一直線に目掛けて突っ込んで行った。


「何っが!?」


 そして車椅子は不意打ち気味にソウアに衝突した。


 真正面からぶつかった車椅子が草地に横転し物々しい音を立てる。弾けた衝突音の後に車輪がカラカラと空を切り回り続ける虚しい音が、静寂に鳴り響いていく。


「──チィっ……こしゃくな! このおてんばクソ小娘が!」


 ソウアは思いもよらぬ方法でダメージを負ったものの、背をぶつけた木の幹をもたれながら立ち上がった。顔に露わにした怒りを滲ませながら。


「げほっげほっ……っぅ……」


 ガーネットは首を締め付けていた荊の拘束なら機転を用いてなんとか抜け出したものの、呼吸がおぼつかない。やられた首を苦悶の表情でおさえながら荒げる息を整えるのに必死だった。


 そんな見るからに隙だらけの姿勢でいるお嬢様のことを、傭兵ソウアは見逃さない。いや、もはやこのままみすみすと見逃す気は失せた。


「いけっ【アイソーン】!! 死ぬまで躾ける! 制御の利かない石の人形は、体だけ綺麗に残ればもはや可愛げのないその中身なぞ壊れてもいい!」 


 これ以上のおてんばも抵抗も許さない。許容範囲を超えて歯向かうガーネットに対して、傭兵ソウアは魔力を上げた黒い荊の鞭を勢いよくしならせた。


 一切の慈悲も手加減もない。依頼人へとそ引き渡し報酬を貰えれば傭兵はそれでいい。


 そして哀れな金髪のターゲットへと向かい、荊は再び華奢なその身を両腕ごと巻きつき完全に拘束した。


 やがて、巻き付いた胴から向かった首筋をずけずけと這う黒い荊。だが、その上に据えられた彼女の面は焦りの色を見せない。とても冷静で、冷徹に見据えた彼女の青い双眸にソウアは思わず一瞬、うねる荊の動きを止めたじろいだ。


「今、私を縛るこれが魔力の道筋……だというのならっ!!」


「今になって自分の運命でも悟ったか! だがここから先、貴様の食らう甘い夢はもうない! 私のギフトで悪夢と共に朽ち果て──はっ!?」


 敵の気づけずにいた逆転への布石は、無人の車椅子をぶつけた際に密かにも散りばめられていた。


 ソウアの足元、丸く取り囲むように並べ置かれたのは柘榴色の石粒。そして今お嬢様と傭兵、二人のことを太く繋ぎ上げた黒い直線が、次の攻撃を放つ魔力の道筋をはっきりと描いているのをガーネットは深く悟った。


 赤い魔法陣と黒い導線、そこから導かれるギフトは【柘榴色の間欠泉】────。


 地から、真っ赤な足の形のように吹き上がった鮮烈な一撃。天を衝く煌びやかな宝石の集合体が、足元から飛び出し、傭兵ソウアのことを高々と蹴飛ばした。


「バナナ味のりんご、できちゃった……はぁ、はぁ……」


 逆境を逆手に取り、未熟ながらも煌めくその荒削りなギフトをまた一つ、ガーネット・フローザはしぶとい勝利と共に深化させたのだった。















 スーパーコットン団を手玉に取り、船の奪取に成功し占拠した冒険者アキト。そんな単独で行動を起こし先走り手招く彼につづいて、今、続々と追いついたise会シロツメ支部のメンバーたちが乗船していった。


 しかし、今は神技中、敵はスーパーコットン団だけではない。森に眠る宝の匂いを嗅ぎつけた他のクランたちが漁夫の利を得ようと、既にシロツメ支部の占拠する船へと一斉に群がり襲いかかって来たのだった。


 次の宴へのチケットを賭けた一隻の宝船をめぐる攻防は、その激しさを増していく。


「どうしたのかいコック。そんなに難しい顔をして? 今晩の献立にお悩みかな、それともお守りが必要かい?」


 船のへりに不用意に顔を出した賊をレイピアで素速く刺しながら、アキトは甲板上でどこか険しい表情をしていたペコロへとそう言った。


「けっ……気のせいだろ薄笑い。献立に口出しは許さねえ、そしてお守りが趣味なら鬱陶しいから他を当たれ。安心しろ、皿の上からこぼれたものまで拾いはしねェ……注文通りッ、今はここを守り切ればいいんだろ。さぁ、一流コックならここだ、串焼きにされたい奴から来やがれ!」


 しかしペコロはアキトの軽口には付き合わない。言われなくてもコックは請け負ったディナーまでの仕事を弁えている。今は協力するシロツメ支部の為に彼はしっかりと働くことを選んだ。


 投じられた鋭い鉄串が、船に乗り込もうと這い上がって来た迂闊な敵の手に、釘を打つように射抜く。


 ペコロ・ココットは戦意と魔力を上げる。闘志が乗り移ったように、指の間に挟んだ鉄串が赤い火を灯した。


「あぁ、助かる。しかし困った。先ほど誰かさんが盛大に花火を打ち上げたのがまずかったかな。これは予想以上の数だ」


「……ってあんたねぇ! やっぱり打たなきゃ良かったじゃないの! そんなことしなくてもぜーったいあの銀色軍団を片付けれたでしょうに! あんたならっ!」


「アハはは、ジブンはそれほど超絶無敵じゃないよ。しかし褒められるのは悪い気はしない」


「イヤ、褒めてないからッ!」


 敵を呼び寄せた愚策、その責任の所在をとぼけて誤魔化すアキトに対してリリスが小うるさくクレームを入れていく。


「時間まで敵を寄せ付けなければそれでいいです! いけっ【ケットシー】!」


 ミタライは魔力を練り上げた。すると突然化けたように現れた緑光を放つ一匹の猫が甲板上を素速く走る。そして、ロープや梯子を伝い下から登って来ていた敵のクラン員を遊ぶように脅かした。


 緑の火の尻尾を巻きつけ炙ったロープがやがて千切れ、乗り込もうとした敵が次々と重なり押されて落下していく。


「支部長は猫派か、面白いことを考える。よし──タイキっ、その矛がエンジンの指令キーだ。マジックポールの制御は頼んだよ。まだ出航の準備には時間がかかる、ジブンは外に群がる定員オーバーの乗客を少し間引いて来よう」


 ミタライのギフト【ウィルオウィスプ】の繰り出した変化技にアキトは感心した。そして、タイキのいる方へと今始末した敵から奪い取った宝の一つである三叉の矛を投げつけた。


「ダりゃッ! ──はいっ! アキトさん!」


 威勢よく返事を返したタイキは、今受け取った矛をマジックポールに彫られてあった三つの溝に突き刺した。そして水平に突き刺さった矛を鉄棒を逆上がりするように、ぐるりと回る。そうして後ろから殺気と魔力を漏らし来ていた敵の剣を上手く回避し、剣が空を切り唖然とする敵の面へと反撃の蹴りを叩き込んだ。


 握る宝の矛を通じてタイキは魔力を送り、寄る敵を返り打ちにしながら、眠っていたマジックポールの制御を試みる。


 そしてタイキに大役を任せたアキトは、甲板上に倒れていた敵団員のクラン紋章の刺繍された衣服を剥ぎ取り、早着替えを披露──これから行う撹乱の策の為の準備を揃えていく。


 既に船下は、数多のクラン同士が我先とせめぎ合う合戦模様。まるで熾烈な攻城戦にも見える眼下の混沌へと向かい今。微笑みながら野球帽子を投げ捨てた道化師は、懐に鋭い刃とカードを隠し、真っ逆様に飛び込んで行った。

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