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第49話 狩って狩られて

「ッこの……その生意気な小娘を捕えろ! 多少痛めつけても構わないッ!」


 先ほど貰った思わぬギフトにより後方に吹き飛ばされ、無様に地に転がっていた傭兵のソウアは、だらだらと血の垂れた鼻を押さえながら起き上がった。そして今まで装っていた敬語の言葉遣いも出てこないほどの怒気を表しその声を荒げた。


 すると怯み狼狽えていた様子のメイドたちは、また瞳をどんよりと暗く澱ませる。ボリュームを上げ放たれたソウアの強い命令に従い、これ以上暴れられる前に危険なお嬢様のことをすぐさま取り囲もうとした。


「ッ……あなたたちに捕えられるかしらっ!」


 一瞬背後のハリエのことを気にしたガーネットは、すぐに正面に向き直りまた別の啖呵を切った。そして舗装された道から外れた左側、木々の立ち並ぶ森の奥へと迷いなく車椅子を旋回させ走らせた。


 ガタガタと音を上げ振動する車輪。だが、職人たちの知恵の結晶であるその魔法の車輪は木の根が這う森の悪路をも躓かずに突き抜けた。ただ前へと風を切り、車椅子を必死に走らせながらガーネットは、とある男の言葉を思い返していく。


『おめでとう、【りんご味のバナナ】は合格。いいかい、同じ嘘でも【バナナ味のりんご】のイメージの出力は少し難しい。自分の持つ何をタネにするのか、それが大事さ。例えばマトリョーシカという玩具を知っているかい。あぁ──知らないよね? つまり初めのタネとなるモノ、言わば原動力は、より大きなモノが望ましい。バナナもりんごも自在に詰められるような、そう! それを心掛ければお嬢様のギフトの扱いは自ずと上達していくはずさ』


(大きなモノ……私の原動力……)


 冒険者の言葉を反芻しながら、ガーネットは車椅子の上に乗せた自分の不自由な足元を見た。そして前方へと視線を戻したその瞬間、彼女はブレーキをかけた。


 車椅子を止めた向こう側に対峙するのは茂みを掻き分け現れた三人のメイドたち、周到にも散りばめ待ち伏せていたようだ。


「はぁ、はぁ……っ」


 走行していた退路を断たれた。伏兵の出現に一瞬頭が真っ白になり、冷や汗がガーネットの頬を伝った。


「お嬢様こちらです!」

「探しました、ご無事で!」

「お早くッこちらは安全です!」


 いくら声色を優しげに装っても、三人のメイドたちの目の色は正気ではない。さらに、彼女らが冠したそのメイドの象徴たる水色のブリムにまで底知れぬ冷たい魔力の穢れが及んでいるのが、何故だかその時のガーネットには分かった。


 ガーネットはそのまま動かず、乱していた息を整える。そうしていると不思議と冷静になれた。真っ白になっていた彼女の頭の中のキャンバスにも、淡くも確かに色づくモノが見えてきた。


「いつも鏡の前で重ねていたのは……お母様の綺麗な赤い瞳、生まれてきた私は青い瞳だったけど授かった名はガーネット。思えば初めから……期待通りにはいかないもの、──だとしてもッ!!」


 祈るように閉じていた彼女の目は開かれた。口にした決意と共に見開かれた青い双眸が、ただ目の前の現実を凝らし宿す魔のフィルターを通して、強く睨みつけた。


「私にとっては、ギフトなのです!」


 立ち塞がっていたメイドたちが一斉にその顔を苦痛に歪めた。さらに、頭上にあった水色のブリムが外れ宙を舞い飛んでいく。


 睨んだ先、熱く目を凝らした先に色づくのは〝赤〟。道を阻むメイド服の腹に撃ち込み、まとめて容赦なく吹き飛ばす赤い煌めき。前方へと絞り放たれた彼女の魔力が形作ったのは、バナナでもりんごでもない彼女の望むもの。


 【柘榴色の宝石】その荒削りな弾丸が、真っ直ぐに煌びやかな軌道を描き、目の前の障壁を硬く撃ち抜いた────。









 三人のメイドの腹に向かい見事にも炸裂したギフト。彼女にとって唯一無二の強力なイメージが、きらりと光る柘榴色の石と共に出力された。


 彼女の無色透明だった正体不明のギフトは確かに色づいた。冒険者アキトが言っていた大きな原動力が、ぎこちないながらも形のあるギフトとして現れた。ガーネット自身も、魔力と共に吐き出したその柘榴色の石の輝きに今までにない手応えを感じていた。


 大きく向上した己のギフトの威力に自分でも驚愕していたガーネットは、ふと我に返り、無力化に成功し倒れていたメイドたちのことを見た。


 そしてメイドたちの頭から外れ、傍らに転がったブリムに焦点を合わせた。その瞬間、ガーネットのまだ魔のフィルターが宿っていた青い双眸が違和感を捉える。


 熱帯びた青い瞳が見下ろす先には──何かが蠢いている。清廉なる水色のブリムからにゅるりと這い出し、地を刺々しくうねり始めた穢らわしい何かが確かに見えた。


「これは一体……」


 一瞬、ガーネットはその場で深く考え込んだ。返事のない倒れた三人のメイドたちの容体や、そういえば先ほどギフトを行使する直前にも感じた穢れたその魔力のことを。


 やがて、うねうねと草地を這った蔓状の何かは、接近したメイドたちの側にあった柘榴色の石粒の近くを通った瞬間に、突然ひどく嫌がるようにその場をのたうち回り出した。


「いえ……恐らく、ここであまり立ち止まっている暇はありません」


 自身のギフトの能力(ちから)でさえまだ良く把握しきれていない上に、穢れた魔力を帯びたそれが何であれ、ここでいつまでも足を止め下手な邪推をしている暇はない。


 そう思ったガーネットは、顔見知りのメイドたちのことを心配しながらも解き明かそうとした謎は一旦この場に捨て置き。後方からなおも迫って来るように感じた森のざわめきと気配から、一刻も早く遠ざかることを選んだ。


 しかし、一体どこへ逃げればいいのか。詳しい当てはない。

 おもむろに収納ポケットから取り出した一枚の花札を、ガーネットはじっと見つめた。赤い袴の人物と柳の葉が映るその花札の何も描かれていなかった余白には、新たに僅かに一つ──小さな赤い果実が高くぶら下がりなっていた。


「水槽の中を飛び出た先……まだ掴めないこれが試練と言うのならば……」


 彼女は見つめていた花札を握りしめた。そしてただ直感に従って、泥のついたマジックホイールに魔力を込め車椅子を急発進させた。


 ガーネット・フローザはもう振り返らない。とにかく先へ、まだ未熟な己のギフトを信じてさらなる森の奥へと飛び込んでいった。









 迷いの森を走り彷徨うのは、奇怪な鉄車に乗る金髪の女。


 所属していたクランが壊滅し独り場所の移動をしていたとある狩人の男は、獣でも人でもないその未知の足音と気配の接近に気づき、急ぎ矢を弓に番えた。


 突如聞こえた風を切る鋭い音に、金髪の女は走らせていた車椅子を急停止させた。すると次の瞬間には、彼女の足元の地に矢が突き刺さっていた。


 しなり振動する一本の木の矢。それが飛んできた方向に心臓の鼓動を速めながら目をやると、立ち並ぶ森の木の裏に今、人影がさっと隠れたのが見てとれた。


(チッ、焦って外したか。一体なんだあの場違いな馬車は……ギフトか?)


 男は木の陰に隠れつつも、次の矢を背の矢筒から手に取った。


「待ってください……! こちらは見知らぬあなたと争う気はありませんっ!」


 その時、老練な狩人の男の耳に、寝言にも思える女の叫ぶ声が吹き込まれた。


「あァ? 神技の最中に何を言ってやがる! 森の中は狩るか狩られるか! ただでさえこっちは下手くそどものせいで天災に遭ったばかりでイラついてんだッ、飼い慣らされた兎でも分かる甘っちょろいことをほざくな ヨッ!」


 狩人の男は甘すぎるその休戦の提案に顔を顰めながらも、指先から繊細な魔力を込めた矢を弓に番えた。


「森の中でもう神技が……。っ!」


「逃げた! 逃がすか場違いのツチノコめ!」


 木の陰から素早く顔を出し放たれた狩人の矢は、また寸前のところで空を切り外れた。


 一瞬で狙いをつけて矢を放つも外した狩人の男は、右の獣道へと躊躇なく流れ逃げていったその鉄の車に乗る金髪のターゲットを急ぎ追っていった。







 たとえどこへ逃げようとも狩人が狙った獲物を逃すことはない。いくら息を潜めあの奇怪な鉄車の走る音を止めても、地についた歪な足跡、不自然に刻まれていた車輪の跡を辿れば隠れた獲物を見つけ出すのは老練な狩人の彼には造作もない事であった。


「へっ……いたぞ! 金のツチノコぉぉ!!」


 大木の幹のその裏から僅かにも伸びて見えた鉄車の影。それは影のかかり方を考慮しない素人にありがちな隠れ方であった。


 叫び声と共に狩人の指先から魔法の矢が曲射し放たれた。右側へぐわりと、凄まじい変化量で曲がった矢は木の裏に潜んでいた獲物へと命中した。


 「確実に仕留めた」──そう思った狩人は一瞬ニヤリと笑った。だがまたも一瞬で浮かべていたその笑みは失せた。


 矢が届き鳴り響いたのは無機質な音、射抜いたはずの獲物の断末魔も鳴りやしない。そして狩人は驚愕の表情で目撃する。そう、木の陰から矢の威力に押され出てきたのは、なんと背もたれに矢の突き刺さった一台の無人の車椅子であった。


「いないっッ!?? どこに潜りやがったツチノごぎゃっ──!??」


 虚しく彷徨う鉄の椅子、欺き視界から消えた金髪の女。目を剥き出しに見開き焦燥の顔を浮かべた狩人が、筒から矢を手にしようとしたその時だった。


 背を伝う冷たい視線に振り向くも、もう遅い。


 木の上から高々と降り注ぐのは、柘榴色の宝石の雨。反転し矢を番えた一人の狩人の身を激しく撃ち続けた。


「はぁ、はぁ……足が使えなくても木登りは昔から得意なのよ! ──っ……ごめんなさい」


 息を潜めて樹上に乗り、後方死角から地に向け盛大に放たれた柘榴色の弾丸。地を散々に穿つのは赤い弾痕。魔力の限り吐き放ったガーネットのギフトが、老練な狩人の男を返り打ちにし、狩った。


 痛みを知らない彼女の白い頬を掠めたのは一本の矢。ガーネットは眼下の景色に刻まれた凄惨な光景に、思わず懺悔しながら目を背ける。


 迷える森の中の戦いに身を投じた女は、執拗に追いかけてきた狩人の目を欺き未熟なギフトを惜しみなく解き放ち、また一つ……皮一枚の勝利を掴んだ。

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