第48話 迷いの森
水の流れのない乾いた長い窪地の上に、停まる中型の船が一隻。森の奥に突如現れたのは、そんな不自然で歪な光景だった。
だが、これまで宝をかき集めた者や勘の鋭い者には、その地の上で待つ船の真の価値が分かるのだと言う。
「なんだあ? この出来損ないの熊みたいなぬいぐるみ?」
船の甲板上、そこにきょとんと置かれていたのは生気のない謎の大きなぬいぐるみ。
「って宝じゃねぇか! ラッぎぃっ……!?」
不思議に思って近づいた冒険者の男が、ぬいぐるみの股の間に今きらりと光った赤い宝珠を見つけ、それに手を伸ばしたその時──。
『薄汚い手で触れるんじゃねぇ、コットン・シルバーお兄様だぞ!』
熊のぬいぐるみの右手から突然、針のように細い剣が突き破り、迂闊に宝を拾おうと近寄ってきた冒険者の胸元を射抜くように刺した。
宝を盗み取ろうとした哀れな冒険者の男が、白目を剥きながらどさりと音を立て甲板の上に倒れた。
そして、ツギハギ模様の熊のぬいぐるみを脱皮するように今破り、綿を盛大に天へと散らし現れたのは、この男。
「ワハハハハ! 即ちィ、ワタァーシがこの石のコンパスと中身のふわぁりぃ詰まったスーパー頭脳で算出し見つけた船の近くでェ! 何も知らずに来た奴らを待ち伏せにしていれば……勝手に宝は集まる! さすれば、宴への道はガバガバに開けたも同然よ、ワタたたたたた!!」
今目の前で倒れた敵から奪った血染めの宝のステッキを、カラフルな綿雪の降る中、奇怪な銀髪の男は堂々と掲げてみせた。
「すげぇ! さすがコットンお兄さんだ!」
「すげぇお兄、完璧な策だぜこりゃ……」
「おにぃー頭いー」
船の物陰からぞろぞろと現れて来た取り巻きの団員たちが、大声でその策略と成果を誇示する銀髪の男を一斉に称賛する。
「おい、お友達ども! この調子で残す宝も掠め取るぞ! 各自遅れずに配置につけぇい!」
「「「コッてん承知ィ!!」」」
銀髪の男は偉そうに号令を下した。団員たちは手のひらを拳にしたオリジナルの敬礼ポーズを揃って返し、大声で承知した。
そしてまた、銀髪の男は布の皮をせっせと針で縫いツギハギ、その中に身を潜め綿を詰めて膨らませる。
やがてそれは太った熊のぬいぐるみに化けた。今度は宝の杖を手にし、赤い宝珠を甲板の溝にぴたりと置く。ゴルフのパターショットをするようなポーズを決め、熊のぬいぐるみは静止した。
「同じポーズは二度決めない」──そんな矜持を抱えた銀髪の男に万事抜かりはない。
銀髪のお兄さんに倣い死んだふりをする部下に、匍匐前進を開始し周囲の森の茂みに隠れる部下。特殊なギフトで全身をペイントし、船の木目の色に馴染み擬態を試みる部下まで。
奇怪な銀髪のクランマスター、コットン・シルバーの編み出したあまりにも天才的な待ち伏せの策。
彼というカリスマに追従したスーパーコットン団の団員は、各々得意とする方法で敵の目を欺くように指定の配置へとつき、隠れん坊を開始した。
(最後に勝つのは、このコットン・シルバーお兄様だぁ! ──なぁッ、そうだろう?)
今はまだ、乾いた窪地の上で動かぬただの一隻の船の上。
しかし見つけたこの神技の始発駅で、宝をしょって現れる敵対クランを狩るために、コットン・シルバー率いるスーパーコットン団は息を合わせて息を潜める────。
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▽
海曜日、午前7時27分──。
ゆっくり目に身支度を済ませた従者とお嬢様の二人は、宿泊していたログハウスを後にし、投函された青い手紙に指定されていた待ち合わせ場所へと向かった。
「お嬢様やはり今からでもこの様な事、お辞めになられては? もしものことがあれば、私はオーランド様やスカーレット様に」
従者でメイドのハリエがそう心配を吐露し、ガーネットお嬢様へと神技への参加をお辞めになるように進言する。
「それは無理な相談よ、私は参加者としてここに来ています。お父様やお母様のことは関係ないわ。それに、そんなに心配する必要はないわ。皆の足手纏いにはならないつもりよ。それにハリエ、この車椅子でだってあなたより速く走れるのだからっ。もしもの時もいつものように抜け出せるわ」
ガーネットお嬢様の車椅子は、地元の名高い武器職人や数学者、魔導工らに作らせた特別製。
独自に開発したフレキシブルマジックホイールを採用しどんなでこぼこな悪路や泥地にも対応できるのはもちろん、付き添う従者達や暴漢を撒くための様々な機能が内蔵されていることをハリエは知っている。普段どれだけ厳重に仕えていても、もう何度もお嬢様の気まぐれで、その姿を見失い頭を抱えることがあったからだ。
「はぁ……そういう問題ではな……くっ──」
びゅんと車椅子を前に走らせ、先導していたメイド服を追い抜いてみせたお嬢様。その姿を見たハリエが、溜息混じりに片手で軽く頭を押さえる仕草をする。
しかしその時突然、軽く風を切ったお嬢様の靡く金髪の後方──。どさりと何かが倒れる音を立てた。
「ハリエっ!? どうしたの!? しっかり!」
驚愕したガーネットお嬢様は、前触れもなく眠る様に道に倒れたハリエへと振り返り叫んだ。
そして車椅子を旋回させ、返事のないハリエの元へと駆け寄ろうとしたその時──。
仄かな陽光が降り注ぐ朝の森の静寂に、似つかわしくない下品な笑い声が、『くすくす……』と響きガーネットの耳まで漏れ聞こえてきた。
ガーネットお嬢様は、押し寄せて来た不気味な気配と重なる足音そして笑い声のする方に、車輪を逆方向に旋回させ振り返った。
ガーネットの見つめるそこには──見覚えのある水色と白の制服に身を包んだメイドたちが、ぞろぞろと木々の隙間から現れてきていた。
「──まったく。そうなったのも、あなたが悪いのですよ」
前に歩き出て来たメイドの一人が、口角を上げながら薄い笑みを浮かべ、突然にも意味深な言葉を発した。
「何が……」
ガーネットは呆然とした様子で、力なく問い返す。
一体誰に向けて何を言っているのか理解が及ばなかったが、今不気味に微笑んだそのメイドの名はソウア、葬魔七曜血選に挑むにあたり雇った傭兵の一人だと思い出した。
謎の不穏を察したガーネットは、メイドに扮したソウアのことをじっと訝しみ見る。
「ほんと──私は一生、こんな呪われた石像様の世話をするなんてまっぴらごめんだわ」
「あははは」
異変はそれだけではなかった。
傭兵ではない見知ったメイドの一人もさながら心変わりしたように、信じられない悪言を発していた。
他のメイドたちの同調し冷嘲する笑い声まで、左右の耳を行ったり来たりするように流れ聞こえてくる。
ガーネットが後方にちらりと目をやるも、倒れたハリエは、なおも立ち上がる様子はない。青い手紙に記された待ち合わせ場所への道中で足並みを揃え現れたメイドたち、そして雇った傭兵ソウアの浮かべる悪辣な微笑み。
お嬢様の目の先に立ち並ぶのは、悍ましい欲望に満ちた目と、かつての朗らかさの欠片もなく邪悪に染まったメイドたちの表情だった。
そこにはもう、従者と主人の織り成すような温かな空気など存在ない。ただただ、不穏に湿った空気が冷たく流れ続ける。
どことも知れぬ森の中で独り、車椅子の手すりをぎゅっと握るガーネットのことを、重なり突き刺さる怪しげな視線が取り巻いていくのだった────。
「あなたたち……そそのかされたのね」
心変わりをしたその要因は分からない。だが既に蔓延し切った悪しき空気を裂くように、お嬢様はそれぞれの従者の顔を見つめながらそう言った。
「金で雇った人間を信用してはいけませんよお嬢様。ずっと澄んだ上澄みで呼吸をしてきたあなたは、フチにある世界を分かっておられない。だから、こんなにも従者たちの愚痴や不満にも気づかない」
だがメイド姿に扮していた傭兵ソウアは、世間知らずのお嬢様に向かい皮肉な言葉を浴びせる。
従者たちのその顔を見れば一目瞭然。今まで見えずにいた不満の様相が、各々の面相にまで表れていると言うのだ。
「名声ある親元を一度離れれば、あなたはただの石ころだ。落っことしてはいけない金の卵などと勘違いしてはいけない」
ソウアは口から次々とこぼす悪言で、この場を掌握するように続けた。
「ですが、昨夜のパーティーで目に留まったそんな石ころを、物好きな殿方が高値で買い取ってくださると申し出ていただけたのだから、感謝してほしいぐらいです」
明かされたソウアのその企みと狙いは明らかだった。ガーネットお嬢様に戦力補強の傭兵として雇われたその日から今まで、埋伏の毒として作用していたのだろう。
「相応しい役割でしょ?」
「この石人形、毎日せっせと磨いた甲斐があったわけね」
もはや、メイドたちはその腐り切った本性を隠さない。ソウアの術中にあった。
長年築いてきた主人と従者の信頼は完全に崩壊している。たった一匙の悪意の毒で、そこにある全てが腐り切っていた。
「もう……神技は始まっているはずです」
だが、ガーネットお嬢様は狼狽えない。裏切りの事実を突きつけられてもなお真剣な表情で、まっすぐに傭兵ソウアの歪んだ悪顔を睨む。
「初めからそんなイカれた博打に興味はない。ガーネットお嬢様、あなたの我儘もお遊びもこれが最後です。……大丈夫、痛いことはしません。さぁ、大人しくこちらに」
ハリボテの勇気と威厳を見せたそんなお嬢様のことを、ソウアは鼻で笑った。
初めから神技に真面目に挑む気などさらさらなかったのだ。狙いは、美しい金髪と青い双眸で睨むそのターゲットだけ。ソウアは怪しい指遣いで自らこちらに来るように誘うが、お嬢様はその場に固まったように動かない。
「強情なものだ。大人しく鳥籠の中にいれば良かったものの、仕方がないな、ふふ……」
囲うようにゆっくりと近づいてくるメイドたち。強情なお嬢様の手を取るためにずけずけと一歩一歩、前を歩き出した傭兵。
恐怖と絶望に震えて固まっているのか。それともまだ無知にも自分が守られるべき上の立場だとでも思い、その不自由な椅子の上でふんぞり返っているのか。
神技などというクラン同士の狂った潰し合いではない、ただ小娘一人の手を引く簡単なお仕事。
慌てることも取り乱すこともない。傭兵ソウアは淡々と同じペースで、前へと歩き続ける。
その時だった──。前を悠然と歩むソウアの顔を、ミエナイ何かが打った。
それは小石がぶつかるほどの衝撃だった。顔を天に少し仰け反ったソウアは、やがて鼻の頭を手の甲で拭い、正面に向き直り笑った。
「おっと……。これはこれは可愛い抵抗だ。さすがお嬢様、素人ながら自分磨きにも余念がない。こんな所にまでお馬鹿にもしゃしゃり出てきただけのゴッ──!?」
ギフトでの僅かな抵抗も、これから運び売る商品の価値を高めただけ。こぼれた鼻血を拭いながら、ソウアは口元を歪め笑った。
しかし次の瞬間──のうのうと余裕げに言葉を並べ吐いていたその傭兵の面に、強い衝撃が襲った。
一発目の小石ほどのモノとは比較にならない未知の衝撃が、見下し切ったそのニヤケ顔を正面から真っ直ぐにぶち抜いた。
潰れた蛙のような声で鳴きながら、十歩は先の後ろへと、顔ごと蹴飛ばされたように地を転がっていく傭兵ソウア。
「【りんご味のバナナ】──。……そんなに欲しいと言うならくれてやります! 不満がある不届き者から、かかって来なさい!!」
お嬢様の放った謎の念力が、傲慢な傭兵を吹き飛ばした。
気高く輝く金の髪が、木々の隙間を抜ける風に乱れる。冷徹な青い眼光が、本能からか狼狽える従者たちを容赦なく射抜く。
たとえここが地の淵の悪夢の中でも、どんよりと漂い続けていた眠気はもう覚めた。
ガーネット・フローザは、ただでは挫けない。新たに鍛えたこのギフトの限り、強き意志を持って戦い抜くことを選んだ。
道端に忽然と転がった不恰好な赤い小石が、森の陽光に僅かに煌めいた────。




