第47話 海宴七宝
夜の帳が深く沈み、やがて迎えた海曜日の早朝──。
それぞれの団員の眠る島内ホテルの室内、ドアの隙間から床に無造作に差し込み置かれていたのは、一枚の青い手紙だった。
そして、その青い手紙を開けた先に指定されていた場所へと、今ようやく集合したシロツメ支部の七人。
鬱蒼と茂る森の前の浜辺には、そんなシロツメ支部の彼らを、これまで導いた案内人であるラカンの威厳ある声が響き渡った。
「これより海曜の神技【海宴七宝】を始める」
眠気の覚める男の大声で、聞き慣れぬ神技の名とその始まりを堂々と告げられるも、しかし──。
「ふぁ~……え、なんだって?」
アキトは大きな欠伸をした後に、朝に拝みはたくないその種類の強面を見つめながら、不遜にもラカンへと問い返していた。
その瞬間ラカンの剃られた厳つい片眉が、ぴくりと上がる。
話の腰を折る欠伸と、間抜けにも開けた口から発された愚鈍なレスポンスに、ラカンは黙ってアキトの顔を睨み返した。
「って欠伸なんてしてどうするのよっ! 確か……か、かいえんしっぽう?」
「たいへんけっこう?」
「そう……って、そんな事言ってないから!」
赤髪の小娘と黒髪の道化師の見せる戯れ様にも構わず、ラカンは案内人としての務めを果たすべく神技の説明を続けた。
「口を慎めッ、海宴七宝だ……。この島の奥にある森の中には七つの宝が隠されている。そして、その七つの宝を全て集めた時、真の宴への道は開かれる。期限は夕刻まで──では、その内の一つをお前たちに授ける。残りは自力で探し求めよ」
すると、必要な説明を終えたラカンは、突っ立っていた飴色髪のコックへと向かい何かを投げつけた。
「よっと──この貰った玉っころがか? 想像がつかねえな?」
ペコロが今受け取り手にしていたのは、野球ボールほどの大きさの一つの球体。青みがかった半透明の珠であった。
ペコロはそれを天の太陽に透かして見てみるが、何も変わった事は起きず見えやしなかった。この珠が、ラカンの話にあった七宝の一つと言われてもぴんと来ない様子だ。
「何か特別なマジナイがあるのでしょうか」
ペコロからトスされた青い珠を受け取り、ミタライは試しにそれに魔力を流し、隠された意図をさっそく探っていく。
「宝探しか? うん、なんだか面白そうだな!」
「別に楽しもうって気はないけどね」
タイキが明るい調子で子供のようなことを言うと、続いてリリスが溜息混じりにそう呟いた。
「油断は大敵さ。宝を欲しいのはジブンたちだけじゃない」
欠伸を終えてようやくスイッチが入ったのか。アキトが冷静にも、青髪と赤髪の若者たちに向けて忠告じみた言葉を送る。
「そりゃそうだけど。──ってぇ、待って……。さっそくもうなんか、嫌な予感がしてきたんだけど」
リリスはアキトの言葉に素直に頷くものの、ふと、彼女が頭の中で思考し漂って来たのは嫌な予感。
青い珠を片手にぶらついた、この森の先に何が起こるのか。なんとなくだが、これまでの二日間の経験からリリスには想像がついてしまったのだ。
「ははは、イチゴちゃんにも分かるようになったか。嬉しいね」
「イッ、嫌でも分かるし……ここまで来たら」
「ふふっ。でも、まだまだここからですよ! 気を引き締めて行かねば!」
「ここまでではなく、ここからだ」──そう思った美楚羅は、今一度気合いを込めるように、道着の上の緑の帯をぎゅっと締めた。
そんな美楚羅の姿を見て、雑談を重ねていた周りの皆の表情も徐々に引き締まっていく。
「はい。では、そろそろ行きましょうか。集めるべきは七つの宝──気の長い奪い合いが予想されるでしょうが、神技は既に始まっています」
ミタライは浜地に置いていた大きめのリュックをその身に背負った。今回集めるべきは七つの宝、期限は夕刻まで、長期戦になることも十分に予想される。
「あぁっ、みんな行こう!!」
支部長であるミタライの行軍命令に同調し、いつものように仲間の皆に熱く呼びかけたタイキは、先導し森へと向かい歩き始めた。
「……ぅすっ」
アトラはコック特製のスイートタマゴサンドを片手に頬張りながら、青い髪の靡く後へと続いた。
案内人の強面が、瞬きもせずに睨むその先へと──。
アキト、タイキ、リリス、ミタライ、アトラ、美楚羅、ペコロ。
総勢七名の戦士たちが、白い砂地に決してもう戻らぬ足跡を刻んでいく。
そして暗く生い茂る未知の森の入り口へと、彼らは歩みを止めず、堂々とその一歩を踏み込んで行くのだった──。
海曜日、午前6時55分。突如、指定の浜辺より出発し始まった海曜の神技【海宴七宝】。
案内人ラカンの口頭での説明だけでは依然全貌の掴めぬこの神技であるが、一行が七つの宝を求めて、未知の森の中へと進入してから27分が経過した頃──。
【ise会シロツメ支部】の彼らは、樹上で息を潜めていたクラン:【裏狩人連盟】と衝突した。
「【電柱斬】!」
「【29】……!」
「【鉄砲串】!」
タイキの青い雷電に一本丸々染め上げられた樹上から、隠れていた一人の弓師が焼かれ地へと落ちていく。
力を込めたアトラの拳で幹ごとへし折られた木から、逃げ場を無くした一人の狩人が、激しく背から落ちた。
地を這い木の葉に上手く擬態し隠れていた一人も、構えたその吹き矢を打つ前に、コックの投じた鉄串に急所を射抜かれた。
こうしてシロツメ支部の団員たちの的確な対処と猛攻の前に、狩場で待ち伏せていた裏狩人連盟は瞬く間に殲滅された。
そして現在、交戦を終えた彼らは青珠が二つ、赤珠が一つ。合計三つの宝を手に入れたのであった。
「まさかこの食えねぇ玉っころだけじゃねぇよな?」
ペコロが落ち葉に埋もれた青い玉を拾い、そう言い捨て、興味なさげにアキトへとそれを投げ渡した。
「被りもありと言ったところか、頑張って朝から運動したのに運が悪かったね」
「ですが交渉の弾としては使えそうです」
すると、ミタライは不要な珠を拾い残念がる大人の男二人に近づき、見方を変えた前向きな言葉を選んだ。
「なるほどトレード用か。──だが、お前らとは誰もしたくねぇだろ?」
ミタライの冷静なアイデアを聞くも、ペコロは何を思ったのかそのように皮肉ってみせた。
「ははは、昨日のことが悔しかったのかい」
「ハッ、皮肉って知らないのか?」
笑いながら皮肉を皮肉で返して来たアキト。そのとぼけた反応に、現在彼らに協力する仲間であるペコロは呆れたように両手を広げた。もちろん悔しいなどとは微塵も思ってはいない。
「はは、そっちか。……そうだね。──では少し、ジブンはその〝お相手〟を探ってみるとしよう」
そう告げると、アキトはふらふらと辺りを彷徨い出し二人の元から離れていった。
先ほどのアキトの言葉を最後に、その威勢の良いコックが返す皮肉はなかった。
するりと木々の間を抜け森の奥へと勝手に消えゆく黒髪の男の姿を、引き止めず無言で睨むペコロがいる。
そのどこか神妙な面持ちで立ち尽くす飴色髪の料理人の横顔を、支部長のミタライは訝しげに静かに見つめるのだった──。
一方、奇襲を看破し敵のクランを殲滅した後。周辺の警戒及び探索をしていたタイキ、アトラ、リリス、美楚羅のシロツメ支部の四人は、そこで何やら気になる光景を発見したようだ。
「リリス、なんだろうなこれ? 怪しいな?」
「露天風呂の目印でしょうか? イチゴさん?」
タイキと美楚羅、二人の言う視線の先には──石を彫刻した鬼のような顔が、岩肌に貼り付けられたようにあった。
そしてその奇怪な石鬼の顔の下には、滝壺のように深く、緑がかった不透明な水がたっぷりと溜まり広がっていた。
「私に聞いてどうすんのよ。うーん……ってアレじゃないの! えーっと待って待って──ほらっ!」
二人の男から続けて呼びかけられたリリスは、杖でコツコツと自分の頭を小突きながらそれとなく考えた。そして、彼女は何かを閃いたのか、背負っていたリュックを漁り始めた。
そうして彼女がリュックから取り出したのは、案内人のラカンから貰ったあの青い珠だった。
リリスはさっそく手にしたそれを、石の鬼の間抜けにも開いた顎の空洞へと、はめ込んだ。
なんともかっちりとジャストフィットしたその手応えに、上機嫌そうにリリスは一仕事終えたように両手をはたいた。
だが、しばらく待つも、何も起こらない────。
場を支配する静寂に、無言で立ち並ぶ四人。どうやら、何かことが起こるのを期待しすぎていたようだ。
「あー……。俺も……そうっ! ゲームとかじゃ、試したくなるから分かるよリリス! そういうアイテム!」
「イチゴさん、切り替えて行きましょう!」
タイキと美楚羅が、続けて口を開きリリスのことを励ます。
「あ、ありがと……ってフォローされてるって感じしないのは何故……」
ひと匙の閃きと衝動、そして意味深な行動からの失敗に、恥じらいの感情が徐々に押し寄せていたリリスであったが、自分のことをフォローして盛り立ててくれた二人に一応礼を返した。
「ってわわ!? 何よアトラ!? ごそごそごそごそ、昼飯には早いんだけど?」
そんな若干苦々しい表情をしていたリリスに、突然背後から気配が近づいて来た。
アトラは何を思い立ったのかリリスの背負うリュックを後ろから漁り出し、底の方にあったアイテムを一つ手を突っ込み取り出した。
そして今片手に掴んだそれを、引っこ抜いた青い珠の代わりに、石の鬼の顎にはめ換えた。
刹那、翳っていた石の鬼の瞳孔が『カッ』と妖しく光った。
不気味な地鳴りが足元の地に響いたかと思えば、緑の水面は渦巻きを描き出し、なんとみるみるとその水位が下がっていく。
「……ぅすッ」
アトラはリリスの開きっぱなしのリュックの中へと、青い珠を高く放り投げ入れた。
「わっとと!? って合ってたのー!? 単純に青じゃなくて赤い方だっただけなわけね……すごっ……見て見て水がはけていくわ!」
リリスは慌ててお尻を向けて、落ちてくる青い珠を背中のリュックの中でキャッチした。そして、単純な珠の交換で起こった水が不思議と干いていく光景に、興奮気味に見入った。
「あながち見当違いではなかった訳ですね! ふふふ!」
「はは、やっぱ気になることは試してみるものだな! アトラ、ナイス判断だ! あ、もちろんリリスもっ!」
「私のフォローは別にいいんだけど……ってアレ! なんか見えてきた!」
やがて水位が下がり切り、その濡れた窪地に見えてきた一本の謎の棒きれに、リリスは必死に指を差す。
「もしかするとこれが森に隠された宝の一つかもしれないですね?」
美楚羅が顎に手を当て、水底に眠っていた謎の杖のことをそう推察すると──。
「よし、取ってくる!」
「獲ってくる……」
血気盛んなタイキとアトラが、すぐさま干上がってきたその窪地の中へと向かっていった。
「おいコック、これ……食えるか……?」
濡れた窪地から上がったアトラが、遅れてその現場にやってきたコックへと向かい何かを差し出した。
アトラの両手には、たった今捕まえてきたばかりの二尾の魚。活きが良いのか、ぬるぬると身がうねっている。
蛇のように長い全長を持つその生物の首根っこを掴みながら、アトラは知見のあるコックに可食かどうかを問うているようだ。
「……お前ら何やってる。そいつは馬も仕留める電気ウナギだぞ。──もちろん蒸して焼けば食えるがな……」
遠目には、電気ウナギののたうち回る干上がった道を平然と歩く青髪。そして眼前には草髪の寡黙な野生児。
バチバチと音を立ててなおも宙を踊る二尾の立派なウナギを見つめながら、ペコロは額を押さえる仕草で苦笑し、コック服のポケットから鉄串をそっと取り出した。
幸運にも石の鬼の謎を解き明かし、水底から手に入れた宝は、一本の硬い木の杖だった。とりあえず入手したこの宝は、シロツメ支部で唯一の魔術師であるリリスへと預けられることになった。
これでシロツメ支部が集めた宝は三種。
残りの四種の宝を見つけるために、合流した六人の団員たちは、用のなくなったこの場を後にし、また森の奥へと進んでいった────。




