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第25話 ブラックマーケットは、へそくりで

「10、20──ン?」


 アトラが橋上の敵を睨みつつ、またゆっくりと数をかぞえていると、突然橋が落ちていく。


 東西南北、全ての石舞台に架かっていた橋が一様に、暗い海の中へと沈み消えていったのだ。


 終わりを悟ったアトラは、持て余してしまった拳を軽く前に突き出す。すると向こうの壇上で、あっかんべの仕草をしていた男が、腰を抜かしたように後ろに倒れた。


「チキン──」


 アトラは捲れ上がっていた黒いスーツの袖を正し、つまらなそうに拳を下ろし、向かいの三下どもから背を向けた。


 それはアトラが悟った通り、舞踏円月の終わりを告げる合図。全ての橋が落とされ、残された戦士たちにこれ以上の争いをやめるよう示唆している。


「そちらも難なく、きちんと片付いたようだね」


 アキトがまた軽やかな身のこなしで、タイキたちクランの大勢が集っていた石舞台へと飛び戻って来た。


 今やって来た黒髪の仲間に、リリスは力なく杖を掲げ、タイキは元気に欠けた剣を掲げる。アトラは静かに欠伸をし、ミタライは己のギフトで緑の火玉の明かりを辺りに漂わせた。


 シロツメ支部の五人は、全員無事であった。


「はぁ、これ、やっと終わったってこと……」


「ええ、そのようです。あちらを──」


 明かりをつけながらミタライは、東の方向を指差す。


 すると一隻の船が見えた。それはどこか五人の見覚えのある小さな船。船首で両腕を組み突っ立つ強面の顔が、石舞台に首を揃えた五人のことを真っ直ぐに睨んでいた。


 舞踏円月の舞台へと、シロツメ支部の彼らを送ってくれた船頭のラカンだ。迎えの船が来たということに、すぐに五人は気づいた。ミタライの灯した緑の火は、その船を誘う灯台の明かりの代わりだったのだろう。


「タイキ殿!」


 五人が相変わらず窮屈そうなラカンの船を眺めていると、突然、同じ壇上に居合わせていた門下生の将羅がタイキを呼びかけ、何かを投げ渡した。


「ショウラさん、これは?」


 括られた黒い帯を解くと、それはここで皆が奪い合っていた半月の石を纏めた風呂敷だった。


「今の我らには必要ない。成すべき事のために持って行ってくれ。師範もお目覚めになればきっとそうおっしゃる!」


「黒獅子の(たてがみ)で編んだ【必勝の帯】! 竜曜の神技でも素晴らしき健闘を祈る!」


「それとこれも、薬壺に入れた【道摩法師の万能酔い止め】なり! 船旅では足場に気をつけなされ!」


 骨兎羅、和亀羅もそれぞれ役立つであろう物を青髪の剣士へと託した。


「……うん。ありがとう! ショウラ、コツトラ、ワカメラさん!」


 三人の門下生は、礼を言うタイキと同じように頷く。


 結果的には不思議にも、一度は敵対していたはずの現剣流道場、彼らの分の半月を受け取り託されたクランise会シロツメ支部。


「あまりこういう言葉は使わないのですが。気持ちのいい方々、と言ったところなのでしょうか」


 敗北を潔くも認め、認めた次の者へと託す──そんな道場の彼らの行為に、ミタライは少ししみじみと共感を覚えた。


「悪意も善意も表裏一体。一見どうしようもない世の中も、こうして影では案外、上手く回っているのかもね?」


 頂いた善意はありがたく使わせてもらう。

 アキトは被っていた野球帽子を、そっと道着を着た背丈の高い男の頭へと、駄賃代わりに預けた。


「ってコレ……ほ、本当に死んでないのよね……?」


「フフ。さぁね」


 ラカンの船に乗り込んだリリスの目には、不似合いな野球帽子を黙り被せられた大男が一人。

 現剣流道場の師範、羅黄が腰に手を当てたままのポーズで、舞台の中央に仁王立ちで聳えている。


 遠くなっていく道場の皆が見届ける中、緑の火玉を明かりに引き連れた小船が、夜の海を漕ぎ進んでいく。


 水上に浮かぶ広大な石の舞台を照らしていた満月が、浮雲に途切れた。


 落ちる者、去る者、託す者。戦士たちの争った壮大な戦跡を太古の石に刻み、月曜第一の神技、舞踏円月はその終わりを迎える。


 ise会シロツメ支部の五人を乗せた船が、次の舞台を目指し、囲う森の中を抜けて行った────。

















 明け方の海の上をゆったりと彷徨うように船は進んだ。

 およそ1時間半の航海で、五人を乗せたラカンの小舟がたどり着いたのは、海の只中に浮かぶ黒い帆を張った大船の近くであった。


 威圧感のあるその大船の姿形には、五人もよく見覚えがある。サイカンの港から出る時に、タイキが間違えて乗船しようとしたあの大きな船だ。


「あんたさんら。おかえり〜〜〜」


「ぶはっってぇ!?」


 リリスは小舟で飲んでいた紅茶を思わず口から吹き出す。


 銀髪に着物姿。大船の甲板の上で、黒い扇子を優雅に扇ぎながらいるのは──iseサイカン本部の本部長、兼マリモ商会の代表でもあるマリモ、その女本人だ。


「なんや風邪かぁ〜〜〜、病人は海にぽいすんでぇ〜〜〜、なんて冗談よ〜〜〜ふふふふふ────何してはんの、はよ上がり」


「でゅべっ!?」


 リリスは一人、小舟の上でずっこける。甲板から出迎えるマリモ代表のおかしなテンションの落差に、むしろ風邪を引きそうであった。


 そうこう雇い主とパートナークランの面々が楽しい掛け合いをしている間にも、船体の下近くに寄ったラカンの小舟が下ろされたロープに吊るされて、大船の甲板の上へと回収されていった。



「うちの見込み通り、全員無事やったみたいやな」


 マリモはシロツメ支部の四人と、貸し出していたサイカン本部の団員であるアトラのことをそれぞれ眺め、満足そうな仕草で皆の無事を祝った。 


 しかし、マリモは扇子を手のひらの上にしばしば叩きながら、どこか落ち着かない様子にも見える。


「ほな、いこか」


 引き連れていた部下たちが食事のテーブルや準備を組み上げていた中、マリモはしびれを切らすようにそう宣った。


「ふぇ? 行くって……どこへ?」


 やっと一息をつけたリリスは、していた背伸びを途中でやめる。きょとんとした表情で口を半開きにしたまま、マリモのことを凝視した。


 既に食事のテーブルについていたタイキとアトラも振り向き、マリモ代表の方を覗く。


 すると、閉じた扇子がすっと動き指したのは、甲板下の船内へと続く暗い昇降口であった。


「もちろんっ、たのしいたのしいお待ちかねのショッピングっ」


 上機嫌かつ豪快に扇子を開く。

 マリモ代表は彼女の目的である〝買い物〟へと、五人のことを誘った。







 先導するスーツを着た船員に案内され、一行は幾つもの不気味な黒いタラップを下っていく。


 そしてようやく辿り着いた、閉じた一つ目の模様が描かれた黒い扉を開く。

 すると、閉じていた一つ目の内に潜んでいたミラーがぎらりと発光した。今眩く反射したミラー光に誘われ、一行が目にしたものは──。



 大船の規模からは考えられない、それ以上に広大なスペース。おそらくそこは、船内に備えられたミラールームの中であった。


「そうここが、待望のブラックマーケットや」


 訪れた客たちを、グラスを拭きながらバーテンダーが横目に睨む。


 黒くシックな内装に、散りばめられた見たことのない商品、宝の数々。内装、飾り、絵画、絨毯、シャンデリアに酒まで、ここに置いてある全てが売り物であるという。


 そうここが【ブラックマーケット】。

 着物の裾を整えて、銀髪の淑女が運ばれて来たカクテルを細い指先に挟み受け取る。


 マリモ代表は優雅に両手を広げアピールする。そこかしこに飾られた目移りするほどの未知宝、許されざる者しか入ることのできないアングラな雰囲気の店内、薄明かりの照らす秘密の場所。


 舞踏円月を生き抜いた、月曜の勝者へと送られる最高の闇市。グラスも酒も、宝も心も、望めば全てを手に入れることができる。ブラックマーケットでの買い物の時間が、始まろうとしていた。


 空のグラスをウエイトレスへと預け、パッと咲かせた黒い扇子の裏側で、銀髪の女が潤った唇をゆっくりと舐めずった。









 さっそく、各々がシックな様相の店内に飾られた、本日この時限りの未知の商品を見回っていく。


 やがて青髪の彼が足を止めたのは、やはり──。


「リリスっ、すごいぞ剣もある!」


 ずらりと壁際に立ち並ぶ、いつの時代とも知れない甲冑の兵士。動かぬ彼らが携えていた様々な形の剣を見つけて、タイキは興奮気味にそう言う。


「はぁタイキ、あんたいつもそれしか言わないでしょ。ほんと同じ調子なんだからっ……──あっ! この魔術書っ! すごい古そうっ!」


 リリスはそうタイキのはしゃぎ様を呆れ気味に流すも、甲冑の兵士に紛れて並んでいた神官姿のマネキンが持っていた古い魔術書に興味を持ったようだ。手を伸ばそうか迷うような仕草で、食い入るように見つめていた。


 冒険者になり故郷を旅立つ前はインドア派だったと言う彼女は、この手の年季の入ったものに弱いのだ。


 赤髪も青髪の団員もすっかり、シロツメの市場では中々拝めない、そんなブラックマーケットにある珍しい商品たちに夢中であった。





 神官の手に乗せ、開かれたページにある逆さの文字を、リリスは覗き見ながら読む。

 もう少し先のページも読みたいと、手で扇いだり、露骨な溜息をつくなど色々と策を弄していると、突然横から神風が吹き魔術書のページが捲られていった。


 しばらく上機嫌に魔術書のサンプルページを読み込んでいると、ここでふと、リリスの脳内にある疑問が浮かんだ。


「でもお金ってどうするのこれ? 値札は……見当たらないけど?」


「心配いらんよ。商品が置いてある絨毯や床の色でおよその値段が分かるようになってるから。高いもんはすぐに見分けつくわ」


「お、およそ……確かに床のカラーがところどころ違ってるみたいだけど……ふぅん……」


 リリスの疑問に通りかかったマリモ代表がそう答えた。


 リリスが辺り店内を見渡すと、確かに暗い照明の中でも、床の色が微妙に違うそんなグラデーションが見えた。


 しかし値段の見当の付け方は分かったものの、葬魔七曜血選に少しでも身軽にし挑んでいたリリスに今は、ほとんど金銭の持ち合わせはない。


「そうそうちなみに、〝これ〟で買い物できるんや。あんたらがぎょーさん集めてくれて、ほんま助かったわ?」


 マリモ代表が着物の袖の下から、じゃらりと音を立てて取り出したのは──なんと〝半月〟。舞踏円月で五人が集めたその石の数々であった。


「ってぇ! そうだったの!?」


「なるほど、あの競技は逃げればいいって訳じゃなかったのか?」


 赤髪をそよがせていた風が止む。

 驚いたリリスの隣に歩み寄ったタイキが、マリモの手に取る半月を眺め、合点がいったような表情をする。


「あんなにどこもかしこも敵がわーわーって無茶苦茶だったのに、そこは意外と考えられてるのね……」


 集めた半月がここ、ブラックマーケットではとりあえずの通貨の代わりになる。リリスも今になってようやく、あの石の争奪戦の意味が分かったようだ。


「じゃあジブンたちもそろそろ、買い上げさせてもらおうか」


「って、え??」


「ん〜?」


 突然、マリモとリリスたちの間に割って入るように現れたアキト。彼は悠々と登場するや否や、そう、マリモに向かい言い放った。


 リリスは弾むように驚き、マリモは僅かに首を傾げてみせる。


 彼らから回収した半月の使い道はもう、マリモの中でら決まっているのだ。マリモ自身が欲しい商品は即買い予定、自分にとって価値がなくても知り合いの欲しがりそうな商品にも目星をつけている。それらを代役で購入し、後で売り捌くつもりだ。


 なので、彼らに与える半月のお小遣いは残念ながら手元にはない。親同然であるマリモ代表は、パートナークランの彼らから既に集めた半月をごっそり徴収していたからだ。


 しかし彼女も商売人、底意地が悪い女とは呼ばれたくない。1、2点ならば、何かを諦め彼らのために使ってもいいと思っていることもまた事実であり、部下たちのモチベーションをコントロールするための術でもある。


 だが、そんなマリモ代表の思案と腹算用も裏腹に、彼らが提示してみせたのは──


「ええ、ここに〝へそくり〟が」


 そう言うとミタライが突然服を持ち上げ、捲る。すると、彼女の露わになった細いウエストには紐に括った半月の連なりが、蔓のようにしっかりと巻き付けられていた。


「ははは、こりゃやられたわ」


 ミタライ支部長の取った思い掛けない行動と、腹に肌身離さず隠されたへそくりの在処(ありか)に、マリモは思わず笑い、手元の扇子を打つように広げた。


「……ってちょろまかすようなことして、え……いいの?」


「いくつになってもお小遣いは嬉しいものだろう?」


「お、お小遣いって……」


 アキトは笑い、心配顔のリリスに対しておどけてみせる。相手はマリモ商会の代表、金銭管理のしっかりとした親がいるならば、これぐらいの事をやらねば納得のいくお小遣いを手に入れることができないのだ。


「あはは、ええよええよ。これは舞い上がってたうちの負けや。頑張ってくれたご褒美に欲しいもん買いや」


 マリモ代表は先ほどより大いに笑う。アキトとミタライの腹積もりを見抜けなかった自分の負けを、あっさりと認めた。その場で彼らのへそくりと言い張るものを、回収する気はさらさらないらしい。


「じゃあその寛大なお言葉に甘えようか」


 親からの許しのお言葉を耳にしたアキトは、さっそくミタライからへそくりの半月を受け取る。


(この魔術書買ってくれたり……? ごくっ……)


 唾を飲み、リリスは淡くも期待してしまう。ゆっくりと進んでいく、そんなアキトの一挙一動を子犬のような目で注視する。


 すると何やら、立ち止まりアキトの背を見ていた彼女の赤髪が、不意に横に乱れ靡いた。


「うん……いい子だ!」


「ずてぇ!? たっ、タイキが露骨にアピールしちゃってる……」


 横向き覗いた青髪の熱の入った変わりように、リリスは思わずその場に転けそうになる。


 気合いの入った素振り、いや剣舞とも言えるものを披露するタイキ。やがて、おもむろに商品の剣の刃を鏡のように見つめて、その感触を我が子のように褒め称え頷いた。


 皆がアキトの動向を見守る中──。


 アキトの足が向かった先は、最初の入り口付近にあったバーのカウンター。そこにいる眼帯をした渋い男のバーテンダーに、アキトは指をさし、最初からオーダーを決めていたように告げた。


「36番ワインをひとつ、それとこれも」


「──かしこまりました」


 客が黒の髪飾りの商品をカウンターにことりと、一つ置くと──、グラスを拭くのをやめたバーテンダーの隻眼が鋭く睨み、かしこまる。


 アキトは後ろの棚にある、歯抜けの虚空に指先を向ける。そこに存在しないボトルを一つ指定し、怪しく微笑んだ。

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