第24話 渦と雷
「やはり、初めから身の程知らずの餓鬼はこうして矯正するべきだったな」
羅黄は不意打ち気味に武器として用いた金色の帯に、今腕を巻きつけ捕らえた青髪の剣士を、そのまま石のマットの上へと叩きつけた。
いかなる罠や小細工、雷も、その暴走列車の如き巨躯の男を止めるまでには至らない。
現剣流道場の師範である羅黄は、規格外のその強靭な肉体をもってして、剣士タイキのことを圧倒してみせた。
気づけば貰った、デジャヴのような二度目のダウン。強制的に自分の足元へと、羅黄は未熟者の対戦相手を跪かせる。
あくまで強者とチャレンジャー、この戦いは好敵手同士のような対等なものではない。そう立ち位置の示しをつけるように、羅黄は念入りにタイキのことを挫いた。
しかし、羅黄が再び取り押さえ、状況を制したと思えたその時──。
羅黄は伝う何かを感じ取り、握っていた帯から咄嗟に手を離した。
魔力により硬化させた強靭な帯を、這い上るような電撃だった。
羅黄は思わず、その場から後ろへと距離を取り離れていた。
(何っ……この俺の体・本能が、今後退を促したとでもいうのか)
それは、羅黄ほどの強者が危ぶむほどのとても奇妙な雷だった。
おもむろに立ち上がるタイキ、その腕に巻き付いた黄金の帯は青く染まり、まるでのたうち回る虫のように暴れていた。
修練を重ね気操術を極めた男、羅黄には分かる。その青い魔力が今まで垂れ流しぶつけていただけのものとは〝質〟がてんで異なることに。
波打ち荒ぶる帯のやがて鎮まる様を見た羅黄は、何かをリセットするように深く息を吸い上げた。
「回りくどいのは実は嫌いでな。とりあえず今より湧き出る我が怒りの全てをぶつけ、それで残っていたならばよし!」
そう意味深に宣うと、また一つ、羅黄は長く長く吸い上げる呼吸をし始めた。
しかし、吸い上げられていくのは透明な空気だけではない。地が震え礫が踊る、石の舞台を囲う水面から吹き出した水が、四方八方から掲げる男の右手に集まっていく。
「気操術:【渦威】────海より焚べた我が忿怒、降参するなら剣を捨てい!!!」
左片手を腰に当て、鬼の形相で敵を睨みつける。威嚇、威圧、威厳をもって、右手に忿怒の奔流を宿す。丸々毛糸のようにひと纏わりに編まれたそれは、なおも渦巻き続け戦場の空気を支配した。
しかし、渦巻く水玉を掲げる悪鬼の如き男に、問われた剣士は剣を深く握りしめた。金色の帯を己の指と柄の上から巻きつけるようにして、決して退かない覚悟を示してみせた。
もはや何も問うまいと、悪鬼は渦巻く水玉を光る切先に向けて、勢いよく腕を振り抜き投げつけた。
「避けぬか! それは甘いぞ! ぬかったか!!」
この技の性質を見切れないとは、甘い。ただの水玉ではない、投げ放ったそばからそれはぐんぐんと膨張し始めた。
小玉はやがて元の規模より数倍の大玉と成り、剣を構えたままでいたタイキの視界一面をみるみると覆い尽くし迫った。
渦巻き回転を続ける【渦威】を、その小さな剣先で受け切れやしない。
だが、タイキは前へと向かい渦巻く奔流の景色へと、今──勇ましく飛び込んだ。
「真正面から来るか!? 蛮勇にもッ!!」
その飛び出しは致命的。命を顧みない蛮勇の類。しかし余程の手と勝算がなければ、できない行動にも見えた。
羅黄は決して手を抜かない。この忿怒、激流に警告を無視して飛び込んだ一人の剣士に対して、容赦はしなかった。
そしてバチバチと青白く光る剣を掲げ、前へと飛び込んだタイキは、正面に地を削ぎ迫る水の暴威を、真正面から斬り裂いた。
技に対し技をぶつける。力勝負に打って出たのか。しかし剣も雷も、海を裂くことなどできやしない。そう、できやしないはずだった。
縦に刃が通った激流の塊は、激しい雷光にさらされて、一瞬その動きを止めた。
すると静止した巨大な水玉は、摩訶不思議にも裂かれた傷・綻びから、まるで逆噴射するように雷の魔力を迸らせた。
渦巻く暴威、渦威が牙を剥いたのはなんと羅黄の方へと。重く投げ返されるように、雷のエンジンを得た大玉が逆行し進み始めた。
「フッ……そうか、まだ……浅かったか!!」
悪鬼がそう笑う。
こぼれる笑いを堪えれぬ道場の師範の目に映ったのは、渦の外を這い回る百足の如き雷光。
逆流し己に迫る、【渦と雷】を、男は両腕を大きく広げて抱きかかえた。
「示現……タイキ・フジの……ギフト……!」
ミタライは目撃した。
青く這う彼のギフトの真の輝き、その姿を。そして渦巻く海をも斬り裂いた、マントをはためかすその勇姿を。
「なるほど……あの百足がこうなるとは……考えたね! フフフフフフ、アッハははははは」
アキトは笑う、笑わずにはいられない。
百足の如きただの青き雷が、痛快にも海をも支配したその成長に。
仲間たちの見つめる石の舞台上で、吹き荒れた全ての暴威が、魔力が、技が、フラッシュする。
やがて四散し飛び散る渦と雷、戦いを制したのは────。
水玉は弾け、静まる戦場に雨が降り頻る。
不穏に放電しては明滅する、雷光が作る虹のアーチ。
その下には、道着を纏う偉大な姿が太い両足でなおも聳え立っていた。
「やれやれ、これは久々に一杯……食わされたな────」
依然、巨躯の男は倒れない。緑のマントを揺らし降り立った青髪の剣士を見つめて、髪を濡らした鬼が笑う。
「「「師範! 師範!」」」
白煙を上げる大きな師の背に、道場の弟子たちは駆けつけた。
「立ったまま気絶してやがる」
するとタイキの隣に忽然と歩み寄ったスーツ姿のアトラが、直立不動で立ち尽くす大男の目を見て、ぼそりとそう言った。
現剣流道場をその一身に背負う羅黄は決して倒れない。相手の技を真正面から受け止め、その力を褒め称え、笑いながら立ち気絶した。
そんな豪胆で偉大な男の様を見て、タイキは構えていた折れた剣を、やっと腰元の鞘へと納めた。そして今になって一度頷き、立つ男と同じように戦闘の緊張を解き笑ってみせた。
「ねぇ……アレって……か、勝ったってことで……いいの?」
「あぁ、タイキの勝ちさ。大勝ち。フフフ」
「お……大勝ち……!」
恐る恐る問うリリスに、隣で観戦していたアキトがすぐに答えてみせた。
「大勝ち」その大雑把な言葉の意味は、羅黄という格上の戦士をルーキーが倒してみせた際に出た感想なのか、それとも彼が予期しあてがった順当なる結果であったのか──。
隣の男のことを見つめるリリスには分からない。ただ、アキトの口元は、湧き出る喜びや昂りを隠しきれずにいたようであった。
「タイキ・フジ。彼の心臓は……鋼でできているのでしょうか」
また一つ難題、難敵へと自ら飛び込み彼は成長をする。
それを一言に勇敢や勇気と呼ぶだけでは片付かない。他の冒険者にない多大なる力と魅力が、タイキ・フジにはある。
激闘の模様を最後まで見届けたミタライは、鬼を討った剣士に対して、そう思わずにはいられない。
現剣流道場と、ise会シロツメ支部。
二つのクランが口約束にも了承し行われた各自団員による一対一の戦い。結果、美楚羅と羅黄を破ったシロツメ支部が二戦二連勝を果たした。
決着はついた。
対し睨み合っていた敵も味方も誰もが、ひび割れた戦いの石舞台の上へと、激闘を演じた二人の戦士の元へと、橋を渡り続々と集まって来る。
重なっていた足音を止める。これ以上の争いは無粋。門下生たちは言葉ではなく、揃って深く頭を下げて、並び立つ敵に対して礼をする。
まだ冴え冴えと、夜空を放電し彩っている奇妙な虹の橋の下に、戦いを終えた二つのクランがずらりと会する。
冒険者アキトも支部長ミタライも、今強き戦士たちが揃ったそこに、この無法である舞踏円月の〝真意〟を垣間見たのであった。
「あそこまで本気にさせた師範を打ち負かしたその力を、是非とも我ら現剣流道場に!」
「目覚められれば師範もそう言うに違いない! あの美楚羅が一目で戦いを望むのも当然であった!」
「その魂を震わせる雷剣と我らの拳で、共に武の真髄を!」
将羅、骨兎羅、和亀羅、三人の門下生から熱い勧誘を受けるタイキ。彼らの師範を打ち負かした若き青髪の剣士に、敵、味方を問わない賞賛の言葉と注目が集まっていた。
「あはは、えっとそのまぁ……ありがたい話だけど、今はまだ──うん。先に成さなきゃならないことがあるんだ」
「「「……成さなきゃならないこと?」」」
青い髪の影に宿る彼の赤い瞳が、真っ直ぐと答え頷く。彼が見つめる先、いや笑うも真剣味を帯びたその瞳の奥にあるもの。それは一体どんなことなのか──静かにざわつく三人の門下生たち。
しかしその時、いつの間にやら。
『頃合いだッ! 今の奴らは満身創痍だ!』
『馬鹿め、いくら強くてもこれはそういうゲームじゃねぇんだよ武人風情ども! この世に情けなんて欠陥なルールはねぇ! ハハハハハ!!』
『これこそ舞踏円月の真意にして最上策! 包囲ッ! 殲滅ゥ! 下剋上だ野郎どもオオオオオオ!!!』
四方、いや八方の舞台を既に謎の顔ぶれに囲まれていた。
東西南北、橋の先、見渡すばかりの個性豊かな敵勢に、現剣流道場とシロツメ支部は完全に包囲されていたのであった。
「これはこれは、パーティーはもう終わったというのに。何を考えているのやら……フフフ」
「強い駒を取るための、暗黙の同盟と言ったところでしょうか」
アキトは両手を広げ、笑いながら首を傾げてみせる。既に多勢の敵クランに囲まれた状況にも、ミタライは動じずそう呟いた。
「ってぇ!? いつの間にこんなに!? もしかしてコイツら全員こそこそ外で待ってたってわけぇ!? そんなのアレじゃない! えーっと……ハイエナ行為じゃないのよ!」
ハイエナ行為。
驚き屋のリリスがそう叫ぶのも無理はなかった。舞踏円月に隠されたもう一つの真意。潰し合い消耗をしたクランを狙った狡猾な悪意が、今自分たちをぞろぞろと囲み、下卑た笑みを浮かべているのだ。
「ハイエナをご存知で?」
「っ!? 今はそこ、どうでもいいでしょ!」
「ふふふ、確かにね。──清々しい勝利の後だ。ずけずけと、じめった悪意にさらされるのは、少しばかり気分が悪いね」
リリスの見たアキトの面構えから、一瞬、笑みが消えた。包囲した敵勢のことを、どうやら彼はあまり快くは思っていないようだ。
「屑どもめ!」
「そちら方はお休みくだされ、ここは我らが!」
「応とも!」
門下生三人がシロツメ支部の皆に休むように促す。道着の帯を一様に締め直し、悪敵を迎え撃つ気合いと覇気を込めた。
やがて、石橋を渡り押し寄せてきた敵の先陣。もはや衝突は避けられない。シロツメ支部も休まずに、現剣流道場と今は共に敵を迎え撃つ準備をする。
そんな揉みくちゃの衝突が予想された中、いの一番に敵の侵入を防ぎに駆けたのは──。
緑の髪に黒いスーツのその姿。アトラが今、意気揚々と舌を舐めずり飛び込んで来た、敵の氷斧を受け止める。
「3、5──」
数字をかぞえ、氷の刃を片手に押さえながらアトラは静止する。
「ぐぎぎ!? ざけんなッ、凍てつけッッ……イテこま」
刃がまるで岩壁に挟まったようにそれ以上動かない。それでもそんなはずはないと、斧の戦士は眼前のクールな澄まし顔を睨みながら歯を食いしばる。凍てつくギフトの魔力を上げ、氷斧を押し込もうとするが──。
「……20」
氷の斧がパキリと砕け散る音を立てた。
そして砕け散った氷の欠片を視界に、斧の戦士が顎を外したような驚愕の表情でフリーズしていると──。
キラキラと光る氷の粒と冷気の中から、勢いよく飛び込んで来た拳が、斧の男の顔面を捉えた。
石橋を渡っていた賊たちが、今猛スピードで吹き飛んで来た人体に、あれよあれよと連続しのしかかるドミノ倒しのように倒されていく。
たったひと殴りの威力が波及し、水面に無惨にも落ちていく十数の敵団員。
「25、30、35──」
東の橋から来た敵を一列に掃除したアトラは、今度は南の橋に向かい、不気味な数字を唱えながら、今殴り披露した右の拳を軽く掲げる。
すると、その異様な黒スーツの男の様に怯え恐れをなした南方の雑兵たちは立ちすくむ。そして、渡っていた途中の石橋を我先にと慌てて引き返して行った。
「ええい何をやっている! こら逃げるな! 逃げる恩知らずは、そのほっぺを片っ端から刺して貫くぞ!! 主力の消耗した連中など、一斉にかかればなんてこ──」
後退は許されない。寄せ集めたクランの指揮を執る海賊帽子の女は、カトラスを片手に振り回し逃げ惑う団員たちを威圧した。
「烏合の衆、お呼びじゃないね」
しかしそんな喧騒とパニックの中。今音もなく、冷たいレイピアの刃が、うるさく指示を叫んでいた女の喉元に、後ろからそっと添えられていた。
「っぎ!? 敵っ!? いつの……ま……」
気配など全く感じなかった。紺色のボーダーの入った水兵帽子を脱ぎ、部下に化けていた謎の男が、海賊女の耳元でそっと囁いた。
「悪いね。でもパーティーの最後には、美味い紅茶を飲みたいだろう? ──フフ。しみるほど」
喉元にあてがわれていた細い刃の切先が、白肌の頬に向けられる。
頭からそっと外された海賊帽子、びっしょりと濡れた赤髪に吹いた寒風。
己の頬をぷすりと、寸分も動じぬ敵の刃に貫かれる前に、女指揮官は震える手に握っていた無意味なカトラスを手放した。
「……ご協力どうも♪」
女の被っていた威厳ある帽子、刺繍された金の髑髏のマークを細い刃が貫いた。逃げ惑う水兵の一人に化けていた道化師は迅速に用事を済ませ、仲間たちの方に目線を戻す。そして、今うっすらと笑みを作り浮かべた。
所詮は烏合の衆。結局敵の目論みの通りには足並みは揃わずに、その場限りの敵対同盟は脆くも散り散りに瓦解していく。
強き者、弱き者、賢き者、それぞれが月光に照らされた丸い石の舞台上で、生き残る為の最善の道を選び取る。
そしてこれ以上の波乱や下剋上は起こらず、葬魔七曜血選、第一の神技──舞踏円月の大勢は決したようだ。
トランプメンをお読みいただきありがとうございます。
この小説をおもしろいと思った方は、評価、感想、ブックマーク登録のほうでぜひとも応援をよろしくお願いします。やる気が……出ます!




