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第10話 黒い翼と謎のギフト

 戦いの火蓋は切って落とされた。


 ウッドフットの森の中の湖畔の前。魔物も寄り付かないその澄んだ静寂の秘境へと、誘われたのは彼の方だった。


 鏡の如き湖の水面に、激しく踊る緑が燃え揺らぐ。


 木々の間の暗闇からユラユラと現れた緑の火玉たちは、ミタライの振るう槍旗のタクト一つで、四方八方からアキトへと攻撃を仕掛け続ける。


「貴様のような奴は必ずこの機会っ、隙を見せるものならば闇夜に乗じて乗っ取りに来ると思っていた。だからこそ、この森のあちこちに念入りに忍ばせていた、私のギフトを」


「なんだ、そこまでして歓迎してくれるだなんて相思相愛じゃないか。ジブンたちって案外気が合うんじゃないかな? 今度ひっそりとしたカフェでデートでも」


「戯言をぬかすな。新人の二人の影について回る貴様のような奴が、これ以上現状をかき乱すことを許さない」


「ふふふ。じゃあなぜ劇薬と分かりつつジブンを招いたんだい、こんな懐にまで。てっきり喜んで受け入れられたのかと思ったよ」


 アキトは拾ったばかりの剣を操り、纏わりつく幽霊のような火玉たちを素速く切り払う。しかし切り開いた道を進み、槍旗を握る彼女の方へ向かおうとすると、また緑の火が彼の目の前へと「ぼっ」と吹き現れその道を塞いだ。


 多方から押し寄せる緑の軍勢は、BB級の剣士に一切の隙を与えない。ミタライの指揮と精密な魔力コントロールにより、手堅い包囲の守りと狡猾な攻めを同時に続けて見せている。


「外より内の方が仕留めやすいと踏んだからだ。その穢れた悪意ごとなっ!」


「ほぉー、それは賢いっ! しかしジブンを討ったところで、〝変わらない〟のでは? ふふふ、あなたの抱える悪意は、きっともっと根深いものに見えるよ。良かったらジブンがその大袈裟な恐怖、取り除いてあげよう」


 悪意を恐怖と呼び直す。アキトはミタライの根底に潜むものを見抜いたようにそう言った。


「何も知らない奴はいい。目に見えた気に入らないものを叩き、安直な変革を望むだけでいいのだからな」 


 それでもミタライはアキトのことを認めない。彼、いや彼らが進むのは破滅の道だと支部長という他より高いポジションにいる彼女は知っているからだ。


「貴様の運命は、その剣のようだ。握りしめて疑わない。そんなもので竜の首を取れると信じている。実際にはこの程度で折れるとも知らずに」


 絶え間なく湧き続ける火の玉の軍勢に、ついに熱された剣の方が先に折れた。彼女の実力、そして握る剣を測り間違えたのは、彼の方であった。


「ふふっ、とても良いポエムだね……」


「一切の容赦はしない。貴様の犯した過ちと死を受け入れろっ! 冒険者アキト!」


 最後の最後まで道化師のようにおどける。だが、ミタライは手を緩めない。その男の余裕さえ焼き尽くす覚悟が彼女にはあった。


 一斉に向かい集う。容赦のない緑の火が、重なる炎となり襲う冒険者のことを燃やし尽くす。


 「これでいい……」彼女は揺らぐ心に確かに呟いた。


 だが、呟いた時にはもう。


 燃えたぎる彼女の特別なギフトが、燃え尽きないそして火の中でも踊り続ける──彼の〝笑う魂〟に触れていた。その事に気づいてしまった。


『そうだね。やはりジブンには、ごろつきの扱う安い剣は似合わない』


 彼女の算段し描いていた勝利の光景は、突如吹いた一陣の凄まじい風に吹き飛ばされた。


 全身を包む緑の炎を内側から食い破るように現れたのは、一人の男が構える重厚な深緑の盾だった。


 風が蹴散らした、火を全て。焦げ跡一つ彼の身につく前に。


「ここからは〝過去を盾〟に、頑張らせてもらうよっ」


 剣が折れ、窮地の中。身を包んでいた豪炎を消したのは、爽やかな風のギフト。


「盾……バークローズの……紋章……!」


 ミタライの目に見えるそれは、ただの流浪の冒険者ではない、この国を守護する者にのみ身に付けることを許された紋章。一風変わった、だが威厳の宿る三つ葉の盾を構えた謎の騎士の姿だった。








 三つ葉の盾から吹く風は彼のことを守り続ける。火を消すほどに強く吹くそれが、一層に彼女の心を苛立たせた。


「守るべきものもない奴がっ! 手に取る盾などっ!」


「確かにジブンは一人の方が気が楽さ。でも普段は目立たない影にいる分、裏でこそこそ過激なことをする奴らのことが嫌でも目に付いてしまうものさ。……正直、君たちise会のような大所帯の有名連中は、鬱陶しいと前から思っていたんだよね! ほら、国家の兵よりクランの方がぶくぶくと増長すると大概ろくな事にならないだろう? そして、ジブンの予感は的中した。──そこでだ、あの時偶然拾った若くて才気溢れるこのタイキという青年のことを、とりあえず仮の王に仕立ててみてはどうかなと思ったわけさ♡ もちろん君にはその座をどいてもらうことになるんだけどっ、いいよねっ?」


 男の口からべらべらと垂れ流された妄言とその本性に、彼女の心は風に揺られた火のようにまた乱れる。


「自分が気に食わない……一時のそれだけの軽い感情で邪魔をする。タイキ・フジを仮の王にだと……馬鹿を言え、あの程度の雷では決してヤツを……既に熟し切りなおも成長を続ける……ise会の体制は変えられない。それなのに何故乱す! 何故笑う! 勝算など何もなくっ、何も知らないルーキーを影から傲慢にも操りっ、私たちシロツメ支部が全滅するのを傍で眺め楽しんでいるのか! 敵の姿も強さも知らずっ恐怖などとほざく貴様は!」


 目の前の男は各地に支部を構えるise会の地盤、その強大さ、そして先生と呼ばれるあの男の化物じみた強さを知らない。だから〝恐怖〟などと薄っぺらい言葉に変換し、自分に笑い吐き捨てることができる。

 サヤ・ミタライは決してタイキ・フジを王などと認めない。仮にこの座を誰かに譲るとするならば、それは最後の最後、己の身が最終目的を果たせずに朽ち果てたその時だ。BB級まで躍進したその成長力と実力は認めるものの、決して奴を相手取るには足りない。圧倒的に力が、魔力が、ギフトが、足りやしない。彼女の過去にそして脳裏になおもこびりつくように、大きな影を落とし続ける悍ましいあの光景に、──そう確信している。


 ──あのルーキーはやはりこの森で死ぬべきであったと。


「そうさ楽しみたいからさ、異世界を。しょぼくれた子犬のような目で大事なものを黙って差し出すような貴女とは、スタンスが違う。それだけさ。それに──完全なる服従なんてつまらない、そうだろう? 個人の意志や血が通わない単純なギフトの強さだけが正義、そんな毒々しい世界、一度中からひっくり返して見る方が面白いに決まっているだろう。フフッ」


 やはりこの男はその寝言を垂れ流すのをやめない。まるで先だけを笑い見据えている。無責任にも。

 この男の場合はどうせ虚言、嘘まみれ。だが、強烈に吹く風のギフトとその上辺だけなぞったその綺麗事が、ミタライの過去に見てきた今はもういない〝彼女〟の姿にぼやけて重なった。


「っ……! それだけの強さをこそこそと無駄に浪費しておいて、取ってつけたような綺麗事を並べるなど笑わせるな! ……何故……今になって貴様のような奴が現れる。彼女と同じ風のギフトが……何故、私のプランを邪魔をするように吹く……! 黙って見ていられない!」


「──同じ? ふふふ、それは誰だか知らないお方だが、きっとジブンと馬が合うということなのだろうね! そうっ、目の前のこのお馬鹿さんを好きにぶっ飛ばせってね! 風がびゅんびゅんとそう囁いているよ、ハハハハハ!」


 ミタライの構えた怒るように燃え盛る槍旗ごと、三つ葉の盾から吹く風が吹き飛ばした。


 旗に灯っていた緑の火は消え去り、湖畔の水際まで彼女は猛烈に吹き飛ばされた。


「さて……そろそろ終わりにするか。タイキたちもまだミラールームで待っているだろうからね。面白いモノを見つけるとつい、無駄に長引かせてみたくなるのはジブンの悪い癖だ。──君の残したシロツメ支部の〝戦力〟は、大事に使わせてもらうよ」


 それを戦力と捉えるこの男が向かう先は、更なる戦い。故に破滅。〝彼女〟の残したise会シロツメ支部はきっと──。

 地に伏したミタライはもう、スベテを覚悟するしかなかった。


 ゆっくり、ゆっくりと足音が近づいていく。全てを奪う足音が。


 ミタライはもう迷わない。彼女が最後の最後に手を伸ばしたのは、奴に捧げる為にとっておいた新製品。黒ずんだスティック状の怪しげな製菓を口元へと運び、齧った。


 足音が止まる。地に据えられた白い喉元を目掛け一突きに、アキトが握るナイフを振り下ろしたその時──。


 黒い炎が勢いよく彼の視界全面を熱く覆った。


「……!?」


 ナイフを完全に振り下ろす刹那手前で、歪な魔力の振動をキャッチした。アキトは咄嗟に盾を前へと構えながら、その場を後ろへと飛び退いた。


『……貴様だけは倒す。例えこの身を引き換えにしてもッ!』


 すっきりと整っていた水色の髪は伸びきり、身に纏う衣も全て燃え尽きた。


 傷付いた彼女が片膝から立ち上がるその姿はまるで、黒い翼を広げた堕天使のようであった。


 黒炎の翼。それは今までのような幻想的な美しい緑の光など宿さない。暗い森の中でも煌々と燃え盛り続ける不気味な漆黒の炎であった。


「……ただのギフトの酷使、ではなさそうだね。……なるほど、そういうプランか」


 傷一つ付かなかった深緑の三つ葉の盾が、その守る表面に焼き焦げた不穏な痕を作った。


 今彼の目の前に痛む片翼を広げ現れたそれを、小綺麗な森の案内人などとはもう呼べない。

 熱量・魔力共に規格外。冒険者アキトを処刑するために、ギフトを自ら暴走させ生まれた禁忌の存在であった。








⬜︎

【製菓GF10-8:魂種(コンシード)

魂の残滓を固めた黒いスティック状のお菓子。

サヤ・ミタライが彩光都市シロツメに構えるじゃがいも製菓【ポテっち】の工場で、上納する新作のフレーバーを開発する際に偶然できた副産物。


作業工程で残った数多の魂の残滓を固めたものであり、味は腐り果てた泥のようである。


一定量を食した者にはギフトの一時的な強化が得られる効果があるが、一度強化されたギフトは宿主の体力と魔力の限り、制御のできない暴走を続けると考えられる。


決して表には流せない未完成品であった。


⬜︎





 片翼を振るい前方へと払い浴びせる黒い炎は、吹く向かい風に阻まれながらも、その深緑の三つ葉の盾をじりじりと焦がし続ける。


「貴様だけは!」


「ジブンのことがそんなに気になるかいっ。嬉しいねェ! そんなにギフトを怒り滾らせてくれる相手なんていないからねェ! ……貴女からの情熱的な誘いにはぞくぞくさせられるが、しかしそのペースっ燃料切れも早そうだね。少しお休みになられては、おっと! どうかな? ふふふふ……」


「もうそのような戯言はうんざりだッ、ただの一言とて聞き入れるつもりはない! ただ……貴様の持つ愉悦を望む醜悪なその悪意だけはどうしても逃さない! 焼き尽くすッ、彼女から継いだクランにはお前のようなペテン師の居場所や痕跡など塵一つ残さないっ! お前の画策する思い通りになると思うなッ、決してお前が手を叩き笛を鳴らし喜ぶような無謀な破滅へと向かわせない! 今際の際の私の望みはそれだけだっ! だから死ねッ! 目の前でくたばれッ! 下手な笛を吹く鼠めッ!」


 ミタライは怒り狂う。一糸纏わぬその裸体の姿で左から生えた黒炎の翼を扇ぎ、目の前の奴を焼き尽くすまで怒涛の攻撃を仕掛け続けた。


 されど嘲笑うかのように、ひらりひらりと躱すステップ。そして風の魔法の吹く三つ葉の盾で、降り掛かる黒炎を堅実に受け止める。

 笑う冒険者アキトという男は、裏腹に冷静かつ狡猾にも自らその得体の知れない黒炎の中へは攻め入らない。暴走し力を高めた彼女のギフトの、そのタイムリミットまで逃げる腹積もりなのは明白だった。


 しかし、そんな風音を鳴らし踊り続ける男を、追いかけ続けた彼女の執念と火の舞が、一瞬だけ僅かに上回った。


 彼女の執念が服へと燃え移った。それに気づいた男は、すぐさまその黒炎の火種を消そうとするが。


「無駄だ、いくら振り払おうが消えやしない。それはただの火・魔力じゃない、私のギフト【ウィルオウィスプ】は魂を焼き尽くす炎。貴様の腐った性根をいずれ燃やし尽くすまで決して消えることはない!」


 手首の布地に燃え移ったかのように見えた黒い火は、その袖を千切っても彼の肌に手枷のように纏わりつき消えはしなかった。


「……なるほど。魂に干渉することができる稀有なギフト……。それで君が支部長として重用されていたわけか」


 ウィルオウィスプはただの森の案内人の火玉ではない。霊的な性質を併せ持つ特別な火、今は黒く燃え盛る炎としてそのギフトの力を昇華していた。


「そうだ……。貴様はこのままただで消すつもりはない。貴様がシロツメ支部の全てを奪うつもりならば、私は貴様という人間の全てを燃やし尽くし、奪い尽くす! 文句など言わせないっ!」


 ミタライはギフトを燃やしながらそう言った。アキトへと燃え移った黒炎がなおも勢いを増し、彼の身に纏わる範囲を広げていく。


 彼女の狙いは、冒険者アキトの魂──即ちこのまま焼き尽くした時に残るそのギフト。強化したウィルオウィスプが己の身を蝕む中冷静にも彼女は、その狙いを変えていた。


 ise会シロツメ支部を乗っ取ろうとした邪魔者を処理しつつ、後にクラン員に託すギフトまで同時に用意する。サヤ・ミタライ支部長が最後に打ち立てた決死のサブプランであった。


「そういうからくりか……ならば訂正しよう。君はどこまでも冷静で優秀なギフト使いのようだ。ドーピングまがいの行為を犯したとは言え……ここまで至るとは、素晴らしい研究と努力の成果だ。だ・け・ど──」


 黒炎にほぼ半身を包まれながらも、冒険者アキトは三度仰々しく拍手を鳴らし、負け惜しみにも見える賛辞をミタライへと送る。


「お互い理解を深めれば、こういうこともできるわけだ」


 すると、彼はまるで黒い衣をその場に脱ぎ捨てるように──己の身から、消して振り払えず消えないと言われていたその黒炎を剥がした。


「ナッ……だと!? なんだ……不快な……それはッ……!?」


 奇妙な仕草で悠然と危機を脱した彼の代わりに黒く燃えていたのは、──なんと宙に浮かぶ謎の石だった。

 口をぽっかりと開いた、人のような獅子の顔にも見えるその円石は、どもった不快な呻めき声を上げていた。


 ミタライは今、目の前に並ぶその光景を全く理解が出来なかった。


 突如現れた謎の浮かぶ円状の石像が、彼の魂を焼き続けていた脱することのできない黒炎を、肩代わりするかのように全て引き受けていたのだ。


「え……これ? ふっふ──【ジブンのギフト】」


 冒険者アキトは、口を開けたまま燃え続ける円石を隣見ながら微笑する。

 彼の魂を束縛しようとしていた黒い業火を引き剥がしたのは──【彼のギフト】。嘘か真か、一人に一つあるそれが、この世に示現(じげん)した姿であった。

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