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第11話 不知火──彼女へのギフト

 今もなお燃え続けるそのマンホールの蓋のような形の円石が、彼の【ギフト】だと言う。


 使っていたのは盾から吹く風のギフトのはず、そんなはずはない──そんな奇妙な宙に浮かぶ石で黒炎を抜け出すことなどできやしない──。


 あり得ない光景を目の当たりにし、ミタライは狼狽えた。


「気ままな冒険者アキトとしてはまだ活動していない時期。ジブンは異世界のとある威厳ある城に召喚された日から長年、そこで真面目に仕えている内に、このジブンの扱う便利なギフトというものにどうも疑問を持ってしまってね。そこである時ふとギフト自身に抱いていたこの謎を問いかけ続けた結果──最終的にその問答に勝ち、見返りで、得体の知れないこんなものがいつでも呼び出せるようになったんだ」


「ギフトに問う……馬鹿な……」


 その円石のギフト自身が何か明確な意思を持っているようにも見えない。ただただ石のようにじっととどまりながら、不快な呻めき声のようにも聞こえるものを、開きっぱなしの間抜けな口から空気を震わせ上げていた。


 果たしてそれは三つ葉の盾から自在に吹かせていた風のギフトとは別物なのか。一人の体にギフトを二つ以上持つことは通常はあり得ない。

 本当はその浮かぶ石が風を吹かしていたのか、未だ隠している別の力があるのか、それともこれで一つのセットなのか、彼女には並べて見えたその男の提示したからくりを即座に見抜くことは困難であった。


「ま、【嘘】なんだけどね」


「世迷言をっ、もう一度燃やしてくれるまでっ!」


 やはり出鱈目か真実かなど考える必要はない、ただ燃やし直せばいい。導かれた答えは至極簡単なものだった。

 ミタライが男の言動に惑わされず、また動き出そうとしたその時──。


 アキトは唐突に指を鳴らした。すると彼女の四方を取り囲む地から爆発音が鳴り響いた。


「リスは見つけた餌を隠さずにはいられない。足元にご注意を」


 冒険者アキトはミタライの黒炎から逃げ回りながらも、ミラールームでの戦いでも用いた【ジバカナッツ】を、なんと、そこかしこに埋めていた。


 それを手伝っていたトランプを寄せ集めて作った一匹の白いリスが、今連続して起こった爆発の中から抜け出し、アキトの肩の上へと登りただのカードへと戻った。


「くっ!? 【ウィルオウィスプ】! ──っ! 火がッ、練れないッ!?」


 突然の爆発に苛まれながらも、ミタライはすぐさま黒炎の翼を全力で呼び覚まそうとした。だがしかし、左肩から出た炎の勢いは弱く、いくら身に宿る魔力を火種にしても湿ったようにそれ以上つかなかった。


 原因不明のエラーが起こった。焦燥するミタライが、ふと、男のいる方向を覗くと、あの浮かぶ円石は未だに黒炎を纏い燃え続けていた。


 目に映る不可解な点といえばそれしか考えられなかった。


「魂に干渉するそのギフトは、当然。逆もあり得る。【ルクラブ4:ハリケーン・ジョーク】!!」


 依然魔力の上がり切らない左肩から流れる黒い小さな火の翼を、アキトの構えた三つ葉の盾が強風を前方に吹かせ消し去ろうとする。


 さらに、盾へと謎の光るカードを挿入する。すると魔力を上げ三つ葉から四葉に咲いた深緑の盾。

 アキトがそれをアッパーをかますように、天へと突き上げると、風は更なる勢いを増し、荒れ狂う龍のようにうねり天へと向かう竜巻と成った。


 ミタライの身が起こる竜巻の中心に揉まれながら紙屑のように飛ばされ、高々と上空へと連れ去られていく。


「さぁ、せめて派手に終わらせてあげよう。ギフトに振り回された、その苦しみを」


 アキトは天へと投げた四葉の盾の上を、トランポリンのように踏み飛び、その身に風を得てもう一度高々と跳躍した。


 そしてトランプを連ね束ねた白き剣を握りしめ、上空へ打ち上げられた無防備な水色髪のターゲットを高速で追っていく。


 もはや彼女の敗北は必然。激しく包む風のギフトに抗うことはできない。


 『己のギフトを抜道で強化した──これでも敵わないのならば……やはり全てが無謀だった。得体の知れない男に負けているようでは、どのみち竜のクビなど最初から取れるはずもなかった。その遠回りの為に犯してきた過ちや後悔は数え切れない。だが、もう何もする必要などない。今はただこの風に抱かれて、早く彼女の元へと……』──全てを悟り放棄する。目を閉じたままミタライは、その最後の瞬間(とき)を祈り捧げるように待った。


 森の湖畔での支部長の女と冒険者の皮を被った男、二人の争いについに決着がつくかに思われた。だが、その時──。


 彼女に向かっていた男の白刃は、天より唐突に降って現れた青い雷に阻まれた。


 命を摘み取りに向かったおかしなトランプソードを受け止められた。道化師の男の頭上、視界前方、そこにいたのは──。


「ははは──やぁ?」


「アキトさんっ、あなたは何を!」


 タイキ・フジ。ミラールーム内で行方不明の冒険者の救助活動を続けていたはずの、彼であった。


 青い髪の剣士は、握る一振りの剣を用いて道化師の剣を受け止める。若き彼の目に映るのは、笑みを作る冒険者アキトの姿。先ほどまで一緒に戦っていた男の姿に相違はなかった。


「そこをどきたまえ。後ろに舞うそれはもう必要のない駒だ。危険だ、ジブンがやろう」


「すみませんっ! それは……できないっ!!」


 その白き刃の向かう先は、裸体で宙に力なく浮かぶ、見覚えしかない水色髪の彼女。


 事情は判然とは分からない、だが今微笑しながらも冷徹な黒い眼光を向ける冒険者アキトは、何か恐ろしいことをしようとしている。


 歯を噛み締めたタイキは迷いを振り払い、握る雷剣に力を込めた。









 道化師はなおも笑う。

 青髪の剣士にまだ僅かにあった迷いを見透かしたように、その魔力で研ぎ澄ませた刃をずけずけと前へと押し込んでいった。


 タイキの剣を握る手に汗が滲む。だが、彼は刃を交えた冒険者アキトに対して、自分の意志を通すことを選んだ。


 刹那──爆ぜるような雷鳴が空に響いた。


 上から被せ一気に押し返したその雷剣はトランプを連ねた玩具の剣を破り、黒帽の冒険者を膂力と魔力で勝り、地に弾き落とした。


 上昇し続けていた勢いを完全に削がれ、地上へと叩き落とされた。アキトは身軽に体勢を整えながらも、すぐ目の前に青髪の剣士のタイキが目を離さず降りて来ていた。


「話を聞かせてくださいっ! 俺に!」


 彼がアキトへと向けているのはマイクではない。一振りの剣だ。


「ふふふ。少し手間取りすぎたか……」


 真剣に見つめるタイキの赤い瞳が、アキトの黒い瞳を射抜き続けている。


 ミラールームをこっそりと抜け出した冒険者アキトが今ミタライ支部長と戦っている──その事情を聞かないことには、彼は容易には引きさがらない様子だ。


「分かった、降参だね。剣をへし折られれば立つ瀬はない、今は君の言う通りにしよう。──ジブンはね」


 焼き焦げたトランプの屑が空から降ってくる。役に立たなくなった焦げた柄を手放し両手を上げ、一転してアキトは降参の意思を示した。


「降参……一体どうしたんですかアキトさん」


 だが、説明はまだされていない。タイキが剣を下げ、事情をアキトに問おうとしたところ──。


「なぜ来た。タイキ・フジ……。来なければあのまま私は……」


 竜巻から落とされ水際に倒れていたミタライが、重い体を起こし立ち上がる。


「……ミタライさんっ! あなたとアキトさんが何故っ! ここまで戦うんですか! 本当に今これが必要なことなんですか!」


 争い合っていた二人にちょうど挟まれた位置にいたタイキは振り返り、ミタライへと叫ぶように言葉を投げかけた。


「……私にはお前にそれを話す資格はない。もう、どうなろうがいい……」


 その時、俯き加減の姿勢でいた彼女の全身を、突然黒い炎が静かに包み燃え出した。


「それはっっ……!」


 タイキは今ミタライの身に起こった変化に驚いた。


「これはきっと今まで世話になった己のギフトを愚弄した罰だ。……タイキ・フジ。お前は真っ直ぐだ。その生き方はきっと困難を極める。だが……例えどんな道を歩もうが、こんな風に惨めにはなるな。そして、シロツメ支部のことを頼んだ。望み通り……支部長の座を空ける、私からは以上だ」


 何故彼女はそんな悲しげかつ真剣な表情で、遺書のような台詞を吐いているのか。


「何を言って!? ミタライさんっ!!」


 黒炎に包まれた彼女の元へと、タイキは駆け寄ろうとした。


「来るなっ! 未来のある若者が、決してこの業火に触れるな。……私は敗れた。最後はせめて、一人で、行かせてくれ……」


 だが、強く発した彼女の言葉がタイキのことを遮った。

 耳を貫いた支部長の彼女、その最後の言葉に、タイキは足を止めて彼女の青い瞳の横顔を、じっとその場で黙り見つめることしかできなかった。


 傷んだ片翼を広げた女が、ユラユラと宙を飛んでいく。そしてもう一度だけ振り返り、彼女は微かに地に残した者たちへと笑って見せた。


 湖に背を向ける。風に背を預け、後ろへゆっくりと倒れるように落ちていく。


 宙を流れた儚くも美しい水色の長髪が、やがて夜の湖の中へと静かに音を立てて沈んでいく。


 青年の伸ばす手は届かない。道化師は笑わない。


 夜の湖に浮かぶ光が、まるで不知火のように妖しい光炎を放ち映っていた──。











 青い髪の剣士が剣を地に刺し、燃えるように光り続ける湖の水面を、無力にも見つめる中──。


 後方からその死する美しき光景を見届けていた道化師は、ふと、別の方向を気配を察したように振り返った。


「──!」


 宙に浮かんでいた円石の炎がおさまっていたのを、彼は見つけた。すると、彼はまだ煙を上げていたその獅子のような顔をした円石の口へと、右の手を躊躇なく突っ込んだ。


「ギフトに世話になったか……。どうやら彼女は運がいいらしい。──彼女のギフトはまだ、役に立ちたいと言っている」


 腕を深くまで突っ込んでいた右手を獅子の口から抜き出すと、何かカード状の物を彼は一枚手にしていた。そして、冒険者アキトはそれを手にし急に黒く燃える湖へ向けて走り出した。


 一体、どういう風の吹き回しか。駆ける足はやがて泳ぐ足へと、一直線に底まで沈もうとしていた彼女の元へとスピードを上げて行った。


『いいね。君を死なせると、どうやら彼もギフトも怒ってしまうようだからね』


 水中でも消えずに燃え続ける黒い炎に包まれた裸体の彼女に追いついたアキトは、燃え移る火にも構わず拾い上げた彼女の胸に、そっと手にした一枚のカードを貼り付けるように添えた。


 すると、黒く燃え盛っていたウィルオウィスプの炎は、やがて穏やかな緑へと明滅する光を放ちながら、落ち着きを取り戻したように、彼女の身に宿る魔力を燃やし続け纏わりつくことをやめた。


 眠るように目を閉じた彼女の身を抱えたアキトは、湖の底にまだ四葉に咲いていた幸運な盾を置き、その盾の上を靴底が蹴った。


 そして、凄い勢いで水流に押され上昇したアキトは、飛魚のように湖の水面を割って飛び出した。


 黒く妖しく燃えていたはずの湖が、刹那──緑のオーロラのような美しく幻想的な光炎へと変わった。


 その光景を息を呑み見ていたタイキは、今水飛沫を上げ水際へと降りて来た二人の元に急ぎ駆け寄った。


「アキトさんっ! ミタライさんは!」


 濡れた髪で出てきたアキト、両腕に抱えるぐったりとしたミタライ支部長、近寄ったタイキが脱ぎ捨てたマントを手に二人に心配そうに声を掛けると。


「どうやら人魚姫は、焼き魚と泡になる前に間に合ったようだ、ふふふ……心配はない。少し、彼女のギフトにも嘘をついてみた。成功するかどうかは怪しいところだったが、うん──。今はもうあの黒い炎も、表で勝手に主への悪戯はしないはずさ」


「ギフトに、嘘を……? アキトさん、どういう……」


 ギフトに嘘をつく。タイキには彼が何を言っているのかが分からなかった。だが、ミタライ支部長のことを何の考えがあってか、彼が助けたという事実だけは分かっていた。


「まあっ、今のお疲れの君に話しても伝わりづらいだろうから! 細かいことはまた今度、皆の知恵を集めて話そう」


「あの……アキトさん俺っ、またそんな考えも──」


「いや、また──ジブンが間違えそうになった時は頼んだよ。フフフ。今回のこの選択は君にとってもきっと有利に働くはずさ」


「……!」


 アキトは微笑しながらも、目を細めた鋭い視線でタイキの目を射抜くように見つめた。


 タイキがあの時その剣で止めに入っていなければ、アキトは一体ミタライ支部長のことをどうしていたのか。それも今となっては分からない。


 タイキは驚きつつも歯を噛み締め、ゆっくりと首を縦に頷いていた。


「はぁっ……今日はもうくたくただ。早いところ帰ろうか。──マントありがとね」


「は、はいっ……!」


 冷えた彼女の体を、タイキから借りたマントで包み込む。

 彩光都市シロツメを現す緑の衣と、〝ise会〟の刺繍が縫われたクラン章、そして宿る彼女のギフト【ウィルオウィスプ】が穏やかな熱を放ち彼女の身を温めていく。

 冒険者サヤ・ミタライの物語には、まだその続きが残っていたようだ。


 ウッドフットの森を優しく照らしていた緑の不知火が、そっと湖の中へと静かに沈んでいった。



トランプメンをお読みいただきありがとうございます。ウッドフットの森での夜狩り編はここまでとなっております。次回からはゆったり夜狩り後のエピローグとise会とのいざこざや新展開も考えております。

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