7_永田雅一という男
厩舎の空気というものは、不思議と人の噂が集まる場所である。
馬の話が七分、残り三分は人間の話だ。
その日も、誰かがぽつりと口にした。
「永田さんってのは、変わった人だな」
黒鹿毛の若馬――トキノミノルが飼葉を食んでいる奥で、
人間たちは、その馬の主について語っていた。
馬主、永田雅一。
映画会社・大映の社長であり、戦後日本の娯楽を動かした男である。
だが、その本質は、映画人というよりも――
勝負師だった。
永田は、理屈で動く人間ではない。
腹で決める。
そして決めたら、押し通す。
気に入れば引き上げるし、気に入らなければ一瞬で切る。
その振れ幅の大きさが、周囲の人間を振り回した。
だが不思議と、人は離れなかった。
むしろ、惹きつけられた。
ある者は言った。
「あの人には、火がある」
怒れば激しい。笑えば豪放。
酒の席では声が大きくなり、机を叩いて笑う。
だが一転して、黙り込むこともある。
その落差が、人を不安にさせる。
だが同時に、妙な魅力にもなる。
永田の周囲には、いつも人が集まっていた。
映画界でも同じだった。
監督や俳優を怒鳴りつけたかと思えば、翌日には肩を抱いて笑っている。その激しさに振り回されながら、人はついていった。
なぜか。
理由は単純である。
この男は、夢を本気で信じているからだ。
映画でも、競馬でも同じだった。
勝てると思えば、迷わない。
負けるかもしれないという計算は、最初からしない。
だから、あの黒鹿毛の馬を買ったときも、半分は直感だった。
最初は興味も薄かった。名前すら忘れていた。
だが一度「これはいける」と思った瞬間、もう後戻りはない。
「ダービーが取れる」
あの言葉は、決して冗談ではなかった。
永田にとっては、すでに現実に近い未来だったのである。
調教師の田中和一郎は、その性格をよく知っていた。
だから、あえて多くを言わない。
この男に理屈を積んでも意味がない。
結果だけを見せればいい。
勝てば信じる。負ければ忘れる。
それが永田だった。
しかし、ただの気分屋ではない。
勝負どころでは、恐ろしいほどの集中力を見せる。
資金の使い方も大胆だった。
必要とあれば、ためらわない。
五十万円をその場で叩きつけたのも、
その一例に過ぎない。
当時としては大金である。
だが永田にとっては、
「いける」と思ったものに賭けるのは当然のことだった。
その気質は、どこか時代と重なっていた。
戦後の日本は、まだ何も持っていない。
だが、何でもできると思っていた。
焼け跡の中から、映画が生まれ、
競馬が復活し、人が集まる。
永田は、その象徴のような男だった。
だから人は思う。
あの男と、この馬は似ている、と。
激しく、極端で、
どこか危うい。
だが、だからこそ――
一気に頂点へ行く力を持っている。
厩舎の奥で、トキノミノルが静かに顔を上げた。
まだ若い。
だが、その目には、どこか落ち着きがあった。
その馬を所有しているのが、あの永田雅一という男である。
運命というものがあるならば、
それはこういう組み合わせを指すのかもしれない。
誰かがぽつりとつぶやいた。
「……あの人なら、本当にダービーを取りかねん」
その言葉は、冗談のようでいて、どこか現実味を帯びていた。
やがてこの男は、その言葉を現実に変える。
厩舎という場所では、馬の強さよりも、
その背後にいる人間の噂のほうが、妙に長く残る。
トキノミノルの主、
永田雅一についても、例外ではなかった。
「あの人はな――」
と、誰かが言い出すと、話は必ず長くなる。
永田という男は、理屈で説明できる人間ではない。
だが、具体的な出来事で語ると、途端にわかる。
あるとき、映画の撮影で予算が足りなくなった。
普通の経営者なら、削るか、止めるか、考える。
永田は違った。
「足りないなら、足せばいい」
そう言って、その場で資金を引っ張ってくる。
しかも、それがただの無謀ではない。
「この映画は当たる」
そう信じた瞬間に、迷いが消えるのである。
実際、彼の賭けは当たることが多かった。
だが外れることもある。
そのときどうするか。
普通の人間は、言い訳をする。
責任を分散する。
永田は違う。
「俺が悪い」
と、平然と言う。
そして翌日には、もう次の勝負の話をしている。
その切り替えの速さが、周囲の人間を呆れさせ、同時に惹きつけた。
――もう一つ、有名な話がある。
映画の撮影現場で、ある監督と大喧嘩になった。
理由は些細な演出の違いだった。
永田は怒鳴る。
机を叩く。
灰皿が飛ぶ。
現場は凍りつく。
誰もが思う。
「終わったな」と。
だがその夜、永田はその監督を酒に誘う。
「おい、飲みに行くぞ」
監督は戸惑う。
昼間あれだけ怒鳴られた相手である。
だが、断れない。
店に入る。
酒が進む。
永田は笑う。
「さっきのは、あれでいいんだよ」
監督は言葉を失う。
怒りは、もうない。
いや、最初から長く続くものではなかった。
永田にとって、怒りとは
一瞬で燃え上がり、一瞬で消える火だった。
だから、後に残らない。
残るのは、むしろ妙な情だけである。
人は、その不思議さに巻き込まれる。
――競馬でも同じだった。
トキノミノルを買ったとき、最初は大して興味を示さなかった。
名前すら忘れていた。
それが、函館で勝ったと聞いた途端、態度が変わる。
「ダービーが取れる」
と、平然と言ってのける。
普通なら笑うところだ。
だが、永田が言うと、妙に現実味がある。
なぜか。
この男は、本気でそう思っているからだ。
そして、そう思った瞬間に、もうその未来を疑わない。
ある日、知人が聞いた。
「もしダービーで負けたらどうするんですか」
永田は、少し考えてから言った。
「負ける前提で話をするな」
それだけだった。強がりではない。
本気で、負ける未来を考えていないのである。
だが、もう一歩踏み込むと、この男の別の顔が見える。
夜、ひとりになると、静かになる。
酒を飲みながら、ふと黙り込む。
その横顔は、昼間の豪放な姿とは違う。
何を考えているのか、誰にもわからない。
だが、こう言ったことがある。
「人間はな、最後は運だ」
勝負師らしい言葉である。
だが同時に、どこか諦めにも似ている。
どれだけ金を積んでも、
どれだけ努力しても、
最後に決めるのは――
自分ではない何かだと、知っている。
だからこそ、賭ける。
全力で。
惜しまず。
そして外れても、引きずらない。
その生き方は、どこか危うい。
だが同時に、妙に魅力がある。
厩舎の者が言った。
「永田さんはな、馬みたいな人だ」
誰かが笑った。
だが、言い得て妙だった。
感情で走る。
止まらない。
そして、ときどき制御がきかない。
だが――
速い。
人間としての勢いが、他と違う。
だから、この男とトキノミノルが出会ったことは、
偶然のようでいて、どこか必然にも見える。
どちらも、極端で、危うく、
そして頂点へ向かう力を持っている。
やがてこの組み合わせは、
東京優駿という舞台で、一つの頂点に達する。
永田雅一という男もまた、その運命の中にいた。




