表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血統 ー蹄の記憶ー  作者: あいまいもこ
幻の馬

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/61

3_奇跡の血量

日高の牧場で生まれた黒鹿毛の仔馬――

幼名パーフェクト。


その血統表を開くと、古い馬屋たちはまず一つの数字を探す。


それは、血の濃さである。


競走馬の世界には、昔から伝わる一種の経験則がある。

名馬を生むためには、ただ良い血を集めればいいわけではない。

むしろ、同じ血をどこまで近づけるかが問われる。


これをインブリードという。


たとえば、ある祖先が三代前と四代前の両方に現れる場合がある。

競馬の血統表では「3×4」と書く。


血量でいえば、三代前の祖先は12.5%。

四代前の祖先は6.25%。


合わせて――


18.75%。


この数字を、古い血統家たちは

**「奇跡の血量」**と呼んだ。


多すぎれば、血は濁る。

虚弱体質や気性の荒さが現れる。


だが薄すぎれば、祖先の能力はぼやけてしまう。


その境目。

崖っぷちのような均衡の点が、18.75%であると考えられてきた。


競馬というものは、どこか賭け事に似ている。

いや、むしろ賭け事そのものだろう。


牧場主たちは、血の組み合わせという見えない骰子を振る。

そして数年後、その結果が一頭の馬として地上に現れる。


パーフェクトの血統表にも、その「奇跡」があった。


共通祖先の名は――

ザテトラーク。


イギリス競馬史でも、伝説的な快速馬である。


灰色の小さな馬で、二歳時には無敗。

その速さは当時の観客を驚かせ、「幽霊馬」と呼ばれたという。


そのザテトラークが、パーフェクトの血統には

3×4で刻まれていた。


つまり、奇跡の血量である。


ザテトラークは競走馬としては稀代の天才だった。

だが、種牡馬としては奇妙な欠点を持っていた。


種付けが嫌いだった。


いかにも伝説めいた話だが、事実である。

牝馬に興味を示さず、種付けの機会そのものが少なかった。


そのため子孫はあまり増えなかった。


1919年には英国リーディングサイアーとなるほど成功したにもかかわらず、その血は長く続かなかったのである。


やがて直系の血統は細り、

今日ではほとんど残っていない。


しかし、不思議なものである。


血というものは、完全に消えるわけではない。


どこかの系統に潜り込み、

何世代も後になって突然顔を出す。


ザテトラークの資質をもっとも色濃く受け継いだといわれる馬がいる。


その名は

ムムタズマハル。


この牝馬は「空飛ぶ牝馬」と呼ばれるほど速かった。


そして、その子孫たちは世界の競馬史を塗り替えていく。


たとえば

ナスルーラ。


世界的名種牡馬であり、現代競馬の血統の柱の一つである。


さらに

マームード。


この馬の血は、名牝アルマームードを経て、

やがて一頭の歴史的種牡馬へと繋がる。


その名は

ノーザンダンサー。


二十世紀後半、世界の競馬を席巻する血統の王である。


つまり、ザテトラークという一頭の灰色の快速馬は、

直接ではなく、遠回りをして世界を支配した。


そして、その血の一滴が、

遠い日本の牧場にも流れ着いていた。


黒鹿毛の仔馬――パーフェクト。


その体には、

ザテトラークの血が奇跡の血量で流れている。


だが、血統というものは、未来を約束するものではない。


むしろ逆だ。


血が濃いほど、賭けは大きくなる。


天才か。

それとも欠陥か。


紙一重である。


日高の丘で、仔馬は走っていた。

草を蹴り、風を裂く。


牧童の一人が、ふとつぶやいた。


「速いな」


だが、それがどれほど速いのか。

まだ誰も知らなかった。


そして、日本中の夢を背負うことも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ