31_スプリント王
アメリカ遠征を目前に控えた九月。
タケシバオーは壮行戦として、中山競馬場の短距離戦に出走することになった。
レース名は
英国フェア開催記念。
のちに短距離王決定戦として知られる
スプリンターズステークスの前身である。
距離は千二百メートル。
タケシバオーの主戦場ではなかった。
この馬は、三千二百メートルの
天皇賞(春)を勝っている。
いわば長距離王である。
その馬が、スプリンターの戦場に出てくる。
しかも背負う斤量は六十二キログラム。
常識で考えれば、楽な戦いではない。
ところがさらに、思わぬ出来事が起きた。
主戦騎手の古山良司が、当日のレースで落馬し負傷。
騎乗できなくなったのである。
急遽、手綱を取ることになったのは若手騎手だった。
吉永正人。
その日、もともと騎乗予定はない。
突然の代打である。
しかも乗るのは、史上初の「一億円馬」。
競馬界の頂点にいる存在だった。
緊張しないはずがない。
パドックで顔をこわばらせる吉永に、
負傷した古山は声をかけた。
「安心して乗ってきなよ」
それだけだった。
だが、その一言で吉永の肩の力が抜けたという。
ゲートが開く。
スタートは速かった。
タケシバオーは自然に前へ出た。
スプリント戦特有の激しい先行争いの中に、すっと入る。
千二百メートルの競馬は速い。
息をつく暇もなく、直線が来る。
だが直線に入ると、
ひとつ奇妙な光景が生まれた。
タケシバオーだけ、まだ余裕があった。
吉永が手綱を動かす。
すると黒鹿毛の馬体が、ぐっと前へ伸びた。
外から迫る馬がいる。
前年の有馬記念を勝った実力馬――
リュウズキ。
だが、その差は詰まらない。
むしろ、開いていく。
タケシバオーは、さらに伸びた。
ゴール。
電光掲示板に表示された数字を見て、
場内がどよめいた。
1分10秒4
レコードタイム。
しかも六十二キログラムを背負ってである。
吉永はレース後、こう語っている。
「目一杯に追っていたら、1分9秒台が出ていたでしょう」
控えめな若手騎手の言葉とは思えない。
だが、その日それを聞いた誰もが、否定しなかった。
なぜなら、誰の目にも明らかだったからである。
この馬は、まだ余裕で走っていた。
信じられるだろうか。
三千二百メートルの
天皇賞(春)を勝った馬が、
千二百メートルのスプリント戦で、
しかも重い斤量を背負いながら
レコードで勝ってしまう。
常識では説明できない。
しかもこれで――
八連勝。
その異様な強さに、
観客はしばらく言葉を失っていた。
タケシバオーは、ただの名馬ではない。
距離の常識も、斤量の常識も、
競馬という競技の常識さえ越えてしまう存在だった。
そしてその怪物が、
これから海を渡る。
アメリカへ。
世界の強豪たちが待つ舞台へ。
日本の競馬はまだ小さかった。
だがその日、ひとつだけ確かなことがあった。
――この馬なら、世界と戦えるかもしれない。
そう思わせるだけの衝撃が、
中山の千二百メートルに刻まれていたのである。




