ここは奈落層ですか?
身体を覆っていた光が消えていく。
転移が終わったという事だろう。
その瞬間。
猛烈に気持ちが悪くなる。
「ウゲェ……。ゲボォ…グボォ……」
蹲り、逆流してきた胃の中の物を盛大に吐き出す。
そんな状況にも関わらず、お構いなしにと。
スキルを鑑定した時と同様の、半透明のウィンドウが表示された。
[称号を獲得しました。【奈落を識る者】]
[祝福されました。【限定解除】]
[呪われました。【愚者の行進】]
「な、んだ……」
称号?
祝福?
呪い?
「ガ……ウグゥ」
吐いて胃の中が空になっても、気持ちの悪さが治まらない。
震えも止まらない。
全身が、何かに拒否反応を示している。
ウィンドウなんか気にしている場合じゃない。
此処はいったい、何処なんだろう?
涎を垂らし、涙目になりながら、震える身体を両手で抱きかかえて周囲を確認する。
「っ……」
周囲を確認した僕は、言葉を失う。
青白い光を発している地面。
地面だけじゃない。
天井も、天井を支えている支柱も、クリスタルでできている様な光景。
見た事もない綺麗で広大な風景に、息を呑む。
「……ウゥ。グゥ」
あまりの美しさに一瞬だけ気が紛れたけれど、再びそれどころじゃなくなる。
この体調不良の原因は、魔素のせい?
魔素溜まりから魔素溜まりの場所にでも、転移したのだろうか?
魔素が濃い場所では身体が慣れていないと、耐性ができていないと、体調を崩すらしい。
体調不良の原因は十中八九、魔素が原因だろう。
「ウ…ウァ……」
あまりの体調不良に、深く考える事ができない。
気持ちが悪い。
『ギャァ、ギャァ』
遥か遠くの方から、魔物の鳴き声が聞こえた気がした。
「に、逃げなきゃ……」
止めてしまっていた【強化】のスキルを使用して、動き始める。
じゃないとまともに動けそうにない。
使ったところで、まともには動けないけれど。
使わないよりもマシだろう。
震えながらも何とか立ち上がり、ふらふらと、ゆっくり歩き出す。
背負っている鞄がやけに重く、肩にのしかかる。
ダンジョンの中にいる今、絶対に必要なのは確かだ。
捨てる事はできない。
鞄はしっかりと担いだまま、何とか動き出す。
ゆっくりでも一歩ずつ。
前に進む。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ギャァギャァ、ギャァ』
『ギギギギギギ』
『クルァ。クルァ』
『フォーン。フォーン。フォーン』
遠くの方から、正面から、背後から、魔物の鳴き声が聞こえてくる。
静かなのは、右か左。
右に行くのが良いのか、左に行くのが良いのか。
「ハァ……ハァ、グッ……」
少しだけ、楽になってきた気がする。
濃い魔素に、身体が慣れてきたのかもしれない。
忘れずに。【強化】の効果がなくならない様、何度も何度も使用していく。
ちょっとずつ良くなってきているおかげか、考える余裕も少しずつ取り戻せてきた。
「壁がち、近いのは……。右の、ほ、方か……」
出口を目指すなら、上に行ける道を探さないといけない。
今居る広大なフロアにいても、何もない。
新しい道がありそうな壁の方へと移動したい。
右の方へと歩き出す。
ゆっくりと動いていたからか、微かな空気の流れに気づいた。
背後の魔物に対して、自分は風上にいる。
魔物の鳴き声がだんだんと近づいてきているのは、僕の臭いが風下に流れているせいだろう。
「フゥ……ウゥ……」
急がないと。
けれど、逸る気持ちと違って身体はまだ思う様に動かない。
「く、そ……」
此処は一体何処なんだろう。
その疑問に、ちょっとずつ冴えてきている頭が先程の出来事を思い出す。
ウィンドウの記憶が蘇ってきた。
[称号を獲得しました。【奈落を識る者】]
「ひょっ……としたら。な……奈落、なの、か?こ、ここは、奈落層?」
ウィンドウに書かれていた文章だけの情報で、不確かで確認もできない。
それでも。【今、自分が何処にいるのか?】の答えとしては、可能性がかなり高い気がする。
冷や汗が溢れ出す。
死にたくないという気持ちが、より強くなる。
「い、やだ。いや……だ。死に…たく、ない」
『キィー。キィー』
『ギギギギギギ』
『ギギギギギギ』
魔物が確実に近づいてきている。
だんだんと近づく背後の鳴き声に、余計に焦りが生まれてくる。
早く動けない足を何とか動かして壁際へと辿り着き、壁に手を添えてもたれかかる。
触れた青白い光を放つクリスタル製の壁は、冷たく見えるけれど何も感じなかった。
壁に沿って歩いていく。
支えが出来たおかげで、少しだけ楽に動けた。
スピードを出せるだけ出していく。
少しして、先の方に横穴が見えた。
今居る広大なフロアは、魔物に見つかる可能性が高い。
それに、上に行ける道を探さないといけない。
逃げ場所はなくなるけれど、横穴に進むしか選択肢は無い。
どの道。今の状態で魔物に見つかれば、逃げるなんて到底無理な話だ。
僕は横穴へと向かう。
どれだけの時間が経ったかは解らないけれど、おそらく思っている程の時間は経っていない。
近づいてくる魔物の鳴き声のせいで、焦りで、動かない重い身体のせいで、緊張で、プレッシャーで、横穴までの時間はとてつもなく長く感じた。




