099.Ark
空にそびえる黒鉄の城。その表面に暁はエーコとともに立っていた。上空3000mの世界では身を切り裂くような寒波が吹きすさぶ。だが、暁の《インターステラー》にかかれば小春日和と変わらない過ごしやすさに早変わりだ。
「この辺りでいいだろう」
暁は《インターステラー》を使い、UFO全体を覆うような重力場を展開した。電波を遮断して他のUFOとの通信を阻害するためである。次に、自分の足元の周囲を重力でゆがめて内部に続く穴をあけた。
「これは……」
開けた穴から水があふれ出た。エーコがその水に指をつける。
「H2O、水です! 人体に有害な成分や細菌・ウイルスはいないようです!」
「俺の能力で空気のドームを作って進むか……ベティちゃんが恋しいな」
「移動途中で酸素が無くなる可能性が高いです! 私が電気分解で酸素を作り出してドーム内に供給しようと思いますが、問題ないでしょうか!」
「素敵な提案だ。それで行こう」
そうして、2人はUFOの中へと侵入した。
「そう言えば言い忘れていた」
「なんでしょうか!」
「電波を防ぎながら空気のドームを維持するのは一苦労なんだ。もし戦闘が起こったらエーコに頼ってしまうかもしれない」
「お任せください! 暁さんは私がお守りします!」
その自信たっぷりの宣言と輝く笑顔に暁は顔をほころばせた。
「かわいい。好きだ。エーコ、結婚してくれ」
「それ、命令ですか?」
「命令じゃないさ」
UFOの中は機械的な設備などは見当たらず、鍾乳洞のような空間が奥へと続いていた。エーコのソナーを頼りに音が大きい方へと進んでいく。いくら進んでも水の通路が途切れることはない。暁は宇宙人が水を欲しがっているのも案外嘘ではないかもしれないと思いはじめていた。
「……何か来ます!」
「やっと宇宙人とご対面か」
第一宇宙人発見。その姿は……一言で言ってしまえば白いタコであった。それは暁たちに足側を向けると空気のドームを押しつぶそうと触手を伸ばした。すかさずエーコはタコに向かって腕を伸ばす。9mmマシンガンが火を噴いた。
キュォォォォォォッ!!
聞いたこともないような声と、青白い血をまき散らしてタコは体を縮めた。死んだのかと思ったが、その後すぐに足を伸ばして逃げていく。
「う~ん。宇宙人というには知性を感じないな。防衛用の生物兵器か何かか?」
そのタコは暁たちの前に次々と現れ、空気のドームの周りをぐるぐると旋回し始めた。すぐに襲ってこないのはエーコの武装を警戒しているのだろう。
「結構数が多いな。いけるかエーコ?」
「お任せください!」
そう言うと、エーコは腰の辺りからアンプルを取り出した。それをパキッと折ると水の中にそのまま突っ込んだ。しばらくするとタコたちは苦しみだし、体を強張らせて水の底へと沈んでいく。
「神経毒です! ちゃんと効くようで安心しました!」
「よし、これで憂いはなくなったな。だが戦いながら情報収集は難しいか……」
「それであれば!」
エーコは暁に耳打ちした。その素敵な提案に暁は二つ返事で許可を出した。タコをあしらいながら一時間ほど進むと、エーコのソナーを頼りにしなくとも暁の耳にはその音が聞こえるようになっていた。まるで工場の中にいるような機械的な音だ。
「おそらくUFOのエンジンです!」
「よし、地球人的な感覚だが機関部に誰も控えていないなんてことは流石にないだろう。今度こそ第一宇宙人発見だ。…………入口はどこだ?」
「不定期に音が大きくなる場所があります! そこが入口かと」
「Good Job!」
エーコの言った通り、その場所には大きな扉があった。扉といっても地球にあるような長方形で整った形はしていない。ちょうどシャコガイの口のように曲がりくねった扉が開閉していたのである。
「おお……!」
そして、そこを出入りする生き物がいた。魚の頭、胴体はエビ、腕に該当すると思われる部分はタコの足が、足に該当する部分はコンドロクラディア・リラのようになっている。その姿は海のキメラと呼べるような風貌であった。
「すごい。まさに宇宙人だ……。次に通るやつを人質にして上の奴らを呼ばせるとしよう」
「はい!」
そして不幸にも暁の餌食になる宇宙人がやって来た。ちょうど扉を開いたタイミングで素早く捕まえ、空気のドームに引きずり込む。突然のことに暴れるそいつを暁は重力で押さえつけた。
「乱暴な真似をして済まない。言葉は喋れるか?」
宇宙人は何も言わず。口をパクパクさせ、えらをヒクヒクさせていた。
「……おっと失礼」
息ができないのだろうと、頭の部分だけ水の中に突っ込む。すると奇妙な音がその頭から聞こえてくる。
「もしかして何か喋ってるのか。エーコ、わかるか?」
「すみません! 私の知っているどんな言語にも当てはまりません!」
「やったぜ! それでこそ宇宙人だ!」
2人は人質を連れて、機関室と思われる場所に突入した。そこは開けた空間になっており、中央には天井まで伸びている巨大な柱があった。その柱には海ブドウがより固まったような大きな房が3つあり、真ん中の1つが奇妙な緑色の光を放っている。
その光っている一房の周りには今捕まえている宇宙人と同じ姿をしている者たちが触手を使って何やら作業をしていた。おそらくその房がエンジンで、彼らは機関員なのだろう。
「ハァイ! 責任者を出せ! さもなくばこいつの命はないぞ」
暁は大声で叫んだ。もちろん言葉が通じるとは思っていない。だが、自分たちの仲間が地球人に捕まっている所を見せられれば嫌でも状況は理解できるだろう。案の定、機関員たちは手を止め、慌てた様子で口々に何か言いあっている。
すると部屋の上側にあった別の扉が開き、もう一匹別の宇宙人が現れた。例の白いタコを数匹引き連れたそいつは、他の宇宙人と違い体に奇妙な紋章を刻んでいる。暁はそいつが「責任者」なのだろうと理解した。その責任者は触手で持っている端末を少し弄ると口を開く。
「風早暁だな? 彼を解放しろ。何が目的だ?」
「……宇宙人にも名前が売れてるなんてな。流石俺」
突然流暢に会話をはじめた宇宙人と、その宇宙人が自分の名前を知っていることに暁は気味の悪さを感じたが、臆せず要求を告げた。
「ホントは分かってるんじゃないか? 寄生された人間を元に戻せ。そしてこの星からは手を引け。それがお互いのためだ」
「……それは私の一存で決定できる事柄を超えている」
「中間管理職は辛いな。じゃあ上司に連絡をしろ」
「どの船とも連絡が取れない。お前が何かやっているわけじゃないのか?」
「おっとそうだった」
暁はUFO全体を包んでいた電波妨害用の重力場を解除した。
「これで通信できるようになったはずだ」
「……お前の要求を話してくる。だが、私たちは種族の興廃を賭けてこの場にいる! 人質を取ったところで何も変わらないと思うがな」
「ああはいはい。わかったわかった。さっさと行ってこい」
責任者の宇宙人は暁を睨みつけると、入って来たドアから出ていった。
「エーコ。どうだ?」
「もう少し時間がかかりそうです」
「上の奴らがグダグダと悩んでくれたらうれしいんだが」
暁の希望的観測は残念ながら裏切られた。責任者が出て行ってから1分も経たないうちに部屋中に警報のような音が鳴り響いたのである。




