100.ガンダーラ
体に刻まれた紋章は、その者が船の制御室に勤めていることを示していた。先ほど風早暁と会話していた宇宙人は急ぎ現在の危機的状況を艦長に伝えていた。
「地球人が侵入しただと!?」
「はい。寄生生物の存在に最初に気づいた風早暁と呼ばれる個体です。機関員を1名人質にして寄生した人間を元に戻すこととこの惑星からの撤退を要求しています」
「わかった。敵性生物侵入時のマニュアル通りに対応する。ユゥヴェック、第一警報を鳴らせ」
先ほど暁と会話していた宇宙人――ユゥヴェック――は言われた通り触手の1つに付けた端末を操作し第一警報を発出した。
「風早暁と呼ばれる個体が重力を操ることができるとは聞いていたがまさかこちらの通信手段を妨害する術まで持っていたとはな」
「彼らの力は未知数な部分が多いです。解析はいつ頃終わりそうなのですか?」
「私も聞いているが回答がない……それよりも今は移動だ」
宇宙船の制御室にいた人員が慌ただしく動きはじめる。第一警報、それは重大な敵性存在に船が侵略された時に直ちに脱出を行うように、という合図であった。宇宙船の乗組員や戦闘兵はもちろん、一般住民たちも日頃から訓練を行い、その合図の意味を重々承知していた。今頃、つつがなく避難は進んでいることだろう。
ユゥヴェック自身も居住区へと泳いだ。彼らが水中を移動する速度は時速100kmを超える。そしてその最高速を補助できるように水流と道幅は整備されていた。ものの数分でユゥヴェックは目的地に到着する。それと同時に触手に取りつけていた機器が音を発した。
「ケルレンドゥか!? 今どこにいる?」
「荷物まとめて家を出たとこ……」
「バカ野郎! 第一警報が鳴った場合は荷物を持たずに即脱出船に向かえ! 学校で習っただろうが!」
「うるさいよ! それ言ったらユゥヴェックおじさんも何でこんなとこにいるのさ?」
「!」
ユゥヴェックはその時、自分の電話している相手がすぐ後ろにいることに気づいた。ケルレンドゥ、彼の姉の子供。甥っ子である。目元は母親、えらの模様は父親似の子供。まだ15になったばかりだった。
「『第一警報が鳴ったら即脱出船に向かえ』。おじさんの配置は今制御室だよね? 居住区の脱出船よりも近い場所いくらでもあったと思うけど」
「減らず口はいい! さっさと脱出するぞ!」
「なんだよ減らず口って……減らず口なのそっちじゃん……」
不満げにぶつくさと言っているケルレンドゥをユゥヴェックは触手で掴んで脱出船へと移動する。
「はい。私です。ユゥヴェックです。少々トラブルがあり居住区側の脱出船に搭乗します。はい。失礼します」
ユゥヴェックは移動中に上官への連絡をすませ、通信を切ると同時に脱出船に滑り込んだ。
「すまない! 出発してくれ!」
「しゅっぱーつ!」
母船から脱出船が切り離された。隔壁内で外の様子を窺えないが他の者たちも無事脱出できていることだろう。
「……船に入ってきた奴。そんなにヤバいヤツなの? 第一警報なんて訓練でしか聞いたことなかったのに」
脱出に成功し落ち着いた後、ケルレンドゥが口を開いた。
「ああ、ヤバい奴だった。防衛用のピスカプークたちが瞬く間にやられていたからな」
「それくらいなら戦闘兵のエリートクラスならできるじゃん」
「それが例のフリークスだったんだ」
「え!?」
地球にいるフリークス、という特異な存在のことはすでに全宇宙人の間で情報共有が成されていた。このような能力を個人で保持している存在を彼らは今まで見たこともなかった。
「おじさん話したの? フリークスと」
「一言二言くらいはな……それがどうかしたか?」
「仲良くできそうだった……?」
その甥の言葉にユゥヴェックはギョッとした。魚だけに。
「ケルレンドゥ! 歴史の勉強を真面目にやっていたか!?」
「や、やってたよ!」
「40年前、74年前、158年前……2億年もこの宇宙を一緒に旅してきた同じコンウェルの民でもこんなに短い間隔で暴動・内戦が発生している! 同じ種族の中でさえ仲良くできない私たちが、他の種族と仲良くできると思うか!?」
「種族の話じゃなくて、おじさん個人の話をしてるんだよ……!」
「意味のない問いだ……」
ユゥヴェックはため息とともに諭すような口調で語りかける。
「いいかケルレンドゥ。コンウェルの民は長い歴史から学んだんだ。私たちから争いを除く事など不可能なのだと。生きている限りは争い続けることしかできない。これは有機生命体としての宿命であり……」
「長い歴史とか言われても分かんないよ。最後のラスティ暴動、僕が生まれる前の話だし。おじさんだってそのころ養護房から出てない頃でしょ。不可能なんてなんでわかるのさ」
「賢い者は経験ではなく歴史から学ぶものだ」
「お父さんとお母さんはいつも言ってたよ。『他人と手をつないで分かり合い、親愛の輪を広げていけば争いは無くなるんだ』って!」
「そ……」
それは子供向けの情操教育のためで……と言いかけてユゥヴェックは口をつぐんだ。子供に言う話ではない。
「それは大事な考え方だ……そうだな、お前が争いを無くそうと努力するなら私は何も言うまい。これからのコンウェルの民の歴史を作っていくのはお前たちなんだからな」
脱出船が大きく揺れた。他の母船に到着しドッキングしたのだろう。それまで発光していた振動注意のランプが消えている。同時に船内にアナウンスも流れはじめた。
「学徒は私たちとは別のゲートのようだな。ケルレンドゥ、お前は友達と先に行くといい」
「うん」
ケルレンドゥは素直に聞き入れ、子供たちの方へと向かっていく。それを見守ったユゥヴェックに声をかけてきた者がいた。ケルレンドゥと同じ世代の子供を持つ知り合い、エキウロクリュだ。
「よお、聞いてたぞユゥヴェック。大変そうだな」
「エキウロクリュ……まあな」
「俺は自分の子供にだって四苦八苦してるってのに、お前はなおさらだろ」
「ああ……」
ケルレンドゥはユゥヴェックの子供ではない。彼の姉家族の子供だ。流行り病で両親を失ったケルレンドゥを今はユゥヴェックが育てている。彼にも妻がいたが出産時に亡くなり、赤ん坊も数日後に突然死した。
だから彼にとってのケルレンドゥは姉家族の忘れ形見という以上の存在であった。それゆえに彼は憂慮していた。コンウェルの民が地球に対して行う政策について、そしてその地球にいる未知の存在「フリークス」について。




