098.Jailhouse Rock
対策本部の中でじっと資料を見つめている霧羽の元に、1人の男が近づいてくる。邑輝だ。
「ずいぶん険しい顔をしているな」
邑輝の言葉に、霧羽はまったく反応を見せない。霧羽が見ていたのは例の宇宙人からの声明文であった。すでに四十六室としては話し合いを終えており、横須賀コミューンとしては他のコミューンと歩調を合わせてこの件に対応していくことに決めている。まずは宇宙人の要求をのむか否かという争点にはなるのだが……。
「だが遅々として進んでいない。当然だがな」
「だろうな」
まず、宇宙人が欲しいと言っている水の量がまったく分からなかった。もし地球の海の水がすべて欲しいということであればまったく許容できないだろう。しかし、宇宙人側の発信電波と同じ周波数帯でそのことを連絡しても反応は返ってこなかった。
「おまけにいつまでに決めろという制限もない、か」
「そうだ」
「明らかに時間稼ぎだな」
「……」
霧羽もそれは分かっていた。圧倒的に優位な状態にある宇宙人は欲している水の取得の許可を求めている。奪ってしまった方が簡単だろうに。しかもその回答期限はとくになし。「宇宙人は時間稼ぎをしている」……しかし、それはなぜか?
「シンプルに考えるなら増援を待っている、だろうな。奴ら、実際の所はこちらに大打撃を与えるような兵器も、防衛用の装備も持ち合わせていないのかもしれん」
「フリークスについて行動を制限するような事を言ったのもそれと関係しているかもな。『全員寄生されている』という情報だけでなく『自覚はない』と付け足したのは我々とフリークスを疑心暗鬼にさせ、協調した行動をさせないためかもしれない」
「フリークスを抑えられるとどのコミューンも動きが制限される……」
相手の思惑を潰したいが、フリークスが人質にとられている可能性がある以上うかつに動けない。だが、動かないと相手の思惑通り。のっぴきならない状況であった。
ドォン……
「!?」
2人の沈黙を破ったのは、どこからともなく聞こえてきた爆発音だった。同時に、対策本部に置いてある電話が鳴る。
「な、なんだ!?」
「拘束していた風早暁が脱走した、とのことです!」
「な……」
瞬間、霧羽の頭の中に最悪の事態がよぎった。やはり暁は寄生されており、宇宙人の時間稼ぎが終わって行動を開始した……。ではその行動とは一体なんだ? 霧羽の思考は新しく入った報告によって霧散した。
「風早暁がこの対策本部に向かってきています!」
「なにぃ!?」
ガチャ
隊員から報告を受けた直後に、その音は聞こえた。霧羽が窓のほうを見るとそこには窓の外側にカエルみたいに張り付いている暁の姿があった。ガラガラ、と窓を開け本部の中に侵入する。
「……」
霧羽は……その暁の行動を直視して、逆に冷静さを取り戻していた。このバカみたいな意味不明の行動。もしかして暁は宇宙人に操られているわけではないかもしれないと考えはじめていたのだ。
「よお霧羽。邑輝先生もいたのか」
「お前は一体なにがやりたいんだ」
「監獄暮らしに飽きたんだ。男たるもの、一度は脱獄を体験しておかないとな」
「それで脱獄の報告にここまでやってきたのか?」
「いや。ここに来たのは回収しとかなきゃいけないものがあったからさ」
そう言うと、暁は近くのコンセントまで歩き、刺さっていた携帯の充電器らしきものを引き抜いた。
「そんなものを回収するためだけに?」
「もう必要なくなったからな。こいつ、というよりもこの中の盗聴器」
「……は?」
「エーコに頼んでね。盗聴器を仕掛けてたんだ。お陰でさっきまでの会話は丸聞こえ」
「……!」
霧羽は瞬間湯沸かし器になった。
「お前たち! 盗聴器の類は確認しろと言っただろう!」
近くの隊員に怒鳴り散らした霧羽を、暁は落ち着くように促した。
「彼らはちゃんとやっていたと思うぞ。エーコに頼んで防衛隊の備品になってる発見器は全部正常に動作しないようにしてたからな。ああ、代わりにエーコが他の盗聴器がないかはチェックしていたから安心してくれ」
「き、貴様……」
「聞いてたぞ。八方ふさがりって感じじゃないか霧羽。俺が動いた方がいいと思ったからやって来た」
暁は相変わらず自信満々な表情をしていた。
「他のフリークスは自分が寄生されているかどうか分からないが、俺はわかるからな。あのUFOに乗り込んで敵の思惑が何なのか調べてこようと思う」
「私たちには貴様が寄生されているかどうか分からないんだが? どうやって信用しろと言うんだ!」
「俺はお前の信用なんて必要ない。勝手に行かせてもらうぞ。エーコ」
「はい!」
暁に呼ばれて、エーコが対策本部に入ってくる。
「一緒に来て欲しい。情報解析するために君の力が必要だ」
「お供いたします!」
「じゃあ行ってくる。後のことは頼んだぞ霧羽」
「おい! ま……」
止める暇もなく、暁とエーコは窓から飛び降りた。ヒュッと黒い2つの影が、UFOへと向かっていく。霧羽はそれをしばらく眺めてから、隊員の1人に命令を出した。
「今拘束しているフリークスと宿主の監視は変わらず続けろ! この件については箝口令を敷く。他のコミューンや宇宙人から聞かれても知らぬ存ぜぬを通すぞ」
「はい!」
隊員たちが動きはじめるのを尻目に邑輝は霧羽に言葉をかけた。
「よかったじゃないか」
「よかった!? 何がだ!」
「何はともあれ事態は動く。おそらく宇宙人が想定してなかった方向に」
「悪い方に動くかもしれんぞ……」
「そうなったら責任者である幕僚長に身を切ってもらうしかないな」
「おい」
言葉とは裏腹に、霧羽は暁が動きはじめたこの状況について心のどこかで安堵していた。このままコミューン間の協議を続けても宇宙人の思惑通りになるのは目に見えていたからだ。しかし、同時に大きなギャンブルになることも理解していた。何しろ、今サイコロを振っているのはあの風早暁なのだから。
「行き詰ったときに、一発逆転を狙ってギャンブルに走る。それは思考の放棄と何が違う?」
「昔、無意味な賭け事を何度もやったな。そこから考えるに、一つ明確に違う点がある」
「なんだ?」
邑輝は、彼の友人でなければ判断つかないほど微細に口角を上げた。
「ギャンブルは楽しい」
「……狂人め」
「同じ医者の仲間には悪いが、医者なんて職業は狂人がやるものだ」
邑輝の間髪入れぬ返しに霧羽はもう一度ため息をついたのだった。




