096.KILL THE PUPPETS
対策本部に入った時、すでに霧羽は未確認飛行物体の写真が貼られたホワイトボードとにらめっこをしていた。
「そのUFO。何か情報がつかめてるのか?」
「……お前か。なにもつかめていない。それからお前たちを呼んだ覚えもない」
「健忘症かな?」
霧羽のこめかみに青筋が立つ。
「おっと、今のは言い過ぎだったな。悪かったよ」
「すみません。風早さんたちは私が呼びました。力を借りることになりそうだと思ったので」
「……」
セシルの弁明を受けて、霧羽はため息とともに椅子に座った。
「とりあえず、現状分かっている情報を共有しておきます」
セシルの言葉とともに隊員が資料を持ってきた。厚さの時点でほとんど情報がないことが良くわかる。
「対象の物体は浦賀水道上空、高度3000mで静止しています。大きさは全長約20km。ドローンでの撮影を行いましたが、つなぎ目のない滑らかな黒い急須型の物体が空に浮いている、としか言えません」
「向こうからコミュニケーションは何かないのか?」
「ありません。そもそもあの物体の中に生命体がいるのかどうかも怪しいです」
「宇宙人の乗ったUFO以外であんなものが空に浮かんでいるのを説明できないだろう」
「いえ、一番可能性が高いのはフリークスの能力があれを作っているというものです」
一瞬、暁の思考が停止した。言われてみれば、この世界において最も可能性が高いのはそちらの方だ。
「……ああ、なるほど。だがそれだとロマンがないな」
「お前のロマンなど知ったことか」
100年前であれば謎の能力者が作った黒い未確認飛行物体は十分なロマンを持っていただろうが、今の時代はそうではない。
「仮にフリークスの能力だとすると……あのクソガキみたいに新しく生まれたフリークスがどこかに居るってことか」
「あるいは新しくフリークスになったか、ですね。20歳以下のコミューン市民に対して現在調査を行っていますが、そのような報告は今のところ入ってきていません」
「なら、まだ宇宙人が乗っている可能性は否定されていないわけだ」
「ええ、まあそうですが……」
未知との遭遇を夢見る暁は1人だけテンションが高かった。結局のところそれ以上の情報はまだなく、対象のUFOは24時間の監視下に置かれることになった。
……そして何も事態が進展しないまま一週間が過ぎた。
相変わらずUFOは宙に浮かんだままで、何の反応も見せていない。変わったことと言えばUFOの陰になってしまった家々から日照権の訴えが出たり、飛行機の航空路を変えたために騒音被害の訴えが出たりしたことくらいであった。ついでに他のコミューンからの情報も入ってきて、このUFOは各地に出現しておりだいたい80機ほど地球に浮かんでいるということも分かった。
しかし、それだけだ。窓から見える景色は一週間変わらない。流石の暁も興奮が冷めてしまっていた。今日、この日までは。
「UFOから通信が入ったってのは本当か!?」
意気揚々と対策本部に乗り込んで来た暁を迎えたのはモブのように空気な隊員A、B、Cと真剣な表情で資料を見ているセシルであった。顔を上げたセシルは暁に状況を説明する。
「通信と思われる電磁波を検知したというだけです。まだ通信かどうかは分かっていません」
「いいね。正体不明のUFOからこれまた正体不明の電磁波。ここから話が大きく動くぞ!」
「そうでしょうか……」
セシルは暁の言葉に半信半疑の様子だった。実際、そこからさらに一週間は何も起こらなかった。いや、起こっていないように見えた。
もはやUFOが浮かんでいる空が日常に溶け込みはじめたその日、暁はいつもの通りリコたちと一緒に昼食を取っていた。
「……」
「……?」
リコが食事の手を止めて、じっと暁の方を見つめていた。
「おや、今日の俺はそんなにイケメンに見えるか? いつもとそんなに変わってないはずだが」
「何言ってんの? 別にあんたを見てたわけじゃないわよ」
リコの目線の先は、暁のさらに後ろにあった。食事を持った1人の防衛隊員が椅子に座ろうとしている。
「後藤さんですか? 何か気になることでも?」
「う~ん。なんか気になるというか違和感というか……」
リコは自分の抱いた感覚が何なのかはっきりと掴めていなかった。逆に暁はその様子に完全に早合点をする。
「まさか、あんな男よりも俺の方が君にふさわしいぞ。絶対にリコは俺と結婚するべきだ」
「あんたね。別にそういう意味で言ってるんじゃないし、あんたと結婚もしない」
「第一、後ろ姿でもわかるほどブサ……」
暁は言葉を止め、驚愕とともにその男の後ろ姿を凝視した。全身に悪寒が走る。引き出しを開けたらムカデを見つけたような嫌悪感。暁はゆっくりと席を立つと、間髪入れずその男、後藤に向かって《インターステラー》を発動した。
「あがっ!?」
突然重力の増加を受けた後藤は苦悶の声を上げて床にうずくまる。その光景に、食堂の中は騒然とした。
「か、風早さん!? 何をやってるんですか!」
「風早くん、な、なぜこんな……うぐ……」
セシルが慌て、後藤が疑問を投げかける。それでも暁は能力を解除しようとはしなかった。
「風早さん!」
自分の腕を掴んだセシルに暁は言い放つ。
「セシルさん。すぐに邑輝先生を呼んでくれ」
「え?」
「この男の頭の中で何かが動いている」
「……え!?」
暁は《インターステラー》によって、質量が加速度運動した時に発生する重力波を捉えることができる。暁は確かに『見た』のだ。この男の頭の中で得体の知れない何かが這いずり動き回る姿を。
「風早くくくくくくくくくん、ななななななななななななななななななににににににににににににをををををををおおおおおお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっ!!!」
後藤は突然奇声を上げはじめ、同時に手足をバタバタと動かしはじめた。まるでホラー映画で悪霊に取りつかれた人間のようだ。
「ひっ……」
その異様な姿にリコは自分よりも小さいロジェの背中に隠れた。後藤は口元から泡を吹きはじめ、目をぐりぐりとさまざまな方向に動かしはじめる。そして……
ぽと。
地面に何かが落ちた音がした。後藤の目玉だ。
「な、あ……」
セシルが息をのむ。欠落した後藤の右目から「それ」が這い出てきた。てらてらと銀色に鈍く輝く巨大なミミズ、そんな姿だった。
キィーーーーーーーーッ
そんな鳴き声のような音を発すると、そのミミズはその場にバタリと倒れた。同時にさっきまで奇声を上げていた後藤も動きを止めた。
静寂が戻った食堂に、数秒だけ時間を置いて悲鳴がこだました。




