095.君の知らない物語
「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」
「それは知ってる。夏の大三角ってやつでしょ?」
「その通り。実は昔、この出だしから始まる曲があったんだ」
「へえ~。なんかロマンチック」
夏の夜空の下で、暁とリコは和やかに言葉を交わす。今日は暁の発案でリコ、セシル、ロジェ、エーコと一緒に本部の屋上から星を見ていた。天体観測である。この時期は夜でも蒸し暑い。皆薄着で、リコは髪を上げていた。普段は見せないその姿を瞳に焼き付けようと暁は視線の先をコロコロと切り替えるのだった。
「晴れてよかったね。星が良く見えるよ」
「ああ、最高の天体観測日和だ。まあ、曇っていたら俺が無理やり晴れにしたが」
冗談でもなんでもなく。暁にはそれができるだけの能力がある。
「確かベガとアルタイルが織姫と彦星でしたよね?」
「その通り。七夕のとき1日だけ会うことができるらしいが2つの星は……どのくらい離れてたんだったかな」
「15光年ですね!」
「流石エーコだ。光の速度でも15年。お互いが光速で近づいたとしても出会うのに7.5年かかるな」
「風情のない話ですね……」
「確かに、だが俺ならそんなにみんなを待たせたりしないさ」
ドヤ顔を決める暁にセシルは愛想笑いで返した。地上で生まれる取り留めのない会話など意に介さず、天の星は輝き続けている。
「……あれ?」
望遠鏡を覗き込んで星を見ていたロジェが、接眼レンズから目を離した。
「どうした? ロジェちゃん」
「なんか星が見えなくなっちゃった」
「俺が調整しよう」
暁はロジェと場所を交代してレンズを覗く。確かに先ほどアルタイルに合わせていたはずのレンズには何も映らなくなっていた。何かの拍子に位置がずれたかと思い、修正しようとしたところで、突然アルタイルがレンズに現れる。
「ん?」
「暁? どうしたの?」
「いや……見えるようになったよ。ロジェちゃん」
「ホント? ……あ、ホントだ! さすが暁」
再び星を見ることに夢中になったロジェを尻目に、暁はアルタイルを見上げた。そこには変わらず輝く一等星がある。
「どうかしましたか? 風早さん」
星を険しい表情で見つめていた暁を訝しんでセシルが声をかけてくる。
「いや……レンズを動かしていないのに星が消えたり現れたりしたように見えたんだが、きっと気のせいだろう」
「気のせいじゃないわよ」
「はい! 私も確かにアルタイルからの光が無くなったことを観測しました!」
「……なんと」
暁は見間違いかと思ったが、リコとエーコが両方観測しているならその可能性は低いだろう。その不可解な事象について、暁はある仮説が頭に浮かんだ。
「これはもしかすると……UFOかもしれないな」
「なんでそうなるのよ」
呆れたようにため息をつくリコとは反対に、暁は目を輝かせていた。
「ここからアルタイルまでの間にUFOが横切ってその間だけ光が来なくなったんだ。きっとそうに違いない」
「前にデュカリオンが来た時も言ってたけど、あんたUFO好きね……」
UFOが嫌いな男子なんかいません。
「俺は今でもいると思ってるぞUFO、というか宇宙人。ロマンがあるだろ」
「よくわかんない」
「地球をめぐって戦争がはじまりそうなので、私はいてほしくないですね……」
三者三様の意見は夜の空に溶けていく。ひととおりめぼしい星を見終わり、しだいに雲も出はじめてきたため天体観測はお開きになった。
「明日は台風が来るらしいですから、皆さんあまり外出しないようにしてくださいね」
「そう言えば天気予報で言っていたか。俺は待機だからどのみち外には出られないが」
「そっかー。ねえエーコ。明日僕の部屋でゲームしようよ」
「はい! かしこまりました!」
各々が部屋へと帰って行く。翌日は予報通りの台風だった。だが、再三TVで煽っていた威力には遠く及ばない程度で、わずかに風が部屋の窓を打ち鳴らす程度であった。台風は一日中横須賀に風と雨をもたらし、道路に枝葉とゴミをまき散らした。
こんな時に2回も魔甲虫退治に出撃しなければならなくなり、暁は魔甲虫を呪った。その憂さはキッチリ魔甲虫で晴らして、翌日には空も晴れた。
そう、少なくとも空には雲は1つもなかった。
「マジかよ」
「嘘でしょ……」
「ヤバ」
「防衛隊ではとりあえず対策本部を立ち上げ中です」
4人は一昨日天体観測をしていた屋上から、昼間の空を見上げていた。本来は青が一面広がるはずが、今は7割方が空に浮遊している急須型の何かに覆われてしまっている。
真っ黒なそれは、この時点で間違いなく未確認で、飛行している、物体であった。
「これはどう見てもUFOだろ。まさかデュカリオン以外で宇宙に出た人類がいたわけじゃないよな」
「記録ではデュカリオンだけなので可能性は低いですね……」
当然魔甲虫が暴れまわった時期の話なので記録に残っていない宇宙渡航者がいる可能性もあるが、当時の地球人にこれほどの巨大な宇宙船を作れるとは思えない。
「こいつはすごいな。映画なら地球側からファーストコンタクトを試そうとする場面だ。そして失敗して街が1つ消し飛ぶ」
「最悪のパターンじゃないの」
「先方が映画程度の戦力しか持ってなければ問題ないが、どうだかな」
そうこうしているうちに対策本部は完成し、暁たちもそちらに移動することになった。空に浮かぶUFOは不気味なほど静かに人々の視線を受け止めていた。




