092.Respect for the deadman
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! さっさと脇によけろ、俺は本気だ!」
血走った目で少女を人質にとった男は叫ぶ。人差し指がプルプルと震えていて、今にも誤射してしまいそうな危うさがある。
「本気だからなんだ。お前が本気出したところで何も成し遂げられはしない」
「こいつが死んでもいいのか!?」
「ではスピード勝負と行こうか」
「な、何言ってんだお前!?」
理解できない暁の発言に男は困惑する。それはロジェと人質に取られた少女も同じだった。いったいこいつは何を言っているのか? という視線を暁に送るが、当の本人は自信満々に薄ら笑いをしているだけだ。
「つまり、お前がトリガーを引き、撃鉄が落ち、火薬を炸裂させ、弾丸がその子のこめかみに到達するまでに救出できれば俺の勝ち。そういうことだろ?」
暁は人質をいかにして救出するかなど考えてはいなかった。いや、結果的には考えているが普通の人間の感覚とは異なる答えを出していた。犯人を説得するとか、伏兵を忍ばせておくとか、そういった小細工一切なしに少女が害される前に救助するという一点のみを考えていたのである。
「お前もトリガーを引く前に救出されたら納得できないだろう。俺は撃鉄が落ちきるまで手を出さないから、好きなタイミングでいいぞ。無限の並行世界の中から着弾する未来に行けることを祈るがいい」
元から静かだったその場からすべての音が消え失せたような錯覚を男は覚えた。緊張から呼吸を忘れていた息苦しさに気づき、慌てて空気を吸い込む。目の前にいるふざけた男は完全にイカレている。絶対に関わってはいけない人種に関わってしまった、と男は今までの経験から理解した。こういった場合に適切な対処法などは存在しない。厄ネタは関わった時点で負けなのだ。だが、少女を人質にするような男でもちっぽけなプライドは持っていた。
「馬鹿にしてんじゃねーぞぉ!」
男はトリガーを引いた。これだけコケにされて引き下がるわけにはいかなかったのだ。撃鉄が落ち、辺りに銃声が響き渡る。確かな反動が男の腕に伝わる。薬莢が地面に落ち、乾いた音が遅れて届く。間違いなく弾丸は発射された。
「あ?」
「え?」
発射されたはずだった。頭を打ち抜かれて血まみれで地面に倒れるはずの少女は、まったくの無傷で銃の方を見ていた。
「残念だったな。分かっていたが俺の勝ちだ。人質も返してもらうぞ」
暁の言葉が終わる前に目の前にいた少女の姿がかき消える。その少女は一瞬にして暁の隣に移動していた。
「!?」
「馬鹿が。拳銃の弾丸の速度なんて、高々500メートル毎秒。対して重力は30万キロメートル毎秒で伝わる。スピード勝負で俺に勝てるわけがないだろう」
男は唖然としたまま暁の話を聞いていた。そこに別の金属音が混じる。見ると、地面に弾丸が落ちていた。先ほど撃ち込んだはずの弾に違いなかった。
「実にシンプルだ。弾丸が銃身を進む前に俺が重力で止めた。種も仕掛けも驚く必要もない。夜も更けてきた。悪い子は寝る時間だ」
途端に男は意識を刈り取られた。シュレディンガー通りで暁が使った脳へ行く血液を阻害する技である。これにて完全決着。
「ここでやる事はすべて終わったな。帰ろうかロジェちゃん」
「え? トラックの中のみんなは助けなくていいの?」
「それは防衛隊の奴らにやらせればいいだろう。ゲームさえ手に入れてしまえばこっちのもんさ」
「あ、あの……」
おずおずと話しかけてきたのは先ほど救出した少女だった。
「助けてくれて、ありがとう……」
「ああ、まだいたのかお前」
「おま……っ! 感謝して損した!」
ぷりぷりと怒る少女の肩にロジェは手を置いた。
「ま、助かったんだからいいじゃん。命あっての物種だよ」
「まあ、そうだけど。なんか納得いかない……」
「このまま待ってれば防衛隊が来て、みんな助けてくれるよ。人身売買組織は一網打尽にするから今後は大丈夫だよ、ってセシルが言ってた」
「わかった。ほんとに、ありがとな」
暁とロジェは少女を残してその場を後にした。それと入れ違うように防衛隊が到着する。
「被害者と思われる少女を発見。保護します」
安心感からか、少女はその場にへたりと膝をつく。気絶していた2人の男はすぐに拘束され、荷台に入れられていた子供たちと物品も無事に確保された。このことがきっかけとなり諏訪神社への強制調査が行われ、捕らえられていた子供たちも解放・保護されることになった。
当然だが暁たちのやったことがバレないはずもなく、翌日の朝から2人は幕僚長室に呼び出されて霧羽からお叱りを受けた。だが、2人ともそのありがたい説教を適当に聞き流す。なぜならクソガキだからである。
霧羽から雷が落ちた日の昼頃、暁とロジェは再び緑が丘を訪れていた。ロジェのおじいさんの墓参りのためである。
「……」
神社から山のほうへと続く階段を上り、少し見晴らしが良くなった場所にそのお墓はあった。立派な墓石等はなく、ただそれっぽい石が立ててあるだけだ。石灰でなにか書かれているようにも見えるが、雨風にさらされて読める状態ではない。
ロジェは墓石についた泥やコケを自分の能力で取り除いて、花を供えた。そしてしばらくの間、目を閉じて手を合わせる。暁も同様に手を合わせた。死者は敬わなければならない。特に愛している人の親族は。
「『爆炎天使ファビュラスさん』ってマルチエンディングのゲームなんだよね」
手を合わせながらロジェは暁に語り掛ける。
「僕の選択でファビュラスさんはハッピーエンドもバッドエンドも迎えられる。現実の世界でも選択によっていろんな未来があるんだよね。多世界解釈だと、他の未来を知ることはできないみたいだけど。他の世界の自分も見れたら、面白いと思うけどなぁ……」
「ロジェちゃんは『もしも』の話は好きかい?」
「好き! 『もしも』があるから人は努力ができるのだ! これ、お父さんの言葉ね」
「ははは!」
「でも僕はこっちの世界で良かったと思うよ。この通りに住んでたらおじいさんのお墓に手を合わせることなんて、しなかったか、できなかったと思うし」
暁の方に振り向いたロジェはすっきりした顔をしていた。
「暁にも会えなかったと思うしね」
「嬉しいね。それじゃあ、2人を出会わせてくれたおじいさんに俺も感謝しなきゃだな」
墓石に向かって、その向こうにいる、姿も知らないロジェのおじいさんに向かって暁は語りかけた。
「あんたがロジェちゃんの両親を育てたおかげで今がある。ロジェちゃんを利用して両親から殺されたから今がある。あんたの選択、悪くなかったぞ」
それを聞いたロジェは吹き出した。
「それ感謝じゃないじゃん!」
「ははは! たとえ死んでいても男相手に感謝を口にするのは俺の魂が許さない」
そのあと2人は一緒に笑って、一緒にその場を後にした。横で屈託なく笑うロジェを見ながら、暁は墓参りをすることのできる彼女をうらやましく思うのだった。




