091.SAY YES
その日、諏訪公園は静かな騒がしさに包まれていた。その理由は大きく2つあり、うちの1つは諏訪神社に子供たちを捕らえていた大人たちが取引のために動きはじめたことだった。
「お前とお前とお前、俺についてこい。他の奴らも声を出すなよ」
拝殿の中に入って来た男が子供たちにそう告げる。指をさされた子供は大人しくその指示に従い背中についていく。いつもと比べて随分おとなしいな、と男はほんの少しの違和感を覚えたもののスムーズに仕事が進んでいることの安堵感がそれを上回った。
動いている男は子供を誘導している者だけではない。奪った家電やゲームを運び出す者。輸送用のトラックを動かす者……何人もの大人たちがその暗闇の中で動きをはじめていた。
彼らが動きはじめたことで理由の2つ目も行動を開始した。彼らに気づかれないように監視していた防衛隊が動きはじめたのだ。
「トラックが出たら追うぞ。発信機は?」
「取り付け済みです」
「よし。港のチームにも連絡を」
「了解」
事態は深く静かに進行していた。防衛隊の動きにまったく気づいていないシュレディンガー通りの男たちはいつもの通りトラックを発進させ、国道16号線へと出ていく。
「……左折したな」
「はい。横須賀新港から他のコミューンに移動かと思ってましたが読みが外れましたね」
「まさか追浜空港から?」
「飛行機での脱出は目立ちすぎます……本港辺りで船を用意しているのでは?」
トラックとの距離を取りながら防衛隊は追跡を行う。相手から防衛隊の姿は見えないだろうが防衛隊は発信器のおかげで動きが丸見えである。しかしトラックは防衛隊員の予想を裏切り、ヴェルニー公園のある本港も空港のある追浜も通り過ぎていく。
「その先はコミューン外だぞ……」
コミューンの外に出ると言うことは防衛隊、ひいてはフリークスの庇護下から外れると言うこと。それはすなわち死を意味する。しかし……発信器からの信号はトラックがコミューン外に一直線で進んでいることを示していた。
「まさか本当に……!?」
「チッ、セシルちゃんの言っていた方が正しかったな。待機組に連絡を取れ。道路を封鎖するぞ」
防衛隊員が連絡を取ろうとしたその時だった。奇妙なことに発信器が告げるトラックの位置が突然動かなくなったのだ。
「な、なんだ……?」
「分かりません……もしかして道を間違えたことに気づいて急ブレーキした……とか」
「ならいいんだが……」
◇
時間は少しさかのぼる。子供たちと物品を詰め込んでトラックは軽快にコミューン外へと進んでいた。
「はぁ……マジでコミューン外に出るんすよね……」
「安心しろよ。車の速度ならたとえ魔甲虫に追われても振り切れる。俺も2回くらい遭遇したが……ただ一直線に追いかけるしか能がない奴らだからな。防衛隊の奴らより撒くのは簡単だったぜ」
「すげぇ……っていうか普通に逃げられるならフリークスとか必要ないんじゃないっすか?」
「……お前は脊髄反射で発言する前によく考える癖を付けろ」
トラックは順調に国道16号を北上していく。とうとう民家が一つもないエリアにまでやってきた。ここからはフリークスが魔甲虫を迎撃するために設けられた非住居区画であり、このまま道なりに進んで幕張コミューンに行き、引き継ぎ先に荷物を渡せば仕事は完了。例え防衛隊でもコミューンの外には簡単には追ってこれない。そこまで行ければほぼ成功は確実なのだ。
そうして進み続けるトラックの視界に突如として人影が現れた。
「うわああああっ!?」
「僕は死にましぇ~~~~~~~~~ん!!!」
飛び出しダメ! 絶対! と思う暇もなくトラックを運転していた男はハンドルを切りブレーキペダルを踏みこんだ。間一髪、飛び出し男を避けてトラックは止まったがエアバッグが作動した車内は混乱状態だった。
「くっ、くそぉ……」
エアバッグが収縮していき男たちの視界が開けていく。やっと衝撃と混乱から立ち直った男にはふつふつと怒りの感情が生まれていった。どこのどいつだ飛び出してきやがったのは! 男は感情に任せて勢いよくドアを開けると飛び出し野郎のいる場所にずんずんと進んでいく。
「あー、良かった。生きてたか」
道路の真ん中で思いっきり手を広げた状態で飛び出し野郎――風早暁は笑顔を向ける。その悪びれもしていない態度に男はキレた。
「てめぇ! ふざけてんのか! とっととそこを退きやがれっ!」
「……今俺に命令したか?」
暁は胸ぐらを掴もうとしてきた男の手を払いのけ、逆に掴み返した。
「うぐっ!?」
「さすが人身売買なんてもんに手を出すカス共だ。俺に命令できるのは可愛い女の子だけだと両親から習わなかったのか?」
「て、てめぇ……っ!?」
なぜそのことを、と男は驚愕に目を見開く。
「暁~。こっちは終わったよ」
後方から幼い少女の声が聞こえてくる。まさか逃げ出したか、と思い首だけ後ろに振り向くがそこに居たのは知らない少女だった。少女――ロジェの手には自分たちが運んでいたゲームの1つ『爆炎天使ファビュラスさん』が握られていた。ロジェの足元には連れの男が倒れている。この子もただ物ではないことを男は察した。
「これで用は済んだな。じゃあ……」
じっと暁は男を見つめた。「殺される!」、そう感じて男は思いっきり暁の腹を蹴った。よろけた暁は男から手を離し、その隙に男はトラックの方に向かって走りだす。
「暁、大丈夫?」
「ああ大丈夫」
「何やってんの。あいつ逃げちゃったじゃん」
「逃げられないさ。防衛隊の奴らが封鎖を終えている。目的のブツは手に入れたし俺たちもそろそろずらかろう」
話をしている2人の耳に、トラックのある方から女の子の悲鳴と争うような物音が聞こえてきた。この時点である程度この先の展開を察したロジェは呆れたように暁に批判的な視線を送る。
「ほらー。これ明らかに人質取られてる奴じゃん。暁が何とかしてよ~?」
「まったく困ったもんだ。頭が悪い奴はあきらめも悪い」
トラックの陰から2つのシルエットが月光に照らされ姿を現す。片方は先ほど逃げた男、もう片方は境内に乗り込んだ時暁と口論になった女の子であった。女の子のこめかみに銃が突き付けられ、すでにトリガーにも指がかかっている状況だ。予想を裏切らず、期待を裏切ったその展開に暁は思わずため息をついた。
「おま」「言うな」
何かを言いかけた男の出鼻を暁はくじく。
「どうせ『人質をとったぞ。この子を助けたいなら俺を見逃せ』とか言うんだろう? 口臭がひどいからお前は口を開くな」
「臭くねぇよ!」
思わず叫んだ男に対し、暁は言語理解もできない奴なのだと認識を改めた。
「さて、本来なら助ける価値を感じないブスではあるが……」
暁はちらりと女の子を見る。先ほどまで怯えていた少女は、自分をけなす発言に眉を吊り上げている。
「今日の俺は紳士的だ。運がよかったな」
何しろロジェが見ているのである。助けないという選択肢はない。好きな女の子にかっこいいところを見せたい、という欲望を前に個人の嗜好など塵芥にすぎないのである。髪をかき上げかっこつけながら、暁の少女救出作戦ははじまった。




