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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第一幕『いばらの王』編
9/28

009.ミッドナイトシャッフル

 長いトンネルを抜けると、そこには闇があった。今までいたコミューンの中とはまったく別種の空気に暁は息をのむ。


「電灯とかないのか。いつもどうしてるんだ?」

「いつもって、こんなところに来る奴なんていないわよ。コミューンから離れたら魔甲虫から身を守る手段なんてないんだから……」

「そうか……」


 月が姿を隠し、星の光だけが瞬く夜の道。トラバントから出る一筋の光だけが2人の行く先を照らしている。ガタガタの道路にタイヤをとられ、体を揺さぶられるさまは航海にでも出ているのかと錯覚させるものだった。幸いなのは他の車も人もいないことだ。


 元々国道16号と呼ばれていた道を順調に北上していく。ライトに照らされて時折見える建物は廃墟と呼ぶにふさわしい荒れ具合だ。だが、100年経っても意外と形は残っているものらしい。


 一時間程度で車は元横浜の青葉区へとたどり着いた。青葉台駅の外観はあまり変化がなかったが、周りの建物はずいぶんと変わっていた。暁がコールドスリープに入った後も、魔甲虫が現れて人類が追い詰められるまでは普通に経済活動が回っていたのだ。


「どう? 満足した?」

「……自分が住んでた家を確認したい」


 トラバントは再び動き出す。そしてそれを追う影もまた、行動を再開した。


「白のトラバントに乗っていたのは2人。間違いないだろうな」

「じゃあ、運転しているのが?」

「はい。《ダンテズ・ピーク》だと思われます」

「わかりました。それじゃあ車が止まったら仕掛けちゃいます」

「お願いします」


 1人の少女と4人ほどの重武装の隊員はそのまま闇夜に消えていく。どうやら何者かに狙われているようだが……当の本人たちはそのことに気づいていなかった。しかし、それよりも喫緊の問題が文字通り彼らに迫ってきていた。


「マジかよ」


 トラバントが照らす光に反射する黒い影。魔甲虫だ。車の行く先を塞ぐように、道路の奥から移動してきている。どうやらやっこさんもこちらに気づいているようだった。


「しょうがないわね。さっと倒すわ」


 車を止め、リコが車外に出る。その時暁はなにか立ち眩みのような、金縛りのような……奇妙な感覚に襲われた。いろいろあって疲れが出ているのかもしれない、そう考えて暁は気にも留めなかった。

 迫ってくる魔甲虫に対してリコがいつものように炎を飛ばし、断末魔が夜の廃墟に響き渡る。対処を終えたリコは、涼しい顔をして車のほうに戻ってくる。


 ――そして、そのリコの姿が、忽然と消えた。


「…………?」


 暁は、目の前で何が起こったのか理解するのに時間を要した。リコが消えた。かき消えた。突然世界という作品の中から抜け落ちてしまったように。


 車の外に出て、リコが消えたところを確認してみるが、痕跡は何もない。


「風早暁さん、ですよね」


 声に反応して暁は振り向く。リコではない。小学生くらいの金髪の少女。暁はまったく知らない顔だったが、1つだけわかることがある。フリークスだ。魔甲虫が跋扈するコミューン外で平然としていられるとしたら、フリークス以外にあり得ない。


「……君は?」

「《ダンテズ・ピーク》は私たちが身柄を拘束しています」


 ダンテズ・ピーク、といういきなり出てきた単語に面食らったが、この状況においてその言葉が指すのはリコしかいないだろうと暁は関連付けた。


「リコをどうした?」

「リコ?」

「『リコ』はアプリコット・キャンディ、つまり《ダンテズ・ピーク》の愛称かと」


 闇夜に紛れていた隊員の1人が少女に声をかける。


「ああ、そういうことですね。リコさんは私の能力で捕まえています。あなたが私たちと来てくれるのなら、無傷で解放します。もちろん横須賀コミューンへのエスコート付で」


 穏やかな笑顔でそう言い放つ少女の姿は、見た目よりも大人びていて危険な香りが漂う。暁は、四十六室やセシルが危惧していたことが今まさに起きていることを悟った。こいつらが自分を喉から手が出るほど欲しいと思っている奴らだ、と。


「リコを拘束した? 信じられないな」

「確かに《ダンテズ・ピーク》は最強のフリークスと謳われていますけど、いつまでもそれが事実とは限りません。新しいフリークスは今も生まれたり、覚醒したりしていますから」

「君がそうだと?」

Exactlyそのとおりでございます


 暁にはこの少女が言っていることが本当かどうか確かめるすべはなかった。ただ、事実としてリコはこの場所から忽然と姿を消したままである。それがフリークスの能力によるものだというのは、疑いようがないだろう。


「……リコの無事が確認できなきゃ、一緒についていくことはできないな」


 暁は1つ賭けに出た。


「……そこまで言うのであれば、仕方ありませんね」


 少女の後ろ、闇の奥から1人の隊員と……後ろ手に拘束されたリコが現れた。


「……!」

「ごめん、暁……」


 悔しそうに顔を歪ませるリコ。顔、声、服装。間違いなく先ほどまで隣にいたリコだった。正直暁は驚いた。まさか本当に拘束されているとは思わなかったのだ。彼女の能力であれば簡単に振り解けそうなものだが、能力が封じられているのか、あるいは……


「わかった。信じよう。俺が付いていけば、リコは解放してくれるんだな」

「もちろんです」

「ただ、1つ条件がある」

「……なんでしょう」


 少女の顔に少しだけ鋭さが戻る。


「別れの挨拶をさせてくれないか? できれば2人きりで」

「それくらいならご自由に。ただ、この場でしてください。こちらも苦労して拘束していますので」

「わかったよ。えーと、君、名前は?」

「え? ロココですけど」

「ロココ、いい名前だ。これから起こることは今後の参考にしてほしい」

「はい?」


 暁の発言の意図がつかみかねて、少女は怪訝な表情をした。それを尻目に、暁はリコの前に進み出て両肩をガシッと掴んだ。


「暁?」

「悪いリコ。君をこんな目に遭わせてしまって」

「う、ううん、私こそ、ほんとは私が守らなきゃいけなかったのに」

「いいんだ。でも、俺は必ずまた君に会いにいく」


 そう言いながら、暁はリコの顎をくいっと持ち上げる。


「別れのキスだ。もしもう一度会えたら……続きをしよう」


 ゆっくりと、暁はリコに顔を近づけていく。2人の唇が触れようかというその時、暁は見た。リコが受け入れるように目を閉じたのを。


 ダッ!


「え」

「え?」


 少女とリコが異口同音に声を漏らした。暁が突然走り出したのだ。少女をはじめ、まわりの隊員たちもこれから熱烈なキスシーンがはじまると思って、完全に油断していた。


「し、しまった!」


 リコが偽物だとバレた。少女――ロココ――は逃げ去ろうとする暁に向かって自分の能力を発動した。


「うぐっ!?」


 ロココの能力が暁に襲いかかった。突然金縛りのような体の硬直を感じる。あの時、リコがいなくなる直前に感じたのと同じ何らかの力が暁を覆っていた。だが、金縛りから無理やり体を動かすように暁はその拘束を引きちぎる。


「そんなっ!?」


 ロココの驚愕の声が逃げる暁の耳を微かに揺らす。


 なぜリコが暁の目の前から突然姿を消したのかは分からない。だが、少なくともあの少女たちに拘束されているわけではなさそうだ。おまけに、あそこまで手の込んだことをするくらいだから、できるだけ暁には手荒な真似はしたくないのだろう。


 とにかくここは逃げの一手。暁はそう考えた。幸いにも、地の利は暁の方にある。

 しかし……自動車が使えない状況で孤立無援。相手には謎の能力を使うフリークスまでいる。いつまでも逃げることができないのは、暁にも分かっていた。


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