010.Country Roads
「なんでさっさとテレポートさせないんだよ! 逃げちまったじゃねーか!」
「できるならやってますよ!」
金髪少女とリコの姿をした何者かが、口論をしはじめる。周りの隊員たちはただ黙って2人が落ち着くのを待つのみだった。
「能力でテレポートさせようとしたら弾かれました」
「それってまさか……」
「あのお兄さん、能力に目覚めてるみたいです」
「報告と違うじゃねーか!」
「1日前の情報なのでそれ以降で目覚めたのかも」
「使えね~」
偽リコの言葉に、金髪少女はムッとなって突っかかる。
「そもそもお姉さんがちゃんと演技できてればあのまま穏便に済ませられたのに! なんですかさっきの!」
「だ、だってなんかすげーそれっぽい雰囲気作るし、アレ? もしかして恋人同士なのかな? って思うじゃん!」
「報告ではそんな情報なかったじゃないですか」
「1日前の情報だからそれ以降で付き合ったかもしれないし~」
「《ダンテズ・ピーク》と出会ったのは2日前なんですよ!? そんな短い付き合いで恋人になるわけ……ない、ですよね?」
「え!? いやぁ、私からは、なんとも……」
突然話を振られた隊員の1人が困惑して返答に四苦八苦する。許してやってくれ、彼は童貞なんだ。
「え、え~とですね。とりあえずどちらが悪いという話ではなく、これからどうするかを話し合いませんか」
見かねた隊長がかしましい2人をなだめにかかる。そのごもっともな意見に2人とも今のところはいがみ合うのをやめたようだった。
「とりあえず、マーシャルお姉さんはこの場を離れた方がいいです。偽物だとバレた以上、戦闘能力皆無のお姉さんの役割はもうないですから」
「悪かったな戦闘能力皆無で! っていうかお前も能力弾かれたんだろ。どーすんだよ」
「本人への直接的な能力行使ができなかっただけで、打つ手はあります」
彼女のテレポート能力は人間はもちろん物体なども自由に転移させることができる。暁の周りに瓦礫をテレポートさせて身動きを封じればそれだけで勝ちなのだ。ただ、懸念点はある。
「問題は、ロココさんの能力を打ち消すような能力を風早暁も持っている、ということですね」
「はい……でも私と同じ能力ではないと思います。それなら走って逃げずにテレポートすれば済みます」
ロココは隊長の言葉にうなずく。
「相手の能力が不明である以上、各個撃破されないよう固まって行動したほうがいいでしょう」
「……はい。《ダンテズ・ピーク》が夜のうちに戻ってくることはないです。焦らず慎重にいけば大丈夫です」
「夜のうちには戻ってこないってどこまで飛ばしたんだよ?」
「呉コミューンの近くですよ。呉から横須賀への直通便はもう終わっていて、始発便の7:15を待つしかありません」
「なるほどな」
ロココたちは行動を開始した。マーシャルを組織の本部にテレポートさせ、残った者たちで暁を追う。さて、肝心の暁君だが、走って逃げるのをやめて歩きはじめていた。疲れたからである。100年間寝たきりだったことを考慮すればこれでもすごい方だろう。
暗闇の中、建物も様変わりしてしまった道を歩いていても、どこか懐かしい感じが残っているものだ。しだいにその懐かしさの琴線に触れる度合いが増してくる。暁が住んでいた場所に、近づいているのだろう。
「鬼ごっこは終わりですよ、お兄さん」
暁の目の前に突然奴らが現れた。ロココと武装した隊員が4人。偽リコがいないことに暁は違和感を持ったが、居たところで対応は変わりはしないだろう。
「……俺は鬼ごっこよりもかくれんぼのほうが得意なんだ。隠れるまで目を閉じて待ってくれないか?」
「ユーモアのある返しですね。好きですよ、そういうの」
ロココの目は笑っていない。後ろの隊員たちが前に出てきて、暁に向かって銃を構えた。正確にはテーザー銃である。暁をなんとか生きたまま捕まえたいのだろう。
「大人しくついて来て頂ければ痛い目を見ずに済みますけど」
「銃で脅してくる奴らの所にはついていきたくないかな……」
「なら脅す前について来てほしかったです」
バンッ!
発砲音に暁は思わず目を閉じた。だが、予想した衝撃はいつまで経っても来ない。目を開けるとそこには、驚愕の表情をしているロココたちと……暁の足元に転がるテーザー銃の射出体があった。
「……!」
「そんな!」
明らかにおかしい。暁とテーザー銃を撃った隊員の距離は3メートル程度だ。余裕で射程範囲である。おまけに射出体は2人を結ぶ直線上に落ちている。思いっきり下に向けて放たなければそんな状況になるはずがない。
バンッ!
他の隊員が間髪入れずにテーザー銃を放つが、結果は同じだった。射出体は暁の前で地面に落ち、転がることしかできなかった。
チャンスだ! そう悟った暁は横の塀を飛び越えて姿をくらませようとした。そう、ただちょっと塀のてっぺんに手が付く程度のジャンプをしようとしただけだったのだが。
「は?」
暁の体はジャンプと同時に20メートルほど飛びあがり、その眼下に家々の屋根を捉えていた。
「なあああぁぁん!?」
理解不能な事態に奇声を上げる暁。しだいに無くなっていく浮遊感と生まれてくる下降感。迫ってくる家の屋根。
「おおおお! ちょっとタンマ!」
そんな暁の叫びなど考慮されるはずもなく、無慈悲に屋根と激突を……しなかった。
「……」
屋根に激突する直前に再び浮遊感が生まれ、暁は難なく屋根の上に着地した。着地はした。
バキッ……
「おん?」
さすが推定築100年の建物といったところか。70kg程度の暁の体重すら受け止められなかったらしい。もろくも崩れ去った足場とともに、暁は本日2回目の落下感を味わうことになった。
「がぁ!」
幸運なことに……暁の落下した場所にあったのはソファだった。一緒に落下した瓦礫のせいで体に痛みがあるが、大したことはなさそうだ。
「くそっ!」
悪態をつきながら、暁はソファから起き上がる。何しろ埃まみれのソファに突っ込んでしまったのだ。男前が台無しである。何はともあれ、ロココたちから一時的にでも逃げられたようだ。しかし、見つかるのも時間の問題だろう。一か所に留まるのはいい判断とは思えない。すぐさまこの場所から離れるべきだ。そう暁が考えるのはごく自然なことであった。
だが、暁はその場から一歩も動けなかった。
なぜだろうか? 答えはシンプルで、そこが彼にとっての終着駅。いや、始発駅だったからだ。
100年前、二度と戻れないかもしれないと思って出てきた家に、暁は帰ってきていたのだ。




