011.Respect Me
自分の家。それを認識した途端、暁を立ち眩みが襲った。それは体の異常に起因するものではない。心に起因するもの。懐古による立ち眩みだ。昔の記憶がよみがえるときに心が若返るために起こる立ち眩み。
暁の家は2階建ての一軒家だった。小さなころ、ローンを返済したお祝いでごちそうが出てきたのを今でも覚えている。でも暁は、ごちそうよりもときどき母親が作ってくれるブリの照り焼きのほうが好きだった。今は灰色が支配する家に、暁は色鮮やかなかつての日々を幻視する。
暁は、リビングから自分の部屋のほうへ進んでいく。中は出ていった時とほとんど変わっていなかった。小学校に入るときに買ってもらった机を結局高校でも使い続けている。本棚には教科書と漫画、そして毎月買っていた雑誌のNewton。
ふと暁は、夢での母親との会話を思い出した。あの後、約束通り母親は買ってくれたのだ。暁の記憶が確かなら、机の一番上の引き出しにヤツがいるはずである。
「……よお。久しぶりだな」
カレイドスコープマン。小学校の頃に暁がはまっていた特撮ヒーローのフィギュアだ。人類のため宇宙からの侵略者を倒していく正義の味方。ベタな設定だが、昔はフィギュアを母親にねだるほど好きだった。
「そうか。やっぱり、ドッキリでもなんでもなかったんだな」
ここに来てついに、暁は諦めざるを得なくなった。この世界は確かに自分の生きた世界の100年後の姿なのだと。不思議な何かが起こって自分だけ並行世界か何かに飛ばされてしまったというわけではないのだ。つまりそれは、暁の孤独が確定した瞬間であった。だが、意外にもそこに哀しみはなく、奇妙な安堵感が暁の心を支配していた。
「……」
暁はふと、机の上に出しっぱなしになっていた1冊のNewtonに目をやった。埃を払うと表紙には大きく、アイザック・ニュートンの姿が描かれている。暁はこの場に来るまでに起こったことを思い出す。テーザー銃がなぜか自分に届かず、異常なジャンプ力であの場を離脱できた謎の力。次に、自分の足を見る。トントン、と足踏みをした。カチリと、暁の頭の中でパズルのピースがはまった音がする。その時、暁は自分に芽生えたフリークスとしての能力を完全に理解した。
一方そのころ、ロココは焦っていた。暁がジャンプした後に聞こえてきた音からどこかの家に落ちたのは間違いない。だが、暗闇の中、似たようにボロボロの家が密集している住宅地でそれを特定するのは上空からでも困難だった。流石に地上から1軒1軒しらみつぶしに探している暇はないし、そんなことをしている間に逃げられるだろう。
「致し方ありませんね」
どうしてもリコが戻ってくるまでに暁を確保したいロココは、少し乱暴な手段に出ることに決めた。トランシーバーで他の隊員たちと連絡を取る。
「《ジェイコブス・ラダー》を使います。いったんこの辺りから離れてください」
しばらくして他の隊員から退避完了の連絡が入り、ロココは文字通り羽を広げた。それは天使の羽というにはあまりに幾何学的な造形をしていた。羽は黄金の光を放っており、暗闇をその場所から消し去っていく。だが、ロココは別に明かりが欲しかったからこんな真似をしたわけではない。
「ごめんなさいお兄さん。私かくれんぼは嫌いなんです」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
解体工事がはじまったのかというほどの轟音がその一帯に鳴り響く。ロココの羽から枝木のような線が伸び、眼下にあった家を串刺しにしたのだ。柱を破壊されたその家は、そのまま倒壊していく。
「風早暁さん! このまま出てこないなら、この辺り一帯の家を全部破壊しますよ!」
暁に向けたその言葉が終わる前に、ロココは再び別の家に攻撃を仕掛け、瓦礫の山に変えていく。暁としても家の下敷きになるのは勘弁願いたいはず。移動を開始すれば、明かりのある今の状態なら捕捉は容易だろうという判断だった。
そして確かに暁は姿を現した。ロココの想像とは少し違っていたが。
「お~い! ここだ! 俺はここだ! 相手になるぞロココちゃん!」
ロココから50メートルほど離れた道路に、暁はいた。ご丁寧にロココに向けて手を振って場所を教えているようだ。ロココはテレポートを使い、一瞬で暁の前に移動する。
「うお! びっくりした」
「素直に出てきてくれて嬉しいですよ、お兄さん」
「喜んでもらえたなら出てきた甲斐があった。ところでその羽は? 似合ってはいるけどコスプレじゃあないんだろう?」
「おや、知らないんですか。私の精霊魔装です。能力に目覚めたフリークスは大体半年から一年で力を武器として物質化できるんですよ」
「……へえ」
知らなかった、そんな設定……という気持ちになっていた暁を無視し、ロココは喋り続ける。
「それでは大人しくついてきてください」
「それはできない相談だな」
「ま~だ言いますか」
ロココの仲間の隊員が合流してきた。ロココの側に2人、暁を挟んで2人。脇道もない状態で、暁は完全に包囲されてしまっていた。
「まだ言う。なぜなら俺は、ヒーローだから!」
「……はい?」
「ヒーローの3つの仕事、知ってるか?」
「知りませんよそんなの」
「1つは『決断する』だ!」
暁の言葉と同時に、ロココたちに異変が起こった。
「え、ええっ!?」
ロココたちの体が、地面から浮きはじめたのだ。まるで、宇宙にでも来てしまったかのように――。ロココはめくれそうになったスカートを慌てて抑える。
「まさか、これがお兄さんの能力!?」
「その通り! どうやら俺は重力を操れるらしい」
「重力……!」
そう、重力。テーザー銃が届かなかったのも、突然大ジャンプしたのも、すべて重力を操ったおかげなのだ。そう考えると、それ以前の事象にも説明がつく。
「最初に俺が逃げたとき、テレポート能力で俺を捕えようとしただろう?」
「!」
「あれを防いだのも俺の能力のおかげだ。きっと君のテレポートは空間を捻じ曲げて物体を移動させてる。重力も空間の歪みだからな。リコもその能力で飛ばしたんだな? どこに飛ばしたか教えてもらいたいね」
「……」
ロココから、それまでの余裕のある表情が消え去った。羽を変形させ地面に打ち込み、体勢を立て直す。ほぼ同時に、暁に向かっても羽を伸ばして攻撃を行った。だが、それは暁の前で方向を変え、地面に突き刺さる。
「もう君の攻撃は通じない」
「……ヒーローの仕事の2つ目は、敵の前で能力をベラベラと喋ることですか?」
「何?」
再びロココが攻撃を仕掛ける。さっきと同じ羽の攻撃、それは前と同様に暁の前で方向を……変えなかった。
「っ!?」
暁の右のふくらはぎに猛烈な熱さが襲う。ロココの羽が、足に突き刺さっていた。
「お兄さんって意外とバカですね。あなたが私の能力を打ち消せるなら、逆だってできますよ」
一転攻勢。ロココの表情には余裕が戻り、暁は……いや、それでも暁は笑っていた。あぶら汗を滲ませながら、それでも笑っていたのだ。




