012.精霊魔装
暁の足から、血がにじむ。おそらくそれほど傷は深くない。それでも痛みは相当なものだ。だが、暁は笑顔を崩さなかった。
「ヒーローの仕事の2つ目が聞きたそうだから教えてあげよう」
「別に聞きたいわけじゃ……」
「ヒーローの仕事の2つ目、それは『諦めない』だ!」
セリフとともに、暁は無重力状態を解除し、今度は地球の重力を倍加させた。ぷかぷか浮かんでいた隊員たちは突然の重さにうめき声をあげて地面にたたきつけられる。ロココも突然の重力の変化に虚をつかれた。
「こんなもの!」
それでも瞬時に暁の能力に対抗してみせたのはさすがである。だが、その一瞬に暁は次の手を打っていた。重圧にうめく隊員の手から、テーザー銃を奪い取っていたのである。
「!」
バンッ!
一切の躊躇なく、暁はロココに向かってトリガーを引く。まずい! と脳が認識する前にロココの羽は反射的に自分の体を防御した。刹那、自らの羽のためにロココは暁の姿を見失う。その隙に暁は逃げる……のではなく、なんとロココに突っ込んでいく。
「チェェェェストォォォォォッ!!」
「んな!?」
叫び声とともに暁はロココにとびかかる。日本刀をその手にもって。ガキンッと音がして、ロココの羽と暁の刀が接触した。いったいどこから、という疑問を感じる前にロココが感じる重力が爆発的に増え、思わず片膝をついた。
「ま、まさかこれって……!」
「これが、エメラルドビュッフェか! 気合入れたら出てきたぞ!」
「精霊魔装です!」
下らないやり取りをしている間にもロココにかかる重圧はどんどん増えていく。暁の精霊魔装はシンプルに操れる重力を強くするものらしい。その強さは、ロココが無力化できる容量を超えていた。なんか力んだら出てきたものにしては上出来である。
「潰れる……! 潰れてしまうぞロココちゃん! 引け、引くんだ!」
「な、舐めないでくださいいいいいいいいいいい~っ!」
「……!」
地面に立てたロココの片膝が、しだいに持ち上がってくる。恐るべきことに、ロココは暁の能力を中和しはじめていた。彼女が自分のことを最強のフリークスだと豪語したのは決しておごりではない。実際に、彼女は他のフリークスとは一線を画す出力を持っているのだ。
「んにににににににっ!」
「……! 素晴らしい気合だ。顔も良い。彼氏はいるのかい? いたら別れてくれ。俺が新しい彼氏だ。やがて夫になる」
「はぁっ!?」
突如として意味不明なことを言い出した暁に、ロココは思わず怯む。その隙をついて押し返そうとした暁だったが、それが不可能だと悟った。主に、背中に当たった硬い感触によって。
「そこまでです。能力を解除してください」
「……!」
「ロココさんに集中し過ぎましたね」
暁はその言葉に従い能力を解除した。背中にあてがわれているのはテーザー銃だろう。ロココに力を使い過ぎて、他の4人への重力制御がおろそかになっていたのだ。
「ふ、ふふ。残念でしたね……私には仲間がいるんですから」
ぜえぜえと苦しそうに息をしながら、ロココが立ち上がる。これで決着がついた、とロココたちは確信していた。そして追い詰められた暁の口から出た言葉は、その場の誰も予想だにしなかったものだった。
「正解」
「……はい?」
なんの脈絡もない暁の言葉にロココは訝しむ。
「正解だロココちゃん。ヒーローの仕事の3つ目、それは『仲間を信じる』だ」
ドサッと、前触れなくテーザー銃を構えていた隊員が地面に突っ伏した。
「えっ!?」
ロココが状況を把握しようと考える前に、他の3人の隊員も次々に倒れていく。そんなばかな、暁の別の能力か、とロココの脳が急速回転しはじめる頃に、何者かがやさしくその肩に手を置いた。
「……!」
誰が自分の肩に手を置いたのか? ロココは頭に浮かんだ名前を必死になって否定した。前には暁の姿がある。倒れている4人の隊員以外にこの場に人はいないはずなのだ。そう、きっと新手だ。他の組織でも暁の存在を狙っている所はいくらでもあるだろう。きっとどこかで情報を嗅ぎつけて、横取りしようとしているのだ……。
悲しいことに、それはすべてロココの現実逃避だった。本当は彼女も気づいていた、自分の後ろにいるのが、誰なのか。
「悪かったわね。1人にしちゃって」
「いいさ。こういうしんみりとした夜には1人になりたい時もある」
「割と余裕そうでよかったわ。後は私が何とかするから」
「助かるよ」
ひゅー、ひゅーという音をロココは聞いていた。自分の呼吸音だ。心臓も早鐘のように打っている。極度の緊張感の中で、それでもロココは口を開くことができた。
「《ダンテズ・ピーク》……」
「ああ、私のこと知ってたのねあんた」
朝まで帰ってこないはずの女がそこにいた。
「あのテレポート、あんたの能力ね。油断したわ」
リコの言葉はロココには届いていない。ロココは、タイミングを見計らっていた。再びリコをこの場から遠ざけるタイミングを。
「あんたのために言うけど、諦めて帰んなさい。これ以上はタダじゃすまないわよ」
「……はい。わかりました」
「素直でよろしい」
そして、ロココの肩にかかった手の感触が消えた瞬間、彼女は振り向きざまにテレポートを――。
「げほっ!?」
拳が、ロココのみぞおちに入っていた。テレポートのための集中力が一瞬で霧散する。そして意識も同じように霧散していくのを感じながら、ロココは気を失った。
「……まあ、これくらいで許してあげるわ」
「もう少しやさしくしてあげてもいいんじゃないか?」
「こいつが抵抗するんだから仕方ないでしょ」
冗談交じりで会話をしているが、暁はリコが無事なことに心底安堵していた。そして、それはリコにとっても同じことだった。
「助けてくれてありがとう。正直マズい状況だった」
「でしょ? もっと感謝して」
「後でいくらでも感謝するさ。それよりここを離れよう。こいつらがいつ起きるか分からないしな」
「ここを離れるのには賛成よ。でもその前に」
リコはロココに近づいて、ほっぺをぺしぺしとたたきはじめた。
「リコ?」
「ほら、起きなさい」
「う、うん?」
ロココが目を覚ました。目の前のリコを見るなり、ヒッっと怯えた声を出す。
「な、なんですか」
「なんですか、じゃない。あんたが起きてないと魔甲虫が襲ってきたときこの人たちがやばいでしょ」
「あ……」
リコの言葉で暁も理解した。なぜわざわざロココを起こしたのかを。
「さっさとこいつら連れてコミューンに帰るのね」
「……甘ちゃんですね。敵なのに助けるなんて」
「あ、そういうこと言う? じゃあ殺そ」
「えっ!? ご、ごめんなさい。やっぱり見逃してください!」
慌てたロココは見事な土下座を披露した。
「素直でよろしい」
他の4人の介抱をはじめたロココを尻目に、暁とリコはその場を離れた。なんだかどっと疲れたが……これにて一件落着と言ったところだろう。暁の心の中には、スッキリとした青空が広がっていた。




