089.ドラえもんのうた
緑が丘、大きな神社のあるその場所は今では周囲をバリケードで囲われ、小さな砦のようになっていた。時折、バリケードの上部から周りをうかがうような人影が見える。
「さて……」
2人はそのバリケードを遠目に眺め、作戦を立てていた。
「あそこにいる奴らがゲームを奪っているとなると、正直に言っても入れてくれないだろうな」
「まあそうなるね」
「ということで不法侵入をしようと思う」
「そう来なくっちゃ!」
相手も不法に占拠しているのだから不法侵入も何もないのだが、ロジェはノリノリだった。「不法侵入」という言葉が悪っぽくていい。士気を高めるためには名前やストーリーにも気を配らねばならない。これもロジェを楽しませるための暁の配慮の一つであった。
「バリケードに隙はなさそうだが、流石に上空まではケアしていないだろう」
「暁の能力ってこういう時便利だよね~。僕も空を自由に飛びたいな~」
「はい、タケコプター」
暁は両手を広げて、ロジェを抱え上げる準備をした。だが、ロジェはキョトンとするだけだった。
「タケコプター? なにそれ」
「wow。フリじゃなかったのか。まさかドラえもんの存在が消えてしまうとは……」
100年という年月は長い。気を取り直して暁はロジェをお姫様抱っこすると空へと舞い上がっていく。バリケードの中が良く見えるが、やはり上空を警戒している者などいなかった。
「う~ん。子供がいるって話だったけど、ぱっと見どこにもいないよ」
ロジェの言うとおり、バリケードの中にいるのは大人ばかりで、子供が見当たらない。
「ボスたちに奪われないために一か所に集めて守っているのかもしれない」
「じゃあ、守りが手厚そうな場所が怪しい!」
その場所はすぐに見つかった。神社の境内、拝殿の近くに銃で武装した男が集まっている。
「目星はついたが、荒事なしに侵入するにはどうしたものか」
「ふっふーん。今度こそ僕に任せてよ」
「おお、そうか……ロジェちゃんの能力なら」
「やっと出番だ!」
暁は早速監視の目の薄い神社の裏側、緑が丘に降り立つ。そしてロジェが地面に手を当てると、地面が変形し縦穴ができていく。ロジェの能力 《サンアンドレアス》だ。あっという間に拝殿地下までの洞窟が開通した。横須賀は日本で一番トンネルが多い街と言われている。彼女の能力があれば昔の工事はどれほど楽になったことだろう。
「流石ロジェちゃんだ」
「まあでも明かりはないから真っ暗な中を進まなきゃだけど」
「怖いなら俺にしがみついてても大丈夫さ」
「怖いものなんてありませーん」
暁をいなして、ロジェは洞窟の中に入っていく。暁もそれに続いた。壁に手をつきながら前進し、拝殿の真下に移動する。地面と拝殿の間から差し込む光でそこは少しだけ明るくなっている。
「いきなり入るとビックリするだろうからノックをしておこう」
暁は拝殿の床下を何度か拳でたたいてみる。上でゴソゴソと誰かが動いた音を確認し、精霊魔装を発現させ、刀で周辺をくりぬいた。そして、開いた穴からぬっと頭を出してみる。
「ひっ!?」
そこには確かに子供がいた。みんな拝殿の端に集まって恐怖の眼差しで暁を見つめている。
「やあどうも。床下から失礼するよ」
穴から這い出た暁は、そこからロジェも引き上げる。その間も子供たちはずっと警戒を続けていた。もっとも、子供と言っても暁と同じか年上かもしれないくらいの者もいたが。
「う~ん」
ロジェは拝殿の中を見回す。すると、ちょうど子供たちが固まっているのと反対側に何かが平積みされているのを見つけた。近づいたロジェが「あ!」と声を出す。家電やアニメのグッズのようなものがごちゃごちゃと積まれている中に、2人が探している『爆炎天使ファビュラスさん』のパッケージがあった。
「やっぱりここにあった!」
「やはりあいつらが奪ってたんだな。だが……」
暁は改めて周辺と子供たちを見る。ここにはゲームをするために必要なハードが見当たらない。ついでに言えば明かりも少ない。これでは目が悪くなってしまう。
「これを奪ったのは子供にゲームを与えるためだと思ったんだが違ったか」
「……あいつらがそんなことするわけないじゃん」
暁の言葉を聞いた1人の少女が口を開いた。
「ほお、何か知ってるのか?」
「詳しくは何も知らないけど……あいつら私たちを保護するってここに集めて出さないんだ。それで、毎週少しずつ子供をどこかに連れて行く」
「きな臭くなってきたな。このゲームについては何かわかるか?」
「さあ……そこにある家電とかもときどきどこかに持っていくよ」
「ふうん……」
暁はロジェと顔を突き合わせる。
「これってもしかして」
「多分、ここに居る奴らはボスから子供を守っているんじゃなく、代わりに子供を売って利益を独り占めしてるだけだな」
「カスしかいないの? この通り。ゲームとかは?」
「おそらく……転売だろうな」
「転売って?」
「ああ、今の時代はあんまりポピュラーじゃないのか。転売ってのは商品を買い占めて手に入らなくなった人に法外な値段で売りつけるクソな所業だ。俺の居た時代では殺人犯や性犯罪者が行きつく果てに手を出す仕事として有名だった」
嘘である。
「そうなんだ」
だが、ロジェは素直に信じた。暁はとりあえず一本ゲームを拝借して戻ろうとしたが、そこで囚われていた子供たちが、自分たちの入って来た穴を塞ぐように立ちふさがっている事に気づいた。
「あ、あんたたち、私たちを助けてよ……!」
「助ける? その穴なら好きに使っていいから勝手に脱出すればいいぞ」
「違う! ここから逃げても大人たちに追われて捕まるのがおちだよ。かくまってくれよ。あんたら、見たところいいとこの出身なんだろ!?」
「嫌だね」
少女の願いに、暁は間髪入れずに回答した。その目はしっかりと少女を見つめている。
「な、なんでだよ!」
「君たちがブスだから」
空気が凍りつく。その言葉が冗談の類ではないことは暁の目を見れば誰でも理解できた。理解できたからこそ、ワンテンポ遅れてロジェの肘鉄が暁の腹に直撃する。
「ふんっ!」
「がはっ!?」
あまりに完璧に入ったものだから、暁もさすがにしりもちをついてしまった。
「あのさあ暁! そういうのほんと止めた方がいいよ!」
「ごめんよ。自分の気持ちを偽る才能に乏しくて」
「言い訳はいいからこの子たちも助けようよ!」
「OKOK」
一度咳ばらいをした後、暁は冷たい目線を向ける少女たちに改めて向き合った。
「まあ、君が言った通り。いま逃げてもかくまう場所が必要になるな」
「そうだろ? だから……」
「だから逃げないようにしよう」
「はあ!?」
「あくまで今はって事だ。作戦はあるさ」
そして暁はその作戦決行のために電話をかけはじめるのだった。




