086.マ・メール・ロワ
暁が昔住んでいた日本という国では、どちらかと言えば人が産まれた日よりも死んだ日の方が重視される。誕生日はほとんどの場合、家族の間だけで小規模に祝われるが、葬式は親せきや縁のある人を呼んで執り行われる。さらには守らねばならぬ礼儀作法もあり、葬式を仕切る企業まであったのだ。「終わり良ければすべて良し」という文化があるのかもしれない。
ある朝、広い食堂の中から目ざとくロジェを見つけ出した暁はさりげなくその隣に座って見せた。
「やあロジェちゃん。君と朝食を一緒にできるなんて俺は幸せ者だ」
「おはよう暁~」
今日の朝食はパンとスープ、スクランブルエッグにソーセージ。いつも通り差し障りのない美味しさをしている。
「さて、俺はなぜロジェちゃんの隣に座ったと思う?」
唐突に、暁はロジェに向かってなぞかけをした。
「え? いつも近くに座ってくるよね?」
「まあね。だが今日はいつもと違う理由がある」
「いつもはどんな理由なの?」
「そこに君がいるからさ」
「あっそ。それで今日の理由って?」
そっけなく応答したロジェに暁はにやりと笑って切り出した。
「ロジェちゃん。そろそろ誕生日だろう? 何か欲しいものはないかい? プレゼントするよ」
「……え? なんで僕の誕生日知ってるの」
「それは企業秘密」
暁からわずかに距離を取ったロジェだったが、欲しいものを買ってくれるなら乗らない手はない、と思い少しだけ考えはじめた。
「う~ん。あ! それじゃあ『爆炎天使ファビュラスさん』買ってほしい!」
「……『爆炎天使ファビュラスさん』? あ、もしかしてゲームか」
「そう。僕の誕生日の前日に発売されるゲームでさ。『地獄天使マーベラスちゃん』ってゲーム作ったのと同じスタッフが携わってるんだよね」
そこからロジェのゲーム談議が続く。暁も100年前はそこそこゲームもやっていたが、最近は物理学の研究にかまけてご無沙汰になってしまっていた。
要はロジェの話にはさっぱりと付いていけなかった。だがそれは些細なことである。暁はロジェの趣味に共感して彼女を好きになったのではない。彼女の顔と性格がよかったから好きになったのだ。いや、いい性格だったからか。
「わかったよ。『爆炎天使ファビュラスさん』が欲しいものって事だな」
「うん!」
「OK、誕生日を楽しみに待っててくれよ」
この時暁は「ただゲームを買うだけ」だと思っていた。むしろ渡す前の演出をしっかりと考えなければならない、と渡せることは前提として考えていた。朝食を終えてすぐに中央のゲームショップで予約をし、ついでにちょっと包装も凝ったものにしてみようと店員と相談もして準備は完璧。
だが、人生、こういうときに限ってうまく行かないものである。
ロジェの誕生日の前日に暁は意気揚々とゲームショップに向かった。そして、顔を合わせるや否や、なんだか申し訳なさそうにする店員を見て暁は心にさざ波が立った。
「……まさかとは思うんだが」
「申し訳ありません。実は『爆炎天使ファビュラスさん』が届いておらず……」
「届いていない?」
「はい。本来は昨日届くはずでしたが、配送途中でシュレディンガー通りの者に襲われたらしく……積み荷を奪われてしまったようなのです」
「……シュレディンガー通り?」
暁もだいぶこの横須賀に馴染んできたと思っていたが、「シュレディンガー通り」なる場所を聞いた覚えはなかった。もちろん物理学者として有名なシュレディンガーの方は知っているのだが。
「再入荷の依頼はかけていますが、届くのは早くても三日後かと……」
「なるほど。よくわかった。届いたらすぐに教えてくれ」
暁はそう言い残すとすぐさま防衛隊本部に帰り、セシルの部屋まで行ってチャイムを鳴らした。セシルが扉を開くが、暁は中に入らずその場で会話しはじめる。何しろロジェの誕生日は明日なのだ。早急な対処が必要である。
「どうしました? 風早さん」
「突然悪いねセシルさん。諸事情があってシュレディンガー通りについて教えて欲しい」
「シュレディンガー通りは大滝町から汐入までの仲通りのことですね。はっきり言ってスラム街なのでよほどのことが無ければ行かないで欲しいです」
「そのよほどのことが起きた。ロジェちゃんのために予約していたゲームがその通りの奴らに奪われたらしい。取り戻しに行く必要がある」
「……再入荷を待つことはできないんですか?」
「再入荷は三日後でロジェちゃんの誕生日が過ぎてしまう。優しいロジェちゃんはそれでも許してくれるかもしれないが、その優しさに甘えたくない」
「気持ちは分かりますが……許可できません。あの通りはほとんど治外法権みたいなもので、危険です」
「じゃあ、僕がボディーガードになってあげるよ」
突然聞こえてきた第三者の声に、暁は驚いた。その声はどう聞いてもロジェのものだったのだ。暁はセシルの肩越しに、部屋の中でキメ顔をしているロジェを見つけた。
「wow、居たのかロジェちゃん。運命の女神はどうしても俺と君をくっつけたいみたいだな」
「セシルに勉強教えて貰ってんだ。僕宛てのプレゼントなんでしょ? なら一緒に探すよ」
「ですから、許可はできないと……」
「セシル過保護過ぎだよ~。僕と暁、2人もフリークスがいるんだから何が起きても余裕だって!」
「……やっぱりダメです」
ロジェの説得にもセシルは意見を変えなかった。彼女は結構頑固だ。こうなると許可を得るのは難しい。暁もロジェも同じ結論にたどり着いたが、その後の行動は大きく違っていた。
「そっか、じゃあしょうがないね。セシル、さっきの続き教えてよ」
「ええ」
そうして、セシルがロジェのほうに近づいて行ったその時だった。ロジェが精霊魔装を瞬時に展開し、そのメリケンサックをセシルの頸動脈付近に押し付ける。すると声をあげる暇さえなく、セシルは失神した。いわゆる頸動脈洞反射である。
「……oh」
あまりの鮮やかさに暁の口からは感嘆詞しか出てこなかった。ロジェは失神したセシルを支えると暁に声をかける。
「ほら、暁も手伝って! セシルをベッドに寝かせてよ」
「OKOK」
暁はセシルを抱え上げ、ベッドに寝かせた。その間に、ロジェは出かける準備をしているようだった。
「気絶している姿すら美しい……俺のキスで目覚めるに違いない。後で余計に怒られそうだからやらないが」
「過保護過ぎなんだよセシル。あれやっちゃダメとかここ行っちゃダメとか。危険から遠ざけることで逆に子供の成長を妨げてしまうと僕は思う!」
「なるほど。部分的には同意だ。ところであんな技どこで習ったんだ?」
「お父さんから。不審者とか危ない人とかに襲われてもこれでイチコロだって」
「……過保護だな」
眠れる森の美女と化したセシルを置き去りにしてロジェと暁は防衛隊本部の外に出た。目指すは盗まれた『爆炎天使ファビュラスさん』のあるシュレディンガー通りである。




