082.MOTHER IS THE FIRST OTHER
病院棟に到着した4人はデータを確保する側と赤ん坊を確保する側の二手に分かれた。
「んで、なんであんたはこっちについてくんの」
リコがあたりまえのように横を歩いているロココに聞く。
「データの吸い出しなら私がいなくてもお姉さんでできますし。私は赤ん坊の方に興味があるんで」
「言っとくけど、赤ん坊奪おうとしたらタダじゃおかないわよ」
「そんなことしませんよ!」
こうして、リコ、ロジェ、ロココの3人は赤ん坊のいる病室の前に着いた。扉の前には看護師の女性が控えている。軽く会釈し、防衛隊から赤ん坊を確保するように言われたことを伝える。
「連絡は受けております。こちらです。他の赤ん坊とは場所を離していますので」
「分かったわ」
リコが短く返事をし、部屋の中に入る。そこにはぽつん、と1台だけ設置された保育器があった。
「この子が問題のフリークス、か」
保育器の中にいたのは可愛らしい赤ん坊だった。今は眠っているようで、目を閉じている。もちもちのほっぺと、これまたもちもちの両手両足。この世に恐るるものなし、といった風に堂々と仰向けで寝ている姿にはある種の貫禄があった。
「わあ、可愛い!」
ロココは、赤ん坊の姿に目を輝かせていた。その騒がしさに目を覚ましたその赤ん坊はパチリと両目を開くと、視界に入ったロココを見て、笑った。
「私を見て笑った!」
「ほら、あんまり近づかない。ロジェ、さっさとこの赤ん坊連れてくわよ」
「なんですか、もうちょっと見てても罰はあたりませんよ! こんなに可愛」バリン、と音がした。
同時に、ロココは自分の目の前に、本当に目の前に何かが迫っている事を認識した。
「な……」
ロジェは目の前の光景に唖然として声を漏らした。保育器が中から破壊され、ロココに向かって、細い針のようなものが飛び出して来たからだ。そして、それはロココの目を潰すギリギリのところで、リコに鷲掴みにされていた。
ドサッとロココはその場にしりもちをついた。慌てて、ロジェはロココの体を支える。
「な、な、な、なんですか一体!?」
若干呼吸困難気味になりながら、ロココがリコに問う。
「私がわかるわけないでしょ……でも、見た感じこれが彼女の精霊魔装みたいね」
ロココは恐る恐る立ち上がると、壊れた保育器の中にいる赤ん坊を確認する。笑っている赤ん坊の小さな手から場違いなほど長い爪がロココの目前にまで迫っていたのだ。もしリコが守らなかったらどうなっていたか、考えたくもない。
「エ、精霊魔装って……この子、生後二日ですよね!?」
「普通ありえないけど……生後二日で能力が覚醒してること自体あり得ないから、その程度はやってのけると思わない?」
「そ、それは……」
普通、フリークスの能力が覚醒するのは4~5歳くらいである。あまりに早熟と言っていい。
「どうやらこの子は攻撃するつもりは無くて、能力を制御できてないだけっぽいわね。性転換の能力と同じか……」
「危なすぎるじゃないですか!」
「ええ、確かに普通の病院にこのまま置いとくわけにはいかないわ」
リコは保育器を開け、赤ん坊を抱え上げる。人の体温に触れて安心したのか、赤ん坊は精霊魔装を解除した。
「新しい保育器をもらって、防衛隊に戻るわよ。帰りもあんたの能力でお願い」
「私タクシーじゃないんですけど」
「やっほー、こっちは終わった……なんかすごいことになってる?」
ちょうどベティも合流したので、4人は一緒に防衛隊へと戻った。ロココたちはそのままナンブーコの元へ戻り、リコたちは赤ん坊を防衛隊の研究棟に預けた。
それでリコの役割は終わりかと思ったが、そうは問屋が卸さなかった。
「は? これからこの子の面倒を見るの? 私が?」
「そうだ」
リコの質問に、霧羽は端的に返した。会議室の中には霧羽とセシルとリコ、そしてリコに抱えられた赤ん坊だけだ。
「どうして私がそんなことしなきゃなんないのよ! そもそも子育てなんてやったことも……」
「それでもお前しかできない。それはお前が一番良くわかっているだろう。でなければ、赤ん坊を抱えてここに来るはずがないからな」
「……」
霧羽の言葉にリコは黙った。研究棟に預けたはずの赤ん坊を今リコが抱えているのは、この子がまさに時限爆弾だったからだ。研究棟にいる間、精霊魔装を何度も発現させたためにリコは常に赤ん坊のそばに付いて、その無邪気な攻撃から研究員たちを守る必要があったのだ。
「研究棟の職員からも赤ん坊の分析を行う場合は必ずリコさんが近くにいてほしいと請願がありました」
「それは……わかるけど……」
研究員も研究対象に殺されるかもしれない環境では働きたくはないだろう。
「もちろん、支援はしますが……赤ん坊の精霊魔装のスピードに対応できるのがリコさんしかいない状況では、どうしても頼らざるを得ません」
「……わかった」
リコは観念した。確かにこの子を自分以外が見れば、何人死傷者が出るか想像もつかない。だが、同時に不安でいっぱいだった。赤ん坊に対してやっていいこと、やってはいけないこと、どちらも分からないのだ。支援すると言ってくれているにも関わらず、リコの感じる孤独感は一人の時よりもはるかに大きく、重くなっていく。
ちらり、とリコは腕の中の赤ん坊の様子を確認した。赤ん坊はリコの不安など気にする事もなく、無垢な笑顔を向けていた。




