080.じゃじゃ馬にさせないで
男は誰しも考えたことがあるだろう。「自分が女になったらどうなるだろうか」と。そして勝手にそこそこの容姿になれる前提でシミュレーションをしてみるものである。そして気づくのだ。「やはり女として生きるのは面倒くさいし危なそうだ。男のままでいいや」と。特に何がと言われれば、やはり出産である。あれは御免被りたい。
ある日暁はこんな夢を見た。
顔を洗おうと鏡の前に立つと、そこになかなかの美少女が見えた。よく見ると、それは自分なのである。いつもより白くきめ細かい肌、豊満な胸、肉付きのよい下半身……夢の中で暁は女になっていた。これはいい、と暁は女になった自分の体をいろいろと弄ってみたが、すぐに飽きてクローゼットを開ける。当たり前だが男物しかそこにはない。夢なのに、そこは都合よくいかないのか、とそのまま着替えると周囲がにわかに騒がしくなっていった。
さて、一体何があったのか、と着替え終わった暁はドアを開けて外に出た。そこには、今まさにチャイムを押そうとしていたリコとロジェの姿があった。
「やあ2人とも。朝早くから俺が恋しくなったのかな?」
「ほ……」
2人の表情は暁を見て驚愕から大爆笑へと変化した。
「ほ、ほんとに女になってる~~~!! アハハハハハハハハ!!!!」
「すご! すご! 本物だよこれ!」
腹を抱えて笑うリコと、自分の胸を無造作に揉んでくるロジェを見て、ようやく暁はこれが夢ではなさそうだということに気づいた。
「あ~、2人とも俺がこんなことになってる理由を知ってるか?」
「わ、わっかんな……ぷ、ハハハハハハ!!」
「知らなーい。たぶん今セシルたちが大急ぎで調査本部立ち上げてると思うよ」
「調査本部? だいぶ大ごとになってるな」
「そりゃそうだよ。暁だけじゃなく、男の人全員女になっちゃってるんだもん」
ロジェのその言葉に暁は一瞬固まってしまった。男の人が全員女に? 全員というのは一体どの範囲の全員なのだろうか? この寮にいる人? 横須賀コミューン? まさか全世界で発生しているのか?
少なくともその答えはここにいても解決しないことは明らかだった。
「セシルさんの所に……」
暁の言葉を無情に遮ったのは、いつものアラーム音だった。
『風早暁。〇三番にて出動してください』
くそったれ、と悪態をついて暁は魔甲虫退治へと向かう。装甲車の運転手は案の定おじさんからおばさんに変化していたし、車窓から見える街中は女性で溢れかえっており、男の姿は見つけられない。だが、着ている服と雰囲気から誰が元々女で、誰が突然女になってしまった人なのかは把握できた。どうやらかなりの広範囲で、しかも一夜にして性転換現象は発生してしまったようだ。
女になっても変わらない威力の《インターステラー》であっさりと魔甲虫を倒し、防衛隊へと舞い戻った暁は、自分の部屋へは戻らず一直線にセシルの元へと向かった。
「全コミューン民女性化対策本部」と書かれた紙が貼られている会議室のドアを開き、中へ入る。セシルはすぐに見つかった。今朝女になったばかりの男たちが溢れる気持ちの悪い空間に咲いた一輪の花なのだから当然である。
「セシルさん、状況はどこまで?」
「え……っと」
セシルは妙に馴れ馴れしく声をかけてきた謎の女を前に困惑した表情を浮かべたが、すぐにそれが暁だと思い当たった。
「あ、風早さんですか。正直私は状況を詳しく追えてません、別の対策に手いっぱいで……」
「別の対策?」
「コミューンの男が女になってしまったんだぞ。女性として生活するにあたり緊急でフォローしなければならない案件が多くある。セシルにはそれを担当してもらっている」
「……」
暁は、妙に偉そうに声をかけてきたその汚い婆さんを前に困惑した表情を浮かべたが、すぐにそれが霧羽だと思い当たった。
「おいおいおい、まさか霧羽か? とんでもなく汚ねぇ婆さんがいるなと思ったがまさかお前だったとは」
「何だと貴様!?」
「だが、まああんたを見ているとセシルさんに渡した仕事にも納得だ。化粧くらいできないと地獄だなこれは」
悪態もそこそこに暁は霧羽に状況を確認しはじめた。
「この現象、おそらくフリークスだな。どのくらいの範囲で起こってるんだ?」
「横須賀コミューンのほぼ全域。他のコミューンでは同様の現象は起きていない」
「ほぼ?」
「ああ、久里浜、野比の一部では起きていない。起きていない範囲から考えて、ある地点から同心円状に7.5kmの範囲で発生していることが分かっている」
「なるほど。普通に考えればその中心地点にフリークスがいるわけだ」
「ああ、すでに邑輝を確認に向かわせている」
「……邑輝先生に? なぜ?」
フリークスが潜んでいるなら防衛隊が動くべきだろうというのが暁の考えだった。当然そんなことは霧羽も分かっている。
「中心地点が判明した時点で、ある程度フリークスにも目星がついたからだ」
「ほお?」
「そこから先は私が話すとしよう」
そこに現れたのは、邑輝……の面影を少しだけ残しているおばさんだった。
「……やあ、邑輝先生……でいいんだよな」
「ああ、そういう君は風早暁だな」
挨拶もそこそこに、邑輝はテーブルの上に一枚の写真を置いた。そこには1人の新生児が写っている。
「まさか……」
「ああ、さっき確認してきた。現象の中心地点である病院棟で二日前に生まれた女の子だ。フリークスだったよ」
「傑作だな」
言葉とは裏腹に暁は無表情でその写真を見つめている。この時点で分かっている情報だけだと、事態はかなり深刻だと言わざるを得ない。この性転換能力がこの赤ん坊の気まぐれで起こされているのであれば、果たして解除されるのはいつになるのだろうか? いや、そもそも彼女の能力は解除が可能なものなのか?
詳細を聞こうにも問題の彼女はせいぜい不快な出来事に泣き出すことしかできないお年頃である。
だが、事態は収拾されなければならない。このままでは、自分の愛する女性たちに囲まれて愛を囁きながら暮らすという暁の人生設計が狂ってしまうのだから。




