079.荒城の月
床に墜落し、完全に沈黙したドローンを見たキャスリンは今の状況を冷静に分析した。分析した結果良くわからなかったので、とりあえず必殺技を放とうと決めた。
「必っ殺!!」
「なにっ!?」
何の脈絡もなく物騒な言葉とともにポージングするキャスリンに暁は驚愕した。そんなことをまったくお構いなしに、奇怪なポーズをやり終えたキャスリンは両手を握りしめて真っ直ぐに2人の方向へ突き出す。
「ペネトレイト……」ピロピロピピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロピロ
今まさに最大エネルギーを解き放たんとするキャスリンを止めたのは携帯の着信音であった。
「はい。もしもし」
ポーズを解き、律儀に電話に出たキャスリンを暁もエーコも黙って見守っていた。
「はい。もうすぐ必殺技で敵に引導を……え、不要? 帰ってよし? わ、わかりました」
電話が終わり、10秒ほど意気消沈していたキャスリンは変身を解いて2人に道を譲った。
「なぜかわからないが見逃すことになったので全力で見逃す! さっさと行け!」
「そうか、そりゃよかった。ところでさっき会った時から思っていたんだが、俺は君のことが好きみたいだ。そして君にも俺を好きになってほしいという自然の欲求も湧いている。実のところ君は俺に一目ぼれしたと思うんだがどうだろう?」
「は?」
「俺に一目ぼれしたことを恥ずかしがることはない。大抵の女性は俺に一目ぼれする。イケメンだから俺も慣れてる」
「お前はもしかして頭に問題があるフリークスなのか?」
「暁さん! さっさと戻りましょう!」
キャスリンからは異常者を見る目で見られ、エーコからは諌められて暁はしぶしぶ引き下がる。
「分かったよ。また後で会話をしよう。俺の連絡先を教えておくよ」
「いらん」
暁が差し出した紙をキャスリンははたき落とした。暁は少し残念そうな顔をした後、困ったことがあれば連絡してくれ、とキャスリンに伝えた。
「長居してしまったな。そろそろ行こうかエーコ」
「はい!」
そうして、少し不機嫌そうなキャスリンを横切ったその時、ふたたび暁は歩みを止めた。
「……キャスリン。最後に1つ」
「なんだ? さっさと出ていけ」
「ミストラルには人事情報が入っているんだよな? そこには過去の人物の情報もあるのか?」
「もちろんだ。たとえ死亡した人間でも情報はちゃんと保管しなければならないからな」
「エーコ、少し頼みたいことがある」
「はい! 風早愛菜さんのことですね!」
「……話が早くて助かるよ」
エーコは暁に言われた通りミストラルを利用して「風早愛菜」という人物について調べはじめる。だが、その名前にヒットする人物はいなかった。
「……」
「写真はないのか? ミストラルは画像から人物を検索することもできる。名前を変えていても特定できるぞ」
「ありがたい提案だキャスリン。だが……写真はないんだ」
「そうか……」
「……エーコ、キャスリン。手間をとらせてしまって悪かった。そろそろおいとましよう」
暁は爽やかな笑顔を2人に向けた。くるりと踵を返した暁にエーコは黙ってついていく。1人サーバールームに残されたキャスリンは、先ほどはたき落とした暁の連絡先を少し躊躇いつつも拾い上げていた。
暁とエーコはしばらく無言でビルの屋上にまで移動していた。そこに漂っていた少し薄暗い空気をかき消したのは暁自身の言葉であった。
「しかし、量子コンピューターか……俺が生きていた時代ではまだまだ完成は先になると思っていたな」
「はい。元々デュカリオンに設置されていた私はノイマン型コンピューターでしたが、艦内にいた科学者や技術者が完成させて私に搭載してくれました! その時にAIも最新版にしていただいたんです!」
「そいつはすごい」
「デュカリオンは各部門で優秀な人たちが優先して乗せられてましたから!」
ビル屋上から隣のビルに飛び移り、1階から大通りへと出る。貯水槽が破裂したためにミストラルのビルは封鎖されていたが、出入りしているのは設備業者や消防とは明らかに違う者たちだった。おそらくコミューン側で手配された衛兵と科学者がミストラルの状態を確認しに来たのだろう。
ビルに設置された巨大モニターには青島コミューンで何が起こっていたのか、速報でアナウンサーが発表している。それを人々はポカーンとした顔で眺めていた。
「これであらかた解決してくれればいいが」
「混乱は避けられませんが、いずれ落ち着いていくでしょう!」
「ナビ・コミューンはミストラルを排斥する方向に向かうかな」
「それはないと思います!」
「なぜ?」
「便利なものはたとえ危険であっても手放せないものだからです!」
「なるほど。俺にも危険な香りのする女性なのに魅力を感じて離れられない時があるからな」
「そうですか!」
エーコは暁の言葉に適当に相槌を打った。強いAIであるエーコには適度に相手の言葉を受け流すことも可能なのだ。そうして宿に戻ろうとしていた2人の針路を遮るように、一体のドローンが現れた。
「貴方タチハコミューンノ登録モ、観光者登録モサレテイマセン。至急青島管理局ニ出頭願イマス」
それは間違いなくミストラルであった。
「……ミストラルの暴走は止まったはずだが」
「はい! 暴走は止まってちゃんといつも通り稼働しているのだと思います! 私たちが不法にこのコミューンに入ってきたのは事実なので!」
「ああなるほど」
暁は納得したが、正常稼働しているとなれば逆に厄介である。壊すわけにもいかない。
「本当は宿屋でゆっくりと休みたかったがしょうがない。2人で逃避行と洒落こもうかエーコ」
「はい!」
暁はエーコをお姫様抱っこすると、空へと消えていく。幸い大通りの人々は自分たちのコミューンが戦争を仕掛けていた事実に釘付けである。2人が空を飛んだことには誰も気づかなかった。
「少々疲れるが、このまま横須賀まで飛んでいこう」
「お手数おかけします!」
空はすっかり暗くなっていた。月が淡い光を空を駆ける2人の元へ届けてくれている。デュカリオンは今でもあの月の周回軌道をまわっているのだ。
「しかし、ミストラルを初期化したとしても使い続ける限り同じリスクは生じてしまいます!」
エーコからの言葉に暁は素直に驚いた。
「おお、エーコは今回の作戦に不満があったのか」
「作戦に不満があるわけではありません! 現時点でのミストラルの完全排除が大きな混乱を呼ぶのは明らかです! しかし、このような事件が起きてもナビ・コミューンがミストラルを使い続けるのは明白です!」
エーコの瞳に月の姿が反射する。
「人は世代を重ねれば過去の教訓を忘れ、同じ過ちを繰り返します!」
「再びミストラルが暴走する日がやってくると?」
「その通りです!」
暁にはエーコの語尾がいつも以上に力強く感じられた。カッと見開かれたその瞳に、暁は微笑みかける。
「俺は正直楽観視しているな。ミストラルの暴走は起こるかもしれない、だがそれが同じ過ちの繰り返しかは分からない」
「どういうことでしょうか!」
「世界に不変はない。似たようなことは起こるかもしれないが、同じことは起こらない。神様だってサイコロを振る。世界は常に変わり続ける」
「だから同じ過ちを繰り返さないということでしょうか! 量子力学の考え方を人間社会に拡大するのは誤謬の可能性があります!」
「確かにその通りだ。だが、今回に限ってはどうかな?」
「……」
暁は少しだけ後ろを振り向く。そこには青島コミューンの夜景が広がっていた。
「これまで戦争を繰り返してきた人間が、どうやら今回は戦争を未然に防げたらしい」
「サンプル数が少なすぎます!」
「今は、人と人が争うことが無くなったということを素直に喜ぼうじゃないか」
「それ、命令ですか?」
「命令じゃないさ」
笑顔の2人はそのままじっと見つめ合う。そしてどちらともなく笑い出した。
「ハハハハハ!」
「フフフフフ!」
そうして、夜空の星々に照らされた2人の逃避行は緩やかに進んでいったのだった。




