078.きつねのコンピューター
ミストラルが鎮座したサーバールームに行くには、作業日1日前の15:00までに作業者・作業内容・持込媒体等を記入した申請を出す必要がある。そのうえで、当日サーバールーム管理担当者からカードキーを貰い、そのカードキーで扉を開くことが可能となるのだ。
だが、暁とエーコにとってそんなことは関係なかった。鉄が裂ける甲高い音が響き、分厚い扉が四方にひしゃげた。その先で、大量のサーバーが所狭しと並んでいる。
「冷えるなここは」
「サーバー冷却のために冷房が常にかかっています!」
「ミストラルの本体はこのサーバーたちか」
立ち並ぶ黒い直方体は前面についたランプをチカチカと点滅させながら低い稼働音を響かせる。
「さて、俺は電算機器については門外漢だ。エーコ、頼めるか」
「もちろんです!」
エーコは早速一台のサーバーに向かい、筐体に格納されていた端末PCを引き出した。どこからともなく取り出したUSBをその端末に差し込むと青いコンソール画面が起動する。暁にはエーコが何をやっているのかさっぱりわからなかった。
「何か手伝うことはあるかい?」
「後ろから来るドローンの対処をお願いします!」
エーコの言う通り、破壊された扉からドローンが4体ほど現れる。まさかサーバールームで攻撃をはじめるなんて自殺行為はしないだろうと暁は考えていたが、その予想は裏切られた。ドローンは一斉に攻撃を開始したのだ。それも暁でもエーコでもなく、サーバー自身に対して。
「なに?」
困惑しつつも暁はすべての弾丸を重力でたたき落とす。
「どうしてこいつら自分を攻撃しようとしてるんだ。サーバーが本体なんだろう?」
「おそらくですが災対環境があるのだと思います!」
「妻帯環境? AIも結婚する時代か」
「災害対策の略です! この場所が破壊されれば自動的に遠隔地に設置されているバックアップが起動する仕組みになっていると思われます!」
「ああ、ここが破壊されれば別の場所で復活できるってことか」
「その通りです!」
「面倒な輩だな」
「もう1人面倒なのが来ているのでそれもお願いします!」
ドローンの後方からエーコの言う「面倒なの」が姿を現した。それは1人の女の子で、だからこそ暁の嫌な予感は最高潮に達した。
「う~ん。間違いなくフリークスだなありゃ」
「私もそう思います!」
その少女はキッと暁を睨みつけると声高に叫んだ。
「私はキャスリン・モーレー、青島コミューンのフリークス! 能力は鋼鉄の武装を身にまとう《リアル・スティール》! お前たちは何者だ!」
少女――キャスリン――の正々堂々とした振る舞いに暁もそれに乗ってあげることに決めた。何しろ彼女は暁の眼鏡にかなうほどの美人だったのだ。
「俺は風早暁、横須賀コミューンのフリークス! 能力は重力を操る《インターステラー》! 義によってこのミストラルを破壊しに来た!」
暁の宣言を聞いて、キャスリンは静かに目を閉じ……カッと見開いた。
「許せん! 蒸着!」
キャスリンはそういうと奇怪なポーズを取りはじめる。最後に右手を高く上に伸ばした途端彼女の体は光に包まれ、次の瞬間には鋼鉄のスーツに身を包んだ1人のヒーローの姿が現れた。
「お前は何者だ!?」
「青島コミューンのフリークス、キャスリン・モーレー!」
キャスリン・モーレーが精霊魔装を発現するタイムはわずか0.05秒に過ぎない。では、蒸着プロセスをもう一度「見ている暇はない! いくぞキャスリン!」暁は説明に割り込んだ。
「せっかくもう一度確認できるチャンスだったのに! せっかちな男だ! 来い暁!」
2人の戦いがはじまったが、状況的には暁が圧倒的に不利であった。キャスリンの相手をしながらドローンの攻撃をサーバーから守ってやらなければならない。そのドローンも増援が到着しはじめていた。
「チェストォォォ!」
「真剣白刃取り!」
精霊魔装を使った暁の唐竹割りをキャスリンは見事に両手で挟み取る。その状態で重力も強めるが、ドローンの攻撃をさばきながらでは片膝をつかせることくらいしかできない。
「とぉ!」
「ぐぅ!」
キャスリンの体当たりを受け、暁は後ずさる。
「エーコ! まだ時間がかかりそうか!?」
「……」
「エーコ!?」
返事のないエーコの方を振り返った時、奇妙な機械音声が暁の耳に入ってくる。
「残念ナガラ、私ノ勝チデス」
それはドローンから聞こえてきていた。
「彼女ヲハッキングシマシタ。通信帯域ガ特殊デ特定スルノニ苦労シマシタガ」
暁がエーコに駆け寄る。エーコは画面をじっと見つめたまま、指の動きが完全に止まっていた。
「風早暁、アナタ1人デハデータノ削除ハ不可能デス。大人シク拘束サレテクダサイ」
「……」
「ソウダソウダトキャスリンサンモ言ッテイマス」
「そうだそうだ! 降伏しろ風早暁」
これで決着はついたと判断したか、キャスリンは攻撃の手を止めていた。しかし暁は降伏する気は毛頭なかった。理由は非常にシンプルである。
「設計思想の違いという奴だな……」
「ナンデス?」
「俺に降伏を勧告するのであれば美少女の姿でするべきだった。そうしたら幸福になって降伏したのに」
「ツマラナイギャグデスネ……」
「そうかな? エーコはどう思う?」
「つまらないと思います!」
本来聞こえるはずのない声に、ミストラルは超信地旋回で振り返る。そこには先ほど制御を奪ったはずのエーコが微笑んでいた。
「ナゼゼゼゼゼゼゼゼゼゼゼゼゼゼゼゼゼゼゼ」
「最後の一手を急ぎ過ぎましたねミストラルさん!」
壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返すミストラルと対照的に、エーコは動きを取り戻していた。同時に、浮いていたドローンはすべて攻撃を止め、その場に墜落していく。
「ソ、ソンナ、ハズハ……」
「貴方の言う通り、私は接続できる通信帯域が限られているのでわざわざ端末を使ってハッキングしようとしていましたが……貴方のほうからつなげてくれて手間が省けました!」
「ワ、ワタ、私ノ方ガ処理能力ガ上ノ、ハズ」
「貴方とは設計思想が違います!」
「……マサカ」
「はい! 量子コンピューターというやつです! これだけ小さくても貴方より性能は上ですよ!」
エーコは自分の頭を指でトントンとたたく。量子コンピューター、0と1の組み合わせで情報を処理する旧来のコンピューターとは違い、量子論を応用して0と1の間に無数の状態を持たせて処理を行うコンピューターだ。その能力は旧来のものとは桁違いに高くなる。
「ア、ア……」
「振り出しに戻る、ですよ!」
そしてエーコは、落ち着き払った声になり、ミストラルに最後の言葉を送った。
「もっとも貴方がサイコロを振ることはもう二度とありませんが」




