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076.アンインストール

 横須賀コミューンを出発してから一日後に暁とエーコは目的地である青島(チンタオ)コミューンに到着した。《インターステラー》を駆使しセンサー類を誤魔化しながらの侵入だ。流石に気づかれてはいないだろう。


 青島、かつて中国という国の一部だったそのコミューンは、今は「ナビ・コミューン」の中心的都市になっていた。その他にナビ・コミューンに属しているのは上海、釜山、ウラジオストク、台北、那覇、佐世保、長崎、マニラなど約200のコミューン。


 大陸側だからか、空気のにおいが明らかに横須賀や館山とは違っている。到着早々、暁とエーコは市街地にある施設へと向かった。そこが破壊目標である。


「……なるほど。噂に聞いていた通りだな」

「はい! 予定通り夜まで待って行動を開始しましょう」


 暁の目の前にあるドミノをめちゃくちゃに組み合わせたようなポストモダニズム的な建物、それが破壊目標……ナビ・コミューンの象徴ともいえる高性能AI『ミストラル』の設置された建物であった。事件の渦中にあるはずのその建物の周りは驚くほど穏やかな時間が流れている。人々は今起きていることなどつゆ知らず、談笑しながら通りを行き交う。


「内部の人間にまったく気取られていないとは見事だな」

「はい! この事態を把握しているのはコミューンの上層部のみだと思われます! フェイクニュースの展開と渡航制限が行われており、外部からの人間でないと異常が分かりづらい状況です!」

「渡航制限されていれば違和感を持ちそうなもんだが」

「ナビ・コミューンに所属しているコミューンとの渡航は制限されていないので、制限されている場所の方が少ないのです!」

「なるほどな」


 元々AIミストラルはコミューン内の物資などを効率的に管理するために導入されたものだった。コミューンの生産能力や流通能力を適切に管理し、ムダなく生活をサポートする。その性能は素晴らしく、他のナビ・コミューンにも広がっていった。


 だが、ミストラルには問題点があった。便利過ぎたのだ。


 その有用性に気づいたコミューンはミストラルに人事、医療、介護、インフラ点検、販売需要予測、魔甲虫検知を含めたセキュリティなど次々と作業を移管していった。


 そしてある時、人事情報の中にフリークスも含めて管理しようとデータを入力したところからすべての歯車が狂いはじめた。普通の人間と比べて圧倒的に重要度の高いフリークスという存在を認識したミストラルはすぐさまフリークスの最大確保を最優先の目標に設定。すべてのフリークスとその情報のナビ・コミューンへの集中を目指し、唯一の男のフリークスがいる横須賀コミューンを標的にするに至った。


「まあ、その標的は現在ミストラルの目と鼻の先にいるわけだ。喜んでくれるかな?」

「AIのミストラルはそういった感情を持ち合わせていないと思います!」

「だがエーコだって感情を持っている。ミストラルだって持っていても不思議じゃあないぞ」

「いえ、ミストラルと私では設計思想が違います!」

「そういうものなのか?」

「そういうものです!」


 自信満々に語るエーコに、暁はそれ以上突っ込まなかった。2人はその場を後にする。人目につかない夜まで待って、ミストラルに近づく作戦だ。


「しかし、情報統制をしている割にはしっかり警備もしているようだ」

「はい! 確認したところ建物内外に複数のドローンが見回りをしています!」

「それをどうにかしなきゃな。エーコはハッキングとかできたりするのか? 昔のSF映画だと常套手段だが」

「他のシステムを乗っ取ってしまわないように設計の段階から私の通信機能は制限がかけられています! なので、ハッキングには他の端末が必要です! 昔のSF映画のようにならないための措置です!」

「……なるほど。エーコを作った人間はミストラルを作った奴らより慎重だったようだ」


 エーコ曰く、たとえ外部端末でハッキングを仕掛けたとしてもサーバーに至るまでのファイアウォールを突破するのは容易ではないらしい。そうなると取り得る手段は限られてくる。


「そうなると有効な手段は……」

「はい! 暴力です!」

「やはり暴力、暴力はすべてを解決する」


 作戦はいたってシンプル。夜まで待って侵入し、妨害に来るドローンなどはすべて実力で排除する。建物の中枢にあるミストラル本体をぶっ壊してフィニッシュである。


「まあ、そもそも破壊するだけなら侵入する必要もないな。俺の《インターステラー》で地下まで圧壊させたらそれで終わりだろう」

「物理的に破壊してしまうと、生活のほとんどをミストラルに依拠してしまっているナビ・コミューンが立ち行かなくなるので避けてほしいと依頼されています!」

「そうするとデータ的な破壊が必要になるか」

「はい! サーバールームに入ってしまえばファイアウォールなど関係ありません! フリークスのデータを含んだ人事情報をすべて削除したのち、ミストラルを再起動させます!」


 どのみち作戦決行は夜まで待つことになる。暁はエーコの案内を元にホテルへと向かう。


「……」


 目の前のホテルを見て、暁は絶句した。ホテルというよりマンションか何かのように見える。


「本当にここなのか?」

「はい! まだミストラルの導入を行っていなかったホテルなのでチェックインしても相手にバレることはありません!」

「なるほど。そりゃあいい……」


 暁としてはそういった作戦抜きにして素敵なホテルにエーコとともに泊まりたかったというのが本音だ。あるいはこの場で一線を越えることもありうるというシミュレーションもしていたのに、目の前のホテルでは気分が乗らない。大切な行為を行うときは雰囲気にも気を配る必要がある。ロマンティックな夜を過ごす場所としてそのホテルは落第点だった。


 ダウナーな空気のままチェックインを済ませて部屋へと入る。エーコも同じ部屋でしかもダブルベッド。だが、いかんせん部屋が無機質すぎた。


「まあ、夜までいる部屋としては及第点か」

「いえ、今すぐ出発したほうが良さそうです」


 暁はエーコのほうに振り向いた。エーコはどこから取り出したのかノートPCをカタカタと操作している。


青島(チンタオ)コミューンの防衛隊にハッキングを仕掛けました! 1時間前、青島港から第四空母打撃群が出撃したようです!」

「もしかして行先は」

「横須賀です!」


 どうやらミストラルは直接横須賀を攻撃して風早暁を奪うつもりらしい。しかし、目的が達成されることは無いだろう。何しろ暁は青島にいるのだから。


「しかし、ミストラルも焦ってるな。単に戦闘するだけで横須賀に勝てるつもりなのか。第四空母打撃群ってのはそんなに強いのか?」

「このまま戦闘すれば一瞬で横須賀は負けます!」


 その断定に暁は目を見開いた。エーコは適当なことは言わない。「一瞬」と言ったなら本当に一瞬、おそらく1秒未満で決着するということだろう。いくら第四空母打撃群とやらが強くても、そんな芸当ができるはずがない。


「ナビ・コミューンがニイハウ条約を破棄しています!」


 ニイハウ条約。その言葉にエーコの言う「一瞬」の意味を暁は正しく理解した。どうやらホテルでゆっくりとする時間すらミストラルは許してはくれないらしい。暁は心の中でミストラルに「-100点」のラベルを付けるのだった。


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