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075.もうどうなってもいいや

 ある朝、暁は新聞「フレンチ・ディスパッチ」を広げ、その一面の記事に度肝を抜かれた。


『ナビ・コミューン、横須賀に宣戦布告』


 暁は気が付いた時にはセシルに電話をかけていた。宣戦布告。暁が生きていた時代には縁遠い言葉である。ナビ・コミューンというコミューンも聞いたことがない。


『風早さん? どうしました』

「セシルさん。新聞は読んだかい?」

『……もしかしてナビ・コミューンからの宣戦布告の件ですか?』

「ああ、100年前も戦争は絶えなかったが、自分のいる場所が戦争に巻き込まれた経験はさすがにない」

『私もはじめての経験です。ただ、少し前から怪しい動きは目にしていたのですでに横須賀側の対応も固まっています』

「なるほど。俺にできることは?」

『ありません。ナビ・コミューンも横須賀もニイハウ条約を締結していて、フリークスの戦争利用は禁じられていますので』

「分かったよ。でも、何か困ったことがあったらすぐ言ってほしい。俺とセシルさんの間にはお互いを支えあう愛の条約が締結されているからね」

『…………その時はお願いします』


 セシルとの電話はそこで切れた。さて、ここで自分には関わりのないことだといつもの日常に戻ることもできたが、暁はそれほど精神が図太くはなかった。なぜ突然横須賀コミューンは宣戦布告を受けることになったのか、知りたくなるのが人情である。


 さて、誰に聞くのが一番よいだろうか。リコ? いや、彼女は聡明だがこういったことに興味がありそうには思えない。同じ理由でロジェも。エーコは知っているかもしれないが、自分よりもコミューンの生活が短い彼女に聞くのは産毛ほどのプライドが邪魔をする。


 四十六室である邑輝は当然事態を完全に把握しているだろう。だが、こんな下らない理由で会いに行くのもはばかられる。霧羽は……聞いた瞬間にバカにしてきそうだから却下だ。


「よし、決めた!」


 大きな独り言とともに暁は携帯に手を伸ばした。


「やあ、ベティちゃん。元気かい?」

『うん元気だよ。今日はどうしたの? 亡命希望?』

「亡命は希望しないが話が早くて助かるよ。正直ナビ・コミューンがどんなコミューンかも、なぜ喧嘩を売られているかも分からなくてね。何か知ってるか?」

『ナビ・コミューンはアジア大陸側のコミューンが集まったコミューン連合だよ。悪いけど、宣戦布告した理由は分かんないかな。ま、横須賀は君含めて爆弾抱えてるから他のコミューンは思うところあるだろうね』

「……なるほど。しかし、原因の一端が俺にもあるなら黙ってはいられないな」

『あ~、まあ。あんまり気にしなくてもいいと思うよ。それじゃ!』


 電話が切れた。ほんのわずかな時間、話し終えた後のベティに思いを馳せる。それから部屋を出ようと支度をしはじめた暁のもとに、エーコが訪れた。


「やあ、エーコ。いつもよりちょっと早いが部屋の掃除かな?」

「いえ、今日から毎日のお世話ができなくなるのでお伝えしておこうと思いまして!」

「……猛烈に悪い予感がしてきたが、続けてくれ」

「霧羽さんとセシルさんからお仕事をいただきました! ナビ・コミューンに行って破壊工作をしてきます!」

「wow、初耳だ。仕事の前に俺にちょっと付き合ってもらえるか?」

「はい! もちろんです!」


 暁がエーコとともに向かった先は、当然霧羽のところだった。霧羽は暁の顔を見た瞬間めんどくさそうな表情になる。


「その表情をしたということはなぜ俺がここに現れたか分かったようだ」

「どうせエーコを1人敵地に向かわせるとは何事か、みたいなことを言いに来たんだろう? そいつはロボットだぞ? 危険な仕事をやらせるのが一番いい使い方だ。そいつも快諾したぞ」

「はい! 人の嫌がる仕事を進んでやります!」

「それは否定しない。それがエーコの生きがいでもあるしな。俺が来たのはエーコが心配だからだ。つまり何が言いたいかと言うと俺もナビ・コミューンに連れて行け」

「ダメに決まっているだろ!」

「まあ落ち着け。エーコ1人だと失敗した時にフォローができない。最初にデュカリオンの奴らがそれでエーコを俺たちに取られたのを忘れたわけじゃないだろう?」

「仮にその意見を受け入れるとしてもお前ではなく他の防衛隊員に同行させればいい」

「もう1つ重要なメリットがある」


 暁の言うメリットに霧羽はさっぱり見当がつかなかった。と同時に、思いつかないのも無理はないと思った。暁が言い出すことはおおよそ常識的な話ではないだろうからだ。その霧羽の考えを知ってか知らずか、暁はにやりと笑った。


「もし俺を同行させないなら俺は四十六室の意見を無視して無理やりにでも同行するように無茶をするだろう。本部の一部破壊や備品の紛失、世界で唯一の男のフリークスの失踪などだ。もし同行の許可を今与えてくれるならそのような事態は起こらずスムーズに事が運ぶことになる」

「脅しか!?」

「そうだ。俺は意中の女の子と一緒に過ごす時間のために暴力にも訴える男だ」

「……親の顔が見てみたいな」

「ぜひそうしたいが、今は写真も残ってないもんでね」


 霧羽の出した答えは、当然拒否だった。


「残念ながらそんな脅しに屈するほど四十六室は愚かではない。お前はさっさと部屋に戻って不貞腐れてろ」

「……あまり賢い選択とは思えないな」


 暁はエーコとともに部屋を出ていった。もちろん、エーコとともにナビ・コミューンへ行くのを諦めたわけではない。


「さて、これからどうするかな。エーコ何か意見はあるか?」

「人に従わせるのに一番手っ取り早い方法を知っています!」

「おお、それは一体?」

「暴力です!」

「イカす答えだ!」


 そして数分後、防衛隊本部の施設で倒壊事故が発生した。当然やったのは暁である。同時に暁は四十六室に対して、エーコとともにナビ・コミューンの破壊工作に参加させないなら横須賀から離反すると脅迫を行った。


 数分後、四十六室はしぶしぶ暁の要求をのみ、ナビ・コミューンへの同行を許可したのであった。


「何をやっているんですか風早さん……」


 形だけの拘束をされている暁のもとにあきれ顔のセシルが現れる。ちょうど暁は単独室でカップ焼きそばを食べていた。


「おっとセシルさん。できれば事前に来ることを教えてもらいたかった。あなたの素敵な服にカップ焼きそばの匂いがついてしまう」

「それはどうでもいいです。子供じゃないんですから、自分の意見が通らないからといって暴力に訴えるのはやめてください」

「暴力に訴えるのが子供なら、ナビ・コミューンも子供ってことかな?」

「屁理屈はいいですから」

「短絡的な方法に頼ったのは悪かったと思ってるさ。とはいえ効果は抜群だ」


 カップ焼きそばを食べ終わった暁は最後に手を合わせた。


「せっかくセシルさんと2人きりになったところ悪いんだが……今は愛を語るよりもやらなきゃいけないことがある」

「ええ。私も風早さんを責めるためだけにここに来たわけではありません」


 暁はセシルから知りうる限りの情報を聞き出した。なぜナビ・コミューンは横須賀コミューンに宣戦布告をしたのか。その破壊工作にエーコが選ばれたのはなぜなのか。そしてエーコが行おうとしていた作戦の全容も。


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