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074.LOVEずっきゅん

 暁は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の霧羽を除かなければならぬと決意した。暁には政治がわからぬ。暁は、ただのフリークスである。魔甲虫と戦い、女性を口説きながら暮らしてきた。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。


 今日未明、暁は部屋を出発し霧羽のいるであろう幕僚長室にやってきた。わざと勢いよく扉を開けると確かに霧羽は中にいた。そして流れに任せて口を開く。


「これは一体どういうことだ?」

「いきなりやってきてなんの話だ、ノックぐらいしろ!」

「織部あおいちゃんがこのコミューンではなく他のコミューンに行くことになったと聞いたが」

「……」


 その言葉で霧羽は全てを理解し、眉間に皺を寄せてため息をついた。これから面倒な問答がはじまることが確定したからである。


「横須賀コミューンは別に独立して存在しているわけじゃない。周辺のコミューンとの相互扶助の上で成り立っている」

「ああ」

「だから、特定のコミューンにフリークスが偏らないようにお互い調整するようにもなっている。織部あおいが横須賀にくれば戦えるフリークスの人数は4人。だが、他のコミューンは2人のところもある。常識的に考えれば少ないコミューンの側に引き渡すのが筋だろう」

「……なんてことだ。まさかこんな試練が俺たち2人の仲を引き裂くとは」

「引き裂くも何も、まだお前と織部は出会ってもいないだろう!」

「よし、文通でお互いの仲を深めよう」


 そういうと、暁は幕僚長室を出ていった。暁が去った後、霧羽はぽつりとつぶやく。


「勝手にやってろ……」


 しかし、意外と素早く会話が終わって霧羽はホッとしていた。あいつも物分かりがよくなったものだ、と心の中で感心したがいつもの暁の立ち居振る舞いを思い出して考えを振り払う。これがきっかけでまた面倒ごとが増えるかもしれない。


「まあ、今まさに起ころうとしている問題よりはマシか……」


 知らず知らずのうちに口から出ていた言葉に気づき、霧羽は口をきつく閉じた。独り言が増えるのは不安からだろうか。誰もいない部屋の中で霧羽は喫緊の懸念事項が書かれたその書類を睨みつけた。


 そんな霧羽の心情をつゆ知らず……いや、知っていたとしても無かったものとして扱うであろう暁は気を取り直して娯楽に興じていた。


「というような話を今朝霧羽にしてきたんだ」


 リコ、セシル、ロジェ、エーコと一緒にすごろくをしながら暁は霧羽との話を伝える。3人は相変わらずおかしな頭してるなこいつ、という表情で暁を見つめ、エーコは相変わらずニコニコしていた。


「で、なんだが俺はあおいちゃんのメールアドレスを知らない。セシルさんかロジェちゃん知ってるか?」

「いえ知りません。そもそもどこのコミューンに行くことになるのかまだ決まっていなかったはずですよ」


 言いながらセシルはサイコロを転がし、出た目だけコマを動かした。


「ずっと洞窟暮らしだったし、携帯使えるようになるのも時間がかかるかもよ」

「逆に都合がいい。最初にやり取りしたのが俺ならより印象に残るだろう」

「悪い印象が残らなきゃいいけど」


 ロジェも同じようにサイコロを転がし、コマを動かす。


「でもあの子、いたら助かるわよね。魔甲虫がやってくるタイミング分かっちゃうんでしょ?」

「かなり助かりますが、織部さんの能力に頼った体制を構築すると能力がなくなった後大変ですよ」

「それもそうか」


 リコもコマを動かし、次はエーコの番となった。


「織部さんの行くコミューンは人事部門が相談して決めると思いますので、何かわかったら暁さんに連携します!」


 エーコの投げたサイコロは一番大きな目を出した。だが、進んだ先にあったのは「振り出しに戻る」という非情なマス目だった。


「あ~、残念だったねエーコ」

「仕方ありません! もう一度頑張ります!」


 そして最後は暁の番となった。


「そういえば、エーコは人事部門のシステム開発に最近関わっているんだったか。噂程度でもあおいちゃんの行先の話が出たら教えてくれ。まだ確定していなくてもそれだけでどこに行く確率が高いかは分かる。物質波のように」


 暁もサイコロを投げ、コマを動かす。


「物質波?」


 知らない単語に思わず反応してしまってから、リコは自分の失策を呪った。ここから楽しい物理学の話がはじまることが確定したからだ。


「ミクロな世界になってくると物質は粒子の性質よりも波の性質が強く現れてくる。前に話したトンネル効果もこれのおかげで発生するわけだ。だがそれは確率的にしか発生しない。粒子があるべき場所には確率が高い場所と低い場所があり、観測したタイミングでそれが確定するわけだ」

「なんか前言ってたわねその波の話。やっぱりよくわかんなかったけど」

「理解する必要はないさ。普通に生活する分にはまったく関係のない話だからな。あのアインシュタインだって確率で決まることに納得できなくて量子論を批判していた」


 一周まわって再びセシルの番が来た。


「曰く、『神様はサイコロ遊びをしない』ってね」

「あがりです」


 見ると、セシルの駒がゴールへたどり着いている。この勝負はセシルの勝ちだ。すると、セシルは立ち上がってそのまま部屋を出て行こうとする。


「おや、もう帰っちゃうのかセシルさん」

「はい。私は神様ではありませんが、これ以上サイコロ遊びをしている時間はないので」

「それは残念」


 セシルはいなくなったが、すごろくは続く。


「さっきの話だけど、波の話がどうしたらあおいちゃんと結びついてくるの?」

「確率で場所が決まるが、その確率も波の形をしていて、一番高いところがある。大抵はその場所に収束するのさ。だから、噂程度でも確率の高い場所が知れたらあおいちゃんの行くところが分かってしまうということだ」

「そんな都合よくいくかなぁ」

「ミクロの世界の話を私たちの尺度で適用するのはどうかと思います!」

「私もエーコと同意見」


 次々とダメ出しを食らう暁だったが、むしろ嬉しそうに笑っていた。


「ま、俺は結局確率ではなく運命の赤い糸を信じているわけだ。それは確実に2人を結びつけると確信している」


 ロジェの投げたサイコロが床に転がり、真っ赤な1の目が天井を向いて止まった。


「縁起わるぅ」


 ロジェが1つだけコマを動かした。マス目にはこう書かれている。


 大事件発生、1回休み。


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