073.UNLUCKY GIRL!!
同時刻。暁も宇宙空間から地上にオーロラが発生するのを見ていた。
「……」
「解析します!」
太陽風はすべて暁が遮断しているにもかかわらず、それが原因と言われているオーロラが発生するのは理屈に合わない。だが、暁自身はその光景を冷静に見つめていた。
「分かりました! 私たちから見て地球の側面からのX線、ガンマ線が増加しています!」
「ガンマ線……まさか、ガンマ線バーストか!?」
ガンマ線バースト、その名前の通りガンマ線の強烈な放出現象である。原因は超新星であったり連星中性子星の合体であったりするが、注目すべきはそのエネルギー量であり、直撃しようものなら地球が燃やし尽くされるどころか跡形もなく蒸発するだろう。
「……くそったれ!」
今から地球を焼き尽くそうとする現象が分かっても、もはや暁にはどうすることもできなかった。方向を変えて今から事象の地平線を展開していても間に合わない。ガンマ線バーストは指向性を持ったガンマ線の集まり、そしてガンマ線とは光の一種、つまりその速度は光速である。ガンマ線の増加が確認されたらその本体は時を置かずにやってくるだろう。
暁はあおいの描いた絵を思い出した。最初見た絵で太陽とオーロラが描かれていたので太陽からのスーパーフレアだと勘違いしていたのだ。もちろん、見たものをそのまま描いただけのあおいには何の罪もない。
地球に迫りくる滅びの危機。そして暁自身にはそれを解決する方法がない。しかし、暁は焦りを一切感じなかった。ここで人類が滅びるとはさらさら思っていなかったのである。
あのときリコがついて来ようとしたのは"そういう意味"だと薄々気づいていたからだ。
「行ってくるわ」
暁とは遠く離れた地上で、同じオーロラを見つめながらリコはそう言った。
「行ってくるって、まさか……」
「すぐ戻る」
セシルに止める暇を与えず、リコは飛び立った。以前と同様にロケットエンジンの仕組みを利用して一気に加速し、成層圏を突破する。だが、宇宙に出たリコの目には星の光しか映らない。ガンマ線バーストを構成するガンマ線は可視光ではないのだから当然である。
そんなことに構うこともなく、リコは勘にしたがって目の前に手を伸ばした。リコは自らの能力で大量のプラズマを生成した。太陽が放出するエネルギーの1億年分相当のプラズマがガンマ線バーストを迎え撃つように飛んでいく。地上からはその光景が緑色の蝶が羽ばたいていくように見えていた。ほどなくして飛来したガンマ線バーストはプラズマに含まれた自由電子にことごとく散乱され、そのほとんどのエネルギーを失い……地表に美しいオーロラを見せるだけの存在になり果てた。
人類滅亡の危機は、1人の少女が数秒動いただけで呆気なく消え去った。
「……」
リコの作り出したプラズマの残光が暁の目にも届く。それを見届けた暁は、エーコに向かって優しく語り掛けた。
「さあ、戻ろうか……この事象の地平線の解除にもう少しかかりそうだが」
「はい! いくらでもお待ちします!」
暁が徐々に事象の地平線を解除し、地上には光と暖かさが戻って来た。その後、最終的な状況確認のため再び会議が開かれる。
「つまり……実際には太陽のスーパーフレアではなく、銀河系内で発生したガンマ線バーストが滅亡の直接原因だった、というわけだ」
「その通り。天の川銀河内で地球に影響を与えるようなガンマ線バーストが起きる確率はほとんど0だったはずだが……ま、いくら極小でも0にはならないからな」
「ふん、今回貴様はてんで役立たずだったな」
「霧羽さん。そんな言い方は……」
「いやセシルさん。自分がいつも役立たずだから鬱憤が溜まってるんだろう。せめて今だけはマウントを取らせてやろうじゃないか。矮小な人間のストレス管理も俺の仕事だ」
「おい」
暁の煽りに霧羽が反応したところで、邑輝が会議の路線を元に戻す。
「とにかく危機は去った。いろいろ事後対応が大変だがそこは四十六室がやるとして今日はこれで解散としよう。風早、君はちゃんと体を休めるように。無茶をし過ぎだ」
「分かってるさ。邑輝先生の世話にはならないに越したことはない」
「その通りだ」
――そうして解散し、現在夜の22:00。暁は邑輝の言いつけをまったく守らず中庭のベンチで空を眺めていた。見事な満月だ。宇宙にいたときはもっと大きな満月を見られただろうが、仕事に集中していた暁にはその余裕がなかった。やはり月を見るときに必要なのは距離ではなく精神的な余裕である。
「邑輝先生の言いつけ、守った方がいいですよ」
「……やあ、セシルさん。気分がよくなかったから風にあたってた」
「大丈夫なんですか?」
「もちろん。でも、セシルさんが隣にいてくれるならより大丈夫になるかも」
暁の言葉にセシルは困り笑顔で隣に座った。
「……今回、俺は空回りしてばっかりだったな」
「誰だってありますよ、そんな時が。私だって……」
「あの日、リコが俺と一緒についていくと言った時、薄々気づいたんだ。俺の作戦は失敗するって」
「え?」
「デュカリオンの時もそうだった。リコの勘はよく当たる。おそらく俺にはどうしようもできない事態が起こると思ったからついて来ようとしてんだ……それが何とも情けない」
「そんなこと思う必要ないですよ。お互い様という奴です。この前、風早さんはノアンさんの問題を解決したじゃないですか」
「分かってはいるんだが」
暁の瞳は遠いどこかを見つめている。
「どうしてもリコを守ってやりたい気持ちのほうが強くなる。彼女は強い。他人と少し距離は置くが孤独というわけでもない。俺では欠点を見つけるのが難しいほど素敵な女性だよ。それなのになぜかいつもリコを見ると、彼女に襲い掛かるすべてのものから守ってやりたいと思ってしまう」
「……少しわかります。そうですね、あえて言うとすれば」
セシルは暁のほうを向いて微笑んだ。
「愛されタイプなんですよ。彼女は」
その言葉に、暁は「ああ」と納得したような声をもらした。
「言い得て妙だ。リコが愛されるタイプなら、セシルさんは愛すタイプかな。ちょうど隣に愛を向けるべき男がいるような気がするよ」
「……ふふっ」
セシルは笑って立ち上がった。銀髪が月光を受けてきらめく。
「未来で私たちが付き合っているか、織部さんに見てもらいますか?」
「素晴らしい提案だ! だが、おそらくあおいちゃんには分からないだろうな」
はっきりと言い切る暁にセシルは「なぜですか?」と疑問を口にした。暁は月を見上げたまま、セシルに話す。
「物理学にとって未来予知は基礎の基礎だ。ボールを投げるとき、初速と角度と重力加速度が分かっていればどんな放物線が描かれ、いつ地面に落ちるかという未来の予測が可能だ」
「ああ……言われてみればその通りですね」
「しかし、現実にはそんな単純な数式ですべてが決まらない。空気抵抗なんかもあるしな。だから単純な動きの計算でも誤差が出る。あおいちゃんの魔甲虫の予測にわずかに誤差があったのがその証拠だ。より複雑な条件が重なってくると未来の予測は困難だ……とくに人の心のようなものは」
「物理学者の風早さんでもお手上げですか」
「物理学者の風早はお手上げだろうな。だが、愛に生きる風早にとって答えは一意に定まる」
ニヤリと笑う暁を見て、セシルは苦笑した。
「ああ、はい。その次に風早さんが言いそうな言葉が分かりました。私も物理学者になったのかもしれません。あるいは風早さんが単純なのか」
「それはよかった。以心伝心は夫婦間に必要なスキルだと俺は思う」
「ああ言えばこう言いますね……」
突っぱねようとしてもコバンザメのようにくっ付いてくる暁に、セシルは辟易するとともに、なんだか微笑ましい気分になった。
「では、私の次の行動を当ててみてください。風早さん」
「俺にキスをする」
「どうしてそんなに自信満々に言えるんですかね? 冷えてきたので部屋に戻る、が正解ですよ」
そう言って、セシルは自分の部屋へと戻っていった。それは暗に暁も部屋に戻って養生しろと言っているのだ。もちろん暁自身、その気遣いを理解していた。
「やはり俺たちは夫婦のようだ……」
その独り言は誰にも聞かれることなく夜の中へと溶けていった。




