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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第十幕『ノウイング』編
72/75

072.ベートーヴェン交響曲第7番第2楽章

 甚大な気象異常を引き起こして地球を移動させたあと、地球に戻った暁に待っていたのは良くない知らせだけだった。


「未来予知に変化なし……か」


 再び会議に参加した暁はロジェの報告にそう呟いた。


「うん……やっぱり地球の未来は変わらないみたい」

「……また地球を動かしてもいいが、意味がなさそうだな」


 0.05天文単位動かして結果に差がないのであれば、おそらくスーパーフレアは広範囲に影響を振りまくのだろう。これ以上移動させても避けられない可能性が高いと暁は判断した。


「考えられる方法は、あと1つくらいだな。あまりやりたくない手だが」

「なんだ?」

「かなり力技だが、《インターステラー》で太陽のスーパーフレアを防ぐように事象の地平線を展開させる」

「……事象の地平線というのは?」

「脱出速度が光を超えた天体、ブラックホールに発生する領域だ。そこからは光すら出てくることはできない。そして、質量のある物質はどれだけエネルギーをかけても光の速度を超えることはできない。つまり、事象の地平線を作り出してやればスーパーフレアだろうが何だろうが吸い込まれて出てこれないってわけだ」

「ちょっと待ってください」


 そこでセシルが割って入った。


「それだけのものを地球全体を覆い隠せるくらいの大きさで作り出すということですか?」


 セシルの疑問はもっともだった。地球の直径は約12000km。それだけの大きさの事象の地平線を作り出すなど夢物語のように感じられる。


「おそらく時間はかかる。勘だが……睡眠をギリギリまで削って7日ってところだな」

「その間ずっと宇宙空間に? 食事はどうするつもりなんですか」

「指を作り出した時と同じことをする。必要なブドウ糖、アミノ酸、水、その他ビタミン・ミネラルを体内に作り続ければ食事は不要だ」

「そ、そんなムチャクチャな……」

「ムチャクチャだがそれしか思い浮かばない」


 セシルは暁のことを心配そうな眼差しで見つめるが、代替案も思いつかずただ口をつぐむことしかできなかった。霧羽たちも同様に押し黙っているのを見て、暁はエーコに声をかける。


「エーコ。悪いがまた付き合ってくれるか。今度は宇宙空間でも遊べるヒマつぶしがあるとよりいいな」

「はい! わかりました!」

「待って」


 待ったをかけたのは、リコだった。


「今度は私が一緒に行く」


 リコの主張を聞いた暁は瞬間複雑な表情を見せ、条件反射のように口を開いた。


「な……」


 何かを言おうとした暁は正気を取り戻したかのように口を閉じ、リコに笑顔を向ける。


「いや、リコと一緒にいられるのは大歓迎だ。ちゃんと愛を育んでおきたいしな」

「育む気はさらさらないわよ」

「エーコ。済まないが今回は一緒に行けそうにない。この埋め合わせは必ずするよ」

「お気になさらず!」

「待て」


 話がまとまろうとしたところに口出しをしてくる奴がいた。霧羽である。


「フリークス2人が7日間も宇宙旅行に? 認められるか!」

「私も同意見です。7日間横須賀コミューンはロジェさん1人に頼り切りの状態になってしまいますよ」


 セシルの主張はもっともだった。確かにロジェ1人だけを魔甲虫退治に縛り付けておくのはよくない。特別な理由が何もないのであれば、なおさらだ。


「……そうね。軽率だったわ。さっきの発言は忘れて」


 リコはすぐさま自分の発言を撤回した。目を伏せるリコを、暁はじっと見つめる。それはいつもの愛する者に対する視線とは少し違い、彼女の内心を推し量ろうとする意図が見え隠れしていた。兎にも角にも、リコが早々に退いたことで宇宙に向かうのは暁とエーコで決まった。地球が焼き尽くされる予言の7日前、暁は飛び立つ前にリコに対してある疑問を口にした。


「リコ、どうして今回は一緒に来ようと思ったんだ?」

「別に、ただの勘よ」

「勘か、前に一緒に宇宙について来た時も同じことを言ってたな」

「そうだっけ?」

「嫌な予感がするかい? もっとわがままに振る舞えば、霧羽やセシルさんも折れたと思うが」

「別に……ちょっとモヤモヤしただけよ」


 話が終わり、暁とエーコは宇宙へと飛び立った。地上を離れ、青から黒へ、宇宙への回廊を通過していく。所定の位置についた暁は太陽と地球の間に割り込むように事象の地平線を作り出そうと手を伸ばした。


 最初は宇宙の暗さに溶け込んで良く見えなかったそれも、大きくなるにつれてはっきりとその姿を現していく。それが目に見えて実感できたのは暁ではなく、地球にいる人々のほうだった。


「あ! これが暁ってこと!?」

「そう……みたいですね」


 声をあげたロジェが見ていたのは皆既日食を見るための太陽投影板だった。本来は太陽の姿が外側からしだいに欠けていくところが見えるだろうその投影板には、今まで誰も見たことのない日食が映し出されている。


 太陽の真ん中から欠けていく日食である。


 あらかじめ起こることが分かっていたこの日食は、横須賀コミューン以外にも観測しようという人が多く出て、そこから数日はニュースにもなった。


 だが、当然この奇妙な日食はいいことばかりを運んできたわけではない。


 7日後。


 地球が焼き尽くされると予言されたその日。全世界は昼間のはずなのに星も見えない暗闇の中に閉じ込められていた。暁の事象の地平線が完成したのだ。


「昔から日食は凶兆とされていたらしいですが、ここまで因果関係があるのは史上はじめてでしょうね……」


 季節外れのダウンコートに身を包んだセシルは、真っ暗闇の空を見上げて呟く。その日の横須賀コミューンの最高気温はマイナス15℃だった。


「それも今日で終わりでしょ。どうだったの、結果」


 同じように防寒具に身を包んだリコが問いかける。リコが知りたいのは当然、予言の結果である。


「先ほど情報が届きました」

「そう。それで?」


 ふぅ……とセシルの吐いた息が白く染まる。


「予言に変化なし。です」

「……そう」


 その時、闇しか広がっていないはずの空に、光が見えはじめた。太陽の光ではない。その光は空を黄色に染めあげ紫のオーロラをなびかせる。かつて地上で観測されたことのないその現象は美しいとも恐ろしいとも表現できるものであった。

 パチ、パチ、パチと空全体から何かがはじけるような音が聞こえはじめる。異常現象を目の当たりにした街の喧騒がしだいに大きくなるのがわかる。


 世界の終わりというのは、こういうものなのか。とセシルは他人事のようにその光景を眺めていた。


 予言の実現が、まさにその時にまで迫っていた。


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