071.太陽曰く燃えよカオス
世界が滅ぶと言われた時、その言葉を信じる前提であれば最初に気になるのは「どのようにして滅びるか」だろう。
「滅びる? 一体何が起こるんだ?」
暁の降り立ったこの100年後の世界は、すでに魔甲虫によって滅びかけた世界でもある。それがまた滅びるというのだ。きっとストレンジレットを生成する対魔甲虫兵器を搭載した宇宙船が地球に敵意を持って向かってきている以上の何かがあるに違いない。そう暁は考えていた。
「彼女が見たものを絵にしてもらってるよ」
ロジェの言葉と同時に、プロジェクターに絵が映し出された。絵の上部に描かれた大きな円……おそらく太陽が、その下の地上を焼き尽くしている。端的に言ってそんな絵だった。
「……スーパーフレアか」
「スーパーフレア?」
「太陽の表面で起きる爆発現象だ。普通のフレアは割と頻繁に起きてるが、その大規模版だな。だが、それでも電子機器に障害が起こるくらいで地上を焼き尽くすような威力にはならないはずだが……」
暁はその絵の信憑性について訝しむ。
「ロジェちゃん。実際にあおいちゃんが未来予知能力を使えるか確認したりは?」
「今検証中だよ」
「今?」
「うん。あおいが言うには今日、あと1分後に横須賀コミューンに魔甲虫が現れるってさ」
ロジェが時計を見ながら言い終わった直後に、魔甲虫の出現を知らせるアラームが鳴り響いた。
「……相当正確だな」
「行ってくるわ」
リコが席を立ち、魔甲虫退治へと向かう。
「これで、この絵も無視するわけにはいかなくなったわけだ」
暁は改めて絵をまじまじと見た。よく見ると太陽の周りにカーテンのようなものが描かれている。おそらくオーロラだろう。
「太陽の状態からスーパーフレアの発生を予測するのは容易ではないと思うが……富山コミューンあたりから情報は来てたりするのか?」
「来ていない。そもそも富山コミューンの奴らがやっているのは遠方宇宙の観測であって、太陽フレアの予測ではない」
「……スーパーフレアの威力や範囲がよくわからないまま対策を立てなきゃいけないってことだな」
「できるか? と言うか、やってもらわなければ困る」
霧羽の言葉に、暁は短く嘆息した。情報は圧倒的に足りないが、動きはじめなければ2週間後には地表は焼き尽くされているかもしれないのだ。とにかく何かはじめなければならない。
「とりあえず、1つ可能性のある方法がある」
その言葉に会議室の全員が暁の次のセリフに耳を傾けた。
「《インターステラー》を使って地球を太陽から引き離す。つまり公転半径を変える。そうするとケプラーの第三法則によって公転周期が長くなり……スーパーフレアが直撃するタイミングから地球を外せるかも」
暁は自分の説明に注釈を付け加える。
「ただし、変えることのできる公転半径にも限界がある。もしその限界でもスーパーフレアを避けることができなければ、ほんとに終わりだな」
「思いっきり長くするとかじゃダメなの?」
「地球を移動させるのにも時間がかかる。それに、ハビタブルゾーンという範囲から出てしまうと地球に液体の水が存在できなくなる」
「うはぁ、それはダメだね」
「賭けか……可能性があるだけ良しとするか」
「一応四十六室には話を通しておこう。まあ、拒否の選択肢はないだろうが」
霧羽と邑輝が頷き、その場はお開きになった。その後、四十六室は暁の提案を受領。本来であれば他コミューンへの承認も必要な事態ではあるが、期限がないため横須賀コミューンの独断で作戦を実行することに決めた。
「それじゃあ、行ってくる。エーコ、準備はいいか?」
「もちろんです!」
翌日、早速作戦は実行に移された。以前デュカリオンから地球を守るために行ったのと同様に、生身で宇宙空間に行くのだ。といっても、今回暁はスキーウェアも酸素ボンベも装着していない。そのあまりの軽装に、セシルが不安そうな顔で質問してきた。
「あの……そんな軽装で大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。問題ない」
振り向きざまにセシルにカッコつけた暁だったが、発言にはちゃんと根拠がある。
「自分のことだから分かるんだが、俺の能力は以前より格段に強くなっている。遠心力に頼ることなく宇宙に行けるし、空気を生成しておけば酸素ボンベも不要。《インターステラー》で作り出した分子の振動を操作すれば半袖半ズボンで宇宙遊泳だってできる」
「そこまで能力が強くなっているんですね……」
「自分で自分の才能が怖いね」
「あ、いえ。フリークスは20歳までは何もしなくても能力が強くなっていくので、暁さんのそれは才能とは無関係だと思いますよ」
またもや知らないフリークスの設定が出てきて暁はたまげた。先ほどのカッコつけはいったいどこに向かうというのだろう。だが、そこは暁。自らに素晴らしい才能があるという点については決して疑わないのである。
「では行って来よう。エーコ、準備はいいかな?」
「いつでも大丈夫です!」
今回暁は地球を0.05天文単位だけ動かす予定だ。つまり、太陽と地球の距離は5%伸びることになる。その場合でも地球の公転速度は0.6km/s遅くなる程度だ。2週間後の差は約73万km。大きな差に聞こえるが、中心角の差は1度程度しかない。
それでもやらない選択肢は暁には無かった。エーコを連れ、再び暁は宇宙へと飛び立つ。宇宙空間に出た後は、エーコのブースターを使って所定の位置に移動した。
「この辺りでいいか」
目の前には母なる青い星が見える。暁は《インターステラー》を発現させ、地球を動かせるだけの重力を自分の周囲にまとわせる。
「さて、ここから先は地球が動くのを待つだけだ。この前と違って余裕があるし、2人だけの時間を有意義に使いたいな」
「はい! ジェンガでもしますか?」
シャッとどこからともなくジェンガを出すエーコを見て、暁は微笑んだ。
「無重力でジェンガとは素敵だ。まずはどうなったら崩れたことになるのか定義するところからはじめるか」
「はい!」
宇宙で2人が有意義な時間を過ごしている間に、地球では異変が起きていた。
「わあ、ほんとに水位上がってる」
防衛隊本部の屋上から双眼鏡で海を眺めていたロジェは嬉しそうな声をあげた。その現象は当然暁が作り出した重力によるものだった。月の重力によって海の水位が変化するように、暁の作り出した重力によっても変化が現れたのだ。
ただ、おもしろい変化ばかりではない。
「……」
「セシル大丈夫?」
「……ええ、なんとか」
海水だけではなく空気も暁の重力に引っ張られ、低気圧状態となっていた。横須賀コミューンどころか全世界的に体調を崩すものが現れはじめる。さらに、低気圧によって周囲から熱をもらうことなく空気が膨張したことでしだいに気温自体も下がりはじめていた。全世界的な気象異常が地球を襲いはじめたのだ。
だが、このような異常気象は優しい変化と言わざるを得ない。少なくとも、地球がスーパーフレアによって焼き尽くされてしまうよりは。




