070.未来へ
暁にとって初となるヘリの感想は意外と乗り心地がいい、というものだった。思ったよりも大きな揺れもなく、景色を楽しむ余裕が十分にある。音のほうは相当なものだが、乗っている間はヘッドセットをつけているので集中力を奪われるほどでもない。同乗した防衛隊員から説明を受けつつ、気づいた時にはヘリは旧岐阜県飛騨市、池ノ山に到着した。
「タグの反応によるとこの下辺りになります」
「わかった。このまま向かう」
防衛隊員の報告に短く返事をすると、暁はヘリから飛び降りた。《インターステラー》で重力を操作し、急降下からの減速を難なくこなす。木々の生い茂る中に降り立った暁だったが、予想とは異なりすぐに目標を発見した。
「こちら風早。目標を発見……もう死んでる」
『……了解。タグの回収をお願いします』
「わかった」
ノイズ交じりの通信を終え、暁は魔甲虫の死体に近づいていく。魔甲虫は頭部を何かに貫かれて絶命していた。その貫いたはずの何かは姿かたちもない。この辺りにコミューンはないが、ロココのようなコミューンに縛られず活動しているフリークスもいるのでそれ自体は驚くようなことでもないのかもしれない。暁は、言われた通り魔甲虫の胴体に張り付けてあったタグを回収する。
その後、念のため辺りを少し散策してみたが暁がいたコールドスリープの施設のようなものはなかった。
「タグを回収した。帰還する」
『了解』
ヘリに戻った暁は隊員にタグを渡すとさっさと本部に戻ろうと促したが、隊員からは意外な返答が返ってきた。
「本部から魔甲虫を退治した後、しばらく周辺に人影がいないか調査するように指示が出ています」
「人影? フリークスが近くにいると?」
「わかりません。ただ、魔甲虫の動きが止まる直前に方向転換をしていたというので、人を襲っていた可能性があるとのことです」
念のため、人がいないか捜索しようということらしい。ヘリは池ノ山の周りを旋回しはじめる。そうしてこの山の姿を見ていると、暁は何か心に引っかかりを覚えはじめた。なにかこの場所に見覚えがあるように感じたのだ。
「ん?」
「どうした?」
「山のふもと辺りに人影が見えたような……」
「行ってみよう」
防衛隊員が人影を見たという場所に、暁は降り立った。だが、辺りを見回しても人間の影はない。しばらく散策するうちに、暁はある建物に気がついた。と言っても、明らかに朽ち果てており、人が住めるようなものではない。おそらく100年前の魔甲虫騒ぎで打ち捨てられたものなのだろう。
問題はその建物のすぐ近くにあったもののほうだった。
「……聞こえるか」
『はい。聞こえます。どうかしましたか?』
「洞窟を見つけた……入口に石が敷き詰められているが、1人くらいならしゃがんで通り抜けられそうな穴がある。最近ついたばかりの足跡付きで」
『……いったんヘリへ戻ってください』
「了解」
ヘリに戻った後、暁たちは本部に帰還することにした。想定していたコールドスリープ施設は見つからず、対象の魔甲虫は駆除済み。洞窟は調査の必要はあるものの、現時点では人員を多く割ける体制が取れないためだ。
暁は帰還する中で防衛隊員に自分の見てきたものを詳細に報告した。
「洞窟……誰かが穴を掘って、その中で生活している、と?」
「ああ。その可能性が高い。まあ、誰かが穴を掘ったというか、はじめから掘ってあった穴を使ったという方が正確だろうな」
「はじめから、ですか」
「ああ、この場所。あの洞窟を見てようやく思い出した。重力波望遠鏡KAGRAだ」
「かぐら? なんですかそれ」
「重力波を見るために作られた片側3kmのレーザー干渉計だ。とにかくあの地下にはデカい洞窟が最初から掘られていたのさ。魔甲虫は大体どの程度の距離から人間を識別できるんだ?」
「大体120mですね」
「KAGRAは雑音低減のため地下200mに作られている。入口をちゃんと塞ぎさえすればその中で生きていくことも可能、か」
「しかし、食糧などはどうするんですか」
「さあ、そこまでは。本格的に調査してみないとな」
洞窟の発見からしばらくして、新しく部隊が組まれ調査が開始された。残念ながら暁は調査隊から外され、代わりにヘリポートを簡単に作れるロジェが同行した。
そして調査が開始されてからしばらく経ったある日。
「で、その結果を教えてもらえると言う話だが……ずいぶんもったいぶるんだな。なにか大発見でも?」
椅子に座っている暁は、会議室に集められた面々――リコ、セシル、ロジェ、邑輝――を見て、口を開いた。集めたのは当然、霧羽だった。
「大発見と言うよりも大問題だ。正直防衛隊ではお手上げのな」
「それでフリークスの手を借りようと? ずいぶんな大問題らしいな」
「ロジェ、説明を」
霧羽に促されてロジェがあの洞窟の中で見たものを話しはじめる。まず、確かにあの場所で人間は暮らしていた。大体100人程度で、暁の推測どおり100年前の魔甲虫騒動であの洞窟へと逃げ延びた人々が、独自の文化圏を形成していたのだ。食糧は日光を洞窟の中まで通して野菜などを育てており、他のコミューンと同じく食人もしているらしい。
「その人たちの中にこの子がいたんだよ」
プロジェクターに映し出されたのは、ロジェより少し幼いかと思われるような少女だった。
「……! 可憐だ。俺の妻になる顔をしている」
「この子……まさか」
「そう。そのまさか。フリークスだったんだよ。暁が見た魔甲虫の死体もこの子がやったみたい。弓矢の精霊魔装だったよ」
暁は頭を貫かれた魔甲虫の死体を思い出していた。
「合点がいった。素晴らしいじゃないか。是非この横須賀コミューンに迎え入れよう」
「なんであんたが決めてんのよ」
「見た瞬間分かったよ。俺の妻になる女性だ。なら、一緒のコミューンにいるのは当然だろう?」
「残念だけど暁、この子もう子供いるから、2人も」
「なに!? 結婚してるのか?」
「結婚してるわけじゃないよ」
「この幼さで子供がいて、そして結婚しているわけではない。どこも考えることは同じというわけだな」
邑輝が得心がいったかのように呟く。
「と、いうと?」
「かつてフリークスの子供はフリークスになる可能性が高いと思われていた時期に、大量に子供を産ませるコミューンが多発したんです。結果、心身ともに疲弊したフリークスが自殺したりコミューン自体を滅ぼしたりと悲惨な結果になったので今では行われませんが」
「おいおい、今そんなことしてみろ。3時間でこのコミューンを滅ぼすぞ」
「暁が3時間なら僕は30分でいけるよ」
「まあ、2人の能力的には妥当な線だな」
「貴様ら少し黙れ! ロジェ! さっさと本題の話をしろ!」
しっちゃかめっちゃかになりかけた会議に霧羽の怒声が響く。気を取り直して、ロジェが話を続けた。
「この子、名前は織部あおいって言うんだけど、精霊魔装とは別に能力も持ってるんだよ。その能力がなんと」
ロジェはもったいぶるように溜めを作った。
「未来予知!」
ロジェから出た言葉に、暁は目を見開いた。
「んで、その未来予知でこの子、とんでもないこと予知しちゃったみたいで」
「なるほど? あまりいい未来予知ではなさそうだな」
暁の言葉に頷いた後、ロジェはとんでもないことを言い放つのだった。
「どうやらこの地球、2週間後には滅んじゃうんだって」




