007.夢で逢えたら
「う~~~~」
「どうしたの暁?」
「……カレイドスコープマン」
「またそれ」
「カレイドスコープマンほしい」
「う~ん。わかった。じゃあまたテストで100点取ったら買ってあげるわ」
「ほんと!」
「うんうん。頑張りなさい」
「明日テストするように先生に言ってくる!」
「それはやめなさい」
懐かしい夢だった。暁が幼かったころに母親と交わした会話。昔流行っていた特撮作品に「カレイドスコープマン」というものがあった。今そんな夢を見てしまったのはなぜだろうか? 暁の答えはシンプルだ。自分があの頃に戻りたいと思っているから。それ以外に解釈のしようがなかった。しかし、心のどこかにもやもやが残っている。何か重大なことを忘れている気がする。だが、しばらく自分の頭の中を探ってみてもそれが何なのか暁にはつかめそうになかった。
昨日はあのまま眠りについてしまったようだった。寝る前の気分の悪さはどこかに飛んでいき、ウソみたいに清々しい。これが若さだ。
「ん……」
隣から聞こえてきた声に、暁のまどろみは一瞬で消え去った。
「what?」
ベッドの隣にはリコが静かな寝息を立てて眠っていた。まだ夢の中なのかと思ったが、どうやらそれもなさそうだ。彼女の寝息、小さなふくらみの上下、甘い香り。すべてが現実だと暁の脳に訴えている。
当然2人のベッドは別々なのだがなぜか今この瞬間、リコは確かに暁のベッドの方で寝ているのである。
おや? これはいただいちゃってもいいのかな? と一瞬暁は考えたが、そこで即襲おうとする輩より彼は慎重であった。リコが自分のベッドで寝ている理由を考えてみる。その一、単純に俺と一緒に寝たかった。可能性がもっとも高いのがこの理由だ。何しろ俺はイケメンで性格もよく、誰からも好かれるほど親切な人間だから。その二、寝ぼけて俺のベッドに入り込んだ。まあそれなりに可能性がある。だがつまらない答えである。
「よし」
暁はゆっくりと寝ているリコの上に覆いかぶさった。考えた結果暁が取った行動はリコを襲うことであった。これはリコが自分を求めているというもっとも可能性の高い選択肢をとるというごく普通の判断によるものである。仮に自分がリコを襲わなかった場合、つつましくも口では伝えず行動で示した彼女の勇気を踏みにじることになる。それは絶対に避けねばならない。それが暁の結論であった。
そうして暁がリコの唇にキスをしようとしたその時。
『アプリコット・キャンディ。〇五番にて出動してください』
聞き覚えのあるけたたましいアラームが鳴り響く。当然のようにリコは目を覚まし、お互いの視線が交わった。
「……」
「やあ、おはようリコ」
「……」
リコは何も言わずに自分に覆いかぶさっている暁を驚きとともに見つめ返していた。そして部屋に鳴り響いているアラームに気づき、つぶやく。
「魔甲虫……ちょっと、退いてよ。出動しなきゃ」
「ああ、ごめんよ」
1人の男がとくに恋仲でもない女の子に覆いかぶさっているという、常識的に考えれば危機的な状況にもかかわらず、まるで何事もなかったようにリコは動き出した。寝起きだというのに軽快にベッドから起き上がったリコはそのまま扉の方まで駆けていく。
「着替えはいいのかい?」
「そんな時間ないわ。早く行かないと被害が出るかも」
そう言って、リコはパジャマのまま外に飛び出していった。暁もリコにならって扉に向かって走り出す。パジャマのままで。
装甲車での移動中にリコはベッドの上での状況について弁明を求めてきた。どうやら何も気にしていなかったわけではないらしい。
「てっきり俺のベッドに潜り込んできたからそういうことかと。抱かなければ君に恥をかかせてしまうと思ったんだが……」
「なんでそういう結論になるのよ! 確かにあんたのベッドで寝ちゃってたみたいだけど……そんな記憶全然ないわよ」
「それは残念。相思相愛かと思ったんだがな。俺が言うことじゃないかもしれないが、好きでもない相手に襲われそうになったら殴って抵抗したほうがいいと思うな」
「魔甲虫来てなかったら一発ぐらいたたいてたわよ!」
「それはよかった」
会話している内に装甲車は現着し、リコが魔甲虫をサクッと倒して任務は終了。この日はリコが防衛隊待機なので自動的に暁も防衛隊本部の外には出歩けない。その日から暁は防衛隊内でフリークス用に開催されている授業に参加することになった。暁がリコと一緒に授業用の会議室に移動すると、そこにはセシルも居た。
「セシルさんも授業を?」
「ええ、本当は就学年齢は過ぎてるんですが、防衛隊のことで忙しくて勉強が進んでいないので」
セシルのように大人びた女性が、「社会科・歴史」と書かれた本を手にしているところは倒錯的なものがある。
「しかし、リコが真面目に授業受けるのは意外だったな。バックレるタイプかと思ったのに」
「なんですって? あんただってサボりそうな雰囲気出してるじゃない」
「さすがリコだな。実際に何度かサボったことがある」
悪びれもしない暁に、リコが軽く蹴りを入れる。ちょうど先生も入ってきて、その日の授業が始まった。内容は歴史、それも魔甲虫が最初に確認されてから約20年間の話だった。
魔甲虫と人類のはじめての接触。
それに伴う各国の動き。
日本での緊急事態宣言と首都の壊滅。
国連主導ではじめられた宇宙への避難計画。
定住が困難になったことによる食糧危機。
全人類難民化とそれに伴う争いの増加。
未踏地帯への進出に伴うエマージングウイルスの多数発見とそのパンデミック。
暁にとって、それは終末ものの映画の冒頭を見せられているようなものだった。わずかに残っている当時の写真はその凄惨さを和らげるためか白黒になっていたが、ほとんど意味をなしていない。
教科書のある1ページにその時代を表す象徴的な絵画が載っていた。継田フジコという名前の画家が描いた白黒の絵画。『遥かなる虚栄』と題されたその絵には、机の上に置かれたしゃれこうべと本と果物が描かれている。しかし、よく目を凝らしてみると、そのモチーフたちは全て小さな魔甲虫がうごめく姿の集合体となっているのだ。
暁がいた時代とも、今いる時代とも結びつかないような凄惨な光景。起きているのに夢でも見ているような、そんな現実感の無さが暁を襲っていた。
そして、
そして、その日の夜。
暁はこのコミューンを抜け出すことを決めた。




