006.ストロベリーパイをお食べ
色々あったが、必要経費としてセシルからお金を、防衛隊からは車を出してもらい、暁とリコは生活用品を買いに出かけた。
「街の雰囲気は……あんまり俺のいた時代と変わらないんだな」
「そうなんだ」
「まあ、逆に100年経ってるのに変わらないくらい衰退しちまってたってことなのか」
暁は助手席に、運転席にはリコがいた。この時代、免許取得の年齢制限はかなり緩和されている。魔甲虫に襲われた時に車で逃げられないとほぼ死ぬから、という理由が一番であるが、リコも免許を取得しているのは自分1人でも魔甲虫の迎撃を行うためだった。
男女でのドライブ、なんだか大人な響きだが、男女の役割が逆じゃないとカッコがつかない。少なくとも暁はそう思っていた。考えが古い? それはしょうがない。彼は100年前の人間なのだから。
買い物の前に配給時間になったため2人は車を止めて近くの配給所に向かう。すでに5つの列ができており、食事を受け取った人が次々と席についていく。このコミューンに住むすべての人々への食糧が完全な配給制になっている……。その光景に暁はなんだかディストピアめいたものを感じた。しかし、それを完璧にディストピアと断言できないのは、彼がすでに世界に取り込まれているが故だろうか。
「個人で食べ物買ったりとかはできないんだな今の時代」
「あんたの時代は自分のお金で自由に買えたの?」
「ああ」
「ふうん。栄養バランスとか大丈夫だったの?」
暁はプレートに盛りつけられた食事を受け取る。少しパサついた白米にわかめと豆腐の味噌汁、サラダはキャベツにニンジン、ミニトマト。主菜はサバの煮つけ、そして肉団子のようなもの。
「この肉団子みたいなのは……鶏肉か?」
「知らない。食べてみりゃわかるでしょ」
リコに促されて肉団子を口に運ぶ。その味わいから暁はその肉……というより魚を断定した。
「これはイワシだ。イワシのつみれ揚げだな」
「確かにこの辺りだとよく取れるわね。味があんまり好きじゃないけど」
「俺も大葉と梅肉を合わせて食べる方が好みだな」
「贅沢言わない」
食事が終わった後、2人は商店街で布団やタオルなどを購入した。部屋に戻るとひととおり生活の準備を済ませ、今度はルールをいくつか決めていく。
「まず、洗濯物は混ぜないこと。これ鉄則ね」
リコは話した内容をそのまま手元の紙に書きだしていく。
「あと、ゴミ出しの分担ね。燃えるゴミの日は私、燃えないゴミはあんた」
「外泊時のルールはどうかな?」
「外泊? するときは勝手にすればいいでしょ」
「お金の管理はどうする? 俺はお小遣い制でも問題ないぞ」
「なんで私があんたの分まで管理しなきゃいけないのよ! 個別管理でいいでしょそんなの」
「100年前は家庭のお金は妻が管理していたよ」
「今は100年前じゃないし、私はあんたの妻じゃない!」
話し合いは順調に進み、「共同生活の総則」と書かれた紙が部屋の壁に張り出された時にはもう夕方の配給時間になっていた。
夕食はロールパンに味噌汁、サラダにサバの煮つけ、そしてミートローフが2きれ。暁から見ると何ともちぐはぐだが、今の人々は特に違和感を覚えないらしい。しかし、可愛い違いといったところだ。100年も経って洋食と和食の違いなど無くなってしまったのだろう。そう暁は自己完結した。
席を探している時にたまたまセシルを見つけたので暁は向かいの席に座ることにした。そうなると護衛のリコも一緒に食事をすることになるのだが、今朝怒られたばかりなのでバツの悪い表情をしている。暁はそれに気づいていたがわざと無視したのだ。彼は2人とも好きだったので、2人にも仲良しになってほしいと心の底から思っていた。
「怪我は大丈夫ですか」
「おかげさまで。生活の準備もリコが手伝ってくれたおかげで片付いたよ」
「ほんとよ。あんたも車の免許ぐらい取りなさいよね」
「確かにあった方が便利か……」
そうすればこの時代での身分証明もやりやすくなるだろう。いや、そもそも今の自分は一体この時代でどう身分を証明できるのだろうか? そんなことを暁は考える。しかし、少し違和感のあるところはあるものの、街並みや食事、人々の感性なども暁の時代と大きくかけ離れてはいない。
最初は魔甲虫やらフリークスに度肝を抜かれていた暁も、何とか生活できそうな実感が湧いて来ていた。
「ここだと自動車免許ってどこで取れるんだ?」
「久里浜の自動車教習所よ」
「久里浜ってどこだ……。明日連れて行ってくれ」
「明日リコさんは防衛隊待機なので明後日にしたほうがいいでしょうね」
暁は皿のミートローフをフォークで突き刺す。
「昼間はイワシのつみれ揚げだったが……俺はミートローフのほうが好きだな」
「ミートローフ?」
リコが不思議そうな顔で暁を見た。
「これだよ。もしかして今の時代は名前が違うのか?」
「ミートローフは今でもあるわよ。それはミートローフじゃなくてソイレント・グリーン」
「ソイレント・グリーン? 知らない名前だ。ミートローフと何が違うんだ?」
「肉の種類が違うわよ」
ミートローフは牛や豚のひき肉を成型した料理である。ということは目の前のこれはあまり一般的ではない肉を使っていることになる。たとえば馬、羊、イノシシ、シカ……などだろう。そんなことを暁が考えていた時だった。
「ソイレント・グリーンの肉は人肉ですよ」
セシルが口にしたその言葉が暁の頭をスッと通り抜けた。あまりに何気ない口調に脳が大したことではないと錯覚してしまったのかもしれない。だが、暁の体は反射で動きフォークをその手から離していた。食堂の中にフォークと食器のぶつかる高い音が響く。何人かが暁の方を振り向き視線を向けた。その顔、その顔たちがゾッとするほど無機質に暁には見えていた。
「人間……?」
「はい。人間の肉を使った加工食品です。100年前は無かったんですか?」
人の肉を食べている。おそらくこの時代ではそれは普通のことなのだろう。リコもセシルも不思議そうに暁の様子を眺めるだけだ。文化の違い、そう呼んで目をつむろうとするにはあまりにも衝撃的な乖離がそこに存在していた。
「……100年前は、人の肉は食べ物ではなかった」
「……」
そう語る暁の表情から、リコとセシルも自分たちと彼との間に大きな隔たりがあることを理解した。
「誰だって拒否感ある食べ物あるわよね。あんたのソイレント・グリーン、私が食べちゃってもいい?」
「……ああ」
暁は少しためらいつつも皿をリコに渡す。リコはパクパクとあっさり二切れのソイレント・グリーンを口に運んだ。
「余計なお世話かもしれませんが、食べ残ししてもよほど悪質でなければペナルティはありませんよ。料理を受け取る前に拒否することもできますから」
気遣うセシルの言葉がまるで頭に入ってこない。というより、まったく頭が回転していない。衝撃の度合いが魔甲虫やフリークスどころの騒ぎではなかった。冷静に考えてみれば、宇宙から侵略者が来たという話よりもはるかに現実味のある事象だったが、暁の頭はそれを受け入れられなかった。
まだ食べ物は残っていたが、暁はどうしてもそこから先何かを口に運ぼうという気になれなかった。暁は重い表情のままで立ち上がる。
「悪い、少し気分が悪くなった。リコ、先に戻ってる」
「……うん、わかった」
食堂に2人を残して、暁は部屋に戻った。ベッドに倒れこみ、目を閉じる。カルチャーショック、という言葉で片付けてしまっていいものなのか。目の前で見たもの、そしてそれを口に運ぼうとしていたことについて、だんだんと動悸が激しくなっていくのを感じる。そして遅れてくる、嘔吐感。
「……」
100年、100年経ったのだ。地名、街並み、日用品、リコたちとのやり取り……それらを通して「意外と変わっていない」と暁はどこか安心感を抱いていた。だが、先ほどの出来事で暁は改めて思い知らされた。ここは自分がいた時代ではないということを。
それを実感したとき、心の中にある世界との乖離が深く厚くなっていく感覚に暁は襲われるのであった。




