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変異世界の異邦人《インターステラー》  作者: IK_N
第一幕『いばらの王』編
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005.一輪の花

 正規の出動命令を無視して、あまつさえ重要人物を勝手に連れ出したあげく怪我をさせて返ってきた相手に対する態度については、ことさら説明する必要もないだろう。


 病院棟の一室でリコとセシルが向かい合っていた。


「一応言い訳は聞いてあげましょう」

「言い訳はしない。私が悪かったわよ……でも私にも言いたいことの1つや2つあるわよ」

「……聞きましょう。私でよければ」


 リコは暁を怪我させたことへの後ろめたさと、それとは無関係に抱いている不条理への反骨心をないまぜにしてしゃべる。


「あいつを守らなくちゃいけないのは私にもわかる。でも、それでも一緒に住むのは納得できない! 私あいつのこと全然知らないし、男だし、なんかちょっとキモイし、1人の時間取れなくなるし、洗濯機やお風呂共用しなきゃいけなくなるんでしょ? そんなの無理!」


 それは思春期の少女が抱く普通の感情であり、セシルも理解できた。だが、セシルにもセシルの立場がある。


「それでも……リコさんには呑んでもらうしかありません。私やロジェさん、それに他の防衛隊の皆さんもあなたほど完璧にあの人を守ることはできませんから」

「早速怪我させちゃってるけどね」

「……そういえば一つ聞きたいことがありました。あなたなら飛んでくる石から風早さんを守ることもできたはずなのに、なぜやらなかったんですか?」

「…………」


 無言。だが、答える気がないというわけではない。リコは目を閉じて、あの時のことを思い出し、慎重に言葉を選んでもっとも真実に近い回答を口にした。


「やらなかったんじゃない。できなかったの」

「あなたが、ですか? そんなはずありません」

「びっくりしちゃったの」

「え?」


 リコはあの時のことを思い出し、その原因に自分なりの答えを出した。


「あの時、私へ投げられた石からあいつが守ってくれたのよ。守られるのなんて久しぶりだったから、びっくりして出遅れちゃった」

「そう、ですか」


 セシルはそれだけ呟くと、リコを解放した。

 さて、話題の中心になっている風早暁は一体どこにいるのだろう。きっと治療か何かを受けているに違いない。少し探してみよう。そら、いたぞ。


「一応大丈夫だとは思うが、けいれん、手足のしびれ、視界がぼやける……その他不調が出たらすぐにここに来てくれ。このことを同室のキャンディ君にも伝えておくように。君らフリークスはCT検査ができない。詳しい脳内の情報は分からないからな」

「分かったよ先生……というか、俺がリコと同室ってことだいぶ広まってるんだな」


 50代くらいの眼鏡をかけた白衣の男がじっと暁のほうを見る。


「……何か?」

「ここに来て間もない君は知らないだろうが、君とキャンディ君を同室にしたのは私だよ。正確には私たち四十六室だ」

「何!?」


 宿屋に泊まっていたらいきなり魔王が襲ってきたような衝撃だった。四十六室。暁はリコやセシルが話しているところを聞いて、ただ漠然と支配階級の人間という印象を抱いていたが、まさかいきなり目の前に現れるとは。


「四十六室が医者を?」

「何かおかしいか?」

「兼業で務まるような役職だとは思わなかった」

「四十六室はみんな兼業だ。給料が出ないからな」

「なんだ。市民から不当に税金巻き上げて私腹を肥やしているわけじゃないのか」

「昔の支配層はそうだった。それを不服に思ったかつての四十六室の面々がよりよい社会のために今の形式に変えたらしい。私が生まれる前の話だ」

「どうりで先生は死んだ魚のような目をしているんだな」

「これは人生の先輩としてのアドバイスだが、医者に対してあまり反抗的な態度は取らない方がいい」


 話がまったく見当違いの方向へと進んでしまっていた。暁は軽やかに話題を修正する。


「そんなことより、どうして俺とリコを同室に?」

「四十六室で話し合い、同室にした方がいいという結論になった。自身の重要性くらい、そろそろ理解しているんじゃないか?」

「一応は。しかし俺は願ってもないことだが……同じ年頃のよく知らない男と同室なんてリコは納得しないと思うぞ」


 その言葉に、医者は少しだけ目を伏せる。


「私たちはなりふり構っていられないのだ。彼女は強い。君が今思っている何倍もな。だから同室にした。決して奪われないために」

「……」

「仮に君が変な気を起こしたところで、彼女なら簡単に撃退できるだろうしな」

「俺が素晴らしく誠実で、理性的な人間であるということが広まっていないらしい。同意のない女性に手を出すことなどしない。それに撃退できるからいい、という問題でもないだろう」


 医者は改めて暁の目を見た。強張った暁の表情から彼からの侮蔑を読み取る。


「安心した」

「何が?」

「100年前の倫理観というのは正直想像できなかったが、私たちとさほど変わっていないらしい。君やキャンディ君が不快感を覚えてるのも当然だろう。正直言って我々四十六室は今二兎を追っている。つまり、君を横須賀にとどめることと、キャンディ君を横須賀から出さないことだ」

「ずいぶんギャンブラーだな」

「いつもの四十六室はこうじゃない。君が現れたからだ。すべてを手に入れられるかもしれない、と浮足立っている」

「大人の事情、ここに極まれりだ。子供の事情も考慮してほしいものだ」

「……診察は終わりだ。部屋に帰って、休むといい」


 暁は無言で部屋を出た。頭が少し痛む。きっとオッサンと長話したせいに違いない、と暁は考えてすぐに自分の部屋――リコとの愛の巣へと戻ろうと足早に移動をはじめる。


「遅かったわね」


 寮まで戻ってくるとリコが部屋の前で待っていた。帰りを待つ女性がいる、という事実に暁は感動を覚えた。


「ああ、とりあえず大丈夫らしいが、けいれんや手足のしびれが出たらすぐに言えってさ」

「バカよねあんた。あのくらい平気だってのにわざわざ前に出るなんて」

「ふふ。それでも俺は君を守ってしまうんだ。心もイケメンだからな」

「……ホントに頭のほう大丈夫だったんでしょうね?」


 何かずれている暁に不安を覚えながらも、その元気そうな姿にリコは安堵した。自分がしっかりしていれば暁が怪我をすることもなかったのに、という良心の痛みがほんの少しだけ和らいだ気がした。改めて、リコは暁を真っ直ぐに見つめる。


「……ホントは守ってくれた時ちょっと嬉しかったわ。助けてくれてありがと」

「どういたしまして」


 微笑みとともに紡がれた感謝の言葉を暁は素直に受け取った。感謝の応酬、なんと素晴らしいものだろうか。それがリコのような美少女とならなおさらである。暁は目の前の女の子に対する好感度がどんどん上がっていくのを心臓の高鳴りとともに感じていたのだった。


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